確かに深夜に来るなとは言ったけど……
「冬花様、先日いただいた飴ですがとてもよく効きました! ありがとうございます」
寝台を綺麗に整えながら、菜明が以前通りの滑らかな声音で礼を言ってきた。
「ああ、のど飴ね。咳もおさまったみたいだね」
冬長官には、咳を治すにはお茶を飲めと言ったが、菜明にはお茶ではなくのど飴を作ってあげたのだ。
常に仕事で動き回る宮女である菜明は、お茶を持ち歩けないだろうし、定期的に飲むのも難しいと考えた結果、のど飴になった。
のど飴なら小さいから懐に入れて持ち歩けるし、口に放り込んだまま仕事もできるしね。
「飴のおかげでこの通りですよ」
菜明は、朗らかに歌をうたいだした。
牧歌的な調子の、民謡的な何か。全然分からない。
そりゃJーPOP調の何かが聴けるとは思ってはなかったけど、こう……おばあちゃんの香りがする曲だ。あ、だめ。なんだか切なくなってきた。
「飴なら街でも食べていたんですけど、冬花様の作ってくださったのど飴? は普通のと違いますよね。口に含むと冷たいというか、スーッと鼻に抜ける感じがして。最初は驚きましたけど、スッキリするし美味しいです」
「スースーするのは好き嫌いがあるから、気に入ってくれたのなら良かった」
やっぱり、作ったものを美味しいっていってもらえるのって嬉しいな。
飴は簡単に作れる。
材料は砂糖と水だけ。いたってシンプル。超簡単。
ミントとタイムを水から煮出したものに砂糖を入れて、あとはドロドロになるまで煮詰めるだけ。あとはできあがった飴が熱いうちに片栗粉を振った上で伸ばして、円柱形にしたものを切っていくだけ。冷めればハーブのど飴の出来上がり。
「たくさんいただいたので、同じ部屋の同僚にも分けたのですが、美味しい美味しいと大好評でしたよ」
「それならもっとたくさん作れば良かったね。今度は色んな味ののど飴を作るから、楽しみにしてて」
「まあ、ありがとうございます。本当、冬花様はなんでも作れて尊敬いたしますわ」
「料理しかできないしね」
「また、そのようなことを仰られて……」
菜明は眉間を険しくして、口先を尖らせた。いかにも『怒りますよ』とばかりの表情で、腰に両手を当てている。
あ、これはまずい。
「いいですか、冬花様。まず、冬花様は白瑞の巫女様であり、本来であれば座っているだけでも――」
菜明のお説教がはじまってしまった。
菜明たち清槐皇国の人にとって、白瑞の巫女ってのは特別な存在だってのは分かるけど、私がソレだって言われても実感は未だないんだよなあ。
偶然、白ちゃんを助けて気に入られたから特別な力を使えるだけであって、自分自身が特別なわけじゃない。
だから、こんな豪華で優雅な上げ膳据え膳生活をさせてもらっているのは、少々気後れする――と、何度も菜明に言っているのに、菜明はいつもこうして「そんなことありません」と言うのだ。
これは長くなるなあ、と菜明の話を右から左に流し、私は忙しいアピールするために、手にしていた書類を大げさにめくった。
「――ですので、料理しかできないのではなく、料理までできると言うのが正しく――って、冬花様……聞いてらっしゃいます?」
「あはは……いやぁ、ちょっと忙しくて」
菜明が、座っている椅子の後ろからずいっと手元を覗き込んでくる。
「何を読まれているんですか?」
「ん? 冬長官から侍女候補の人達の経歴書みたいなのもらってさ、目を通しておけって言われたんだよね」
「そう……なんですか」
それにしても、冬長官はどれだけの候補者を見繕ったのか。
写真なんてないから文字だけの情報ではあるが、それぞれ『東邦府令ウンタラ家令嬢』や『ナントカ淑妃付き侍女頭』など、色々な肩書きが書いてあった。
後宮やこの国の事情に明るくない私でも、普通よりも良い身分の人達なんだと分かる。
一通り全員分に目を通して、今は再読しているのだが、全員に普通以上の肩書きが記載してあるということは、冬長官はそういった人が侍女にふさわしいと考えているのだろう。
(別に、私は肩書きなんて気にしないんだけどなあ……あっても、その肩書きがどのくらいすごいかまでは分からないし、意味ない気がするんだけど……)
文字が羅列された経歴書を眺め、「んー」と唸った時だった。
「モー……」
棒読みにも聞こえる鳴き声が部屋に入ってきた。
白瑞宮でこんな鳴き声を出す者はひとり(一頭?)しかいない。
「おはよう、白ちゃん」
モーと言うのはやはり不服なのか、心なし白ちゃんの目が重い。
足元までやって来ると、丸いフォルムからは想像できない軽快さで膝に飛び乗ってくる。
今までは私が朝起きると、何か察するのか、すぐに部屋にやって来ていた白ちゃんだが、ここ最近は時間を置いてからやって来るようになった。
それもこれも、部屋にやって来ても毎度菜明が、「冬花様のお支度がありますからね~」と白ちゃんを部屋の外に出し続けたから。
菜明の中では、男でなくともオスもアウトらしい。
私は人じゃないなら気にならないけど……白ちゃんは学んだらしい。
今では、起床時刻からしばらくしてやってくる。
「よしよし、白ちゃん。あとでおやつを作ってあげるからね」
「モッ!」
声が跳ねた。少し機嫌が良くなったようだ。
「じゃあ、この書類をもう一度読み終えたら厨房に行こうか」
「モモッ!」
目をキラッキラに輝かせてこっちを見上げてくる子牛。んーただの子牛としてなら可愛いな。
子牛の期待に応えられるよう、早く用事を済ませてしまおうと、再び書類とにらめっこをはじめたのだが。
どうやら、今朝の来訪者は白ちゃんだけではないようだ。
「失礼、冬花殿」
白ちゃんが入ってきて、半開きになっていた扉の間から、彼が顔を覗かせていた。
「わー……朝から冬長官……」
面倒ごとの予感しかしない。




