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【書籍化】白瑞宮のお料理番~異世界の神様と飯テロスローライフを満喫する~  作者: 巻村 螢
幕間:花の精『梅花精』

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裏:冬雷宗思うに、彼女とは……

 夜。雷宗は内侍長官室で、いつものごとく仕事に追われていた。部下達は皆宿房へと帰り、内侍省は静まりかえっている。


 相変わらず、積み上がった書類の山は減らないが、ひとつ問題が解決したのは喜ばしかった。宮女の苦情も放っておくと、面倒なことになりやすいのだ。特に今回は幽霊かもしれないという、解決策の浮かばない問題だったからどうしようかと頭を悩ませていたものだ。


 どうせ声の正体は侍女の怨霊だろうなくらいに思っていた。それならば、祭壇でも用意して鎮魂の祈りでも捧げてやろうと考えていたのだが、まさか花精に掛けられた呪いが原因だったとは。


 絶対に自分だけで対処していたら解決できなかった。

 いや、部下の内侍官達と一緒に頭を悩ませても、これほどあっさりと解決はできなかったに違いない。


 しかも、この問題を解決したことで、長い間ただの枯れ木と化していた梅の木まで復活させてしまった。

 彼女が現れてから、なんだか問題がサクサク解決している気がする。

 やはり瑞獣が連れてきたからか。何か御利益でもあるのだろうか。


「今のところ、美味い料理を作るちょっと賑やかな女人……という印象しかないが」


 白瑞の巫女というのが、彼女の肩書きである。

 神が連れてきた者というだけで、本来ならば後宮妃張りに偉ぶって良いものなのだが、彼女は偉ぶるどころか、「料理したいんですけど、いいですか?」などと奇想天外なことを尋ねてくる変わり者だった。

 後宮にいる女人とは明らかに違う。

 異世界から来たと言っていたし、違うのはそのためかもしれないが。


「俺に向かって、あんな生意気な態度をとる者など、ここにはいないからな」


 むしろ宮女など色目すら使ってくる。

 いや、まだ宮女だけならば可愛いものだ。

 皇帝の妻である后妃すら、隙あらば宮に引きずり込んでやろうとする情欲まみれの目を向けてくるのだから手に負えない。

 自分が皇帝だったら、即刻尼寺にぶち込んでいる。


「そう考えると、俺に色目を使わないし強権も振りかざさないし、良い女人ではあるな」


 しかも、白瑞宮は後宮の真ん中にある。

 後宮を歩いて(色々と)疲れたら、休憩がてらちょっと寄るにちょうど良い位置だ。

 しかも、美味い料理や茶まで出て来る。実に素晴らしい。

 そんな一風変わった彼女だが、今日の出来事はさらに彼女への認識をまた変えるものとなった。


「まさか、冬花殿があのようなことをできたとは……宮廷術士の呪いだぞ。それをいとも簡単に……」


 あのような力があれば、他の問題事も容易に解決できるのでは……と、考えた時。


「ワシの力を貸したからな。宮廷術士でも神の前には赤子も同然よ」


 独り言に、あるはずのない言葉が返ってきて、雷宗はガバッと顔を上げた。

 そこにいたのは、見慣れた丸い姿の子牛ではなく、月の薄明かりに銀色に体毛を輝かせた、見目麗しい大きな瑞獣。


「は、白――っ!」


 慌てて自分の口を手で押さえて、言葉を強制的に切る。

 そうだ。『後宮に白澤はいない』ということになっているのだった。

 皇帝にもそのように報告しているし、まかり間違っても瑞獣がいると周囲にばれてはならない。建物内にはもう誰も残っていないと思うが、用心はして然るべきだ。


「このような夜更けにどうなされたのでしょうか。何か問題事でも」

「いや、少しばかり注意をと思ってな」


 神が言う注意とは、どのようなものだろうか。

 子牛の姿でもまだ緊張してしまうというのに、本来の姿で現れた()の者が滲ませる凄艶な威圧に、思わず息をのんでしまう。


「清槐皇国は、過去の罪により多くの神が去った。それはお主も知っておるな」

「……はい」


 耳が痛かった。自分達が犯した罪ではない。

 しかし、確かに過去の者達が神々にとった行為は、とても一代で消えるような生易しいものではないとも理解している。


 本来ならば、国すら滅ぼされていても文句は言えないのだ。


『神去りの国』――清槐皇国の者達は自国を卑下して、そう呼ぶ。


 神に行った無礼により、神々の多くはこの国を、この地を去ってしまった。

 明らかな被害を被ったわけではないが、神がいなくなったことにより、それまで受けていた恩寵がなくなった。


 すると、どうなったか。

 土地は痩せ、花の色はくすみ、水は涸れ、空は荒れた。

 生きてはいけるが、決して豊かではない。

 美しく強く豊かだったかつての清槐皇国の面影は、今やどこにもないのだ。


「長らく神がいなかった国だ。もしワシがいると知れ渡れば、騒ぎになるだろうな。きっと、手がつけられないほどに」


 頷ける話だった。

 おそらく、神に対し過去と同じことをしでかす者もでてくるだろう。

 それだけは避けたい。


「そして、冬花は唯一ワシら神々と繋がれる存在だ。もし、そのことが露呈したら、冬花を利用しようとする者も現れるだろう」

「だから冬花殿を守るように……ということでしょうか。しかし、冬花殿はいつも自分はただの人だと……」

「あやつが勝手にそう思い込んでいるだけだ。冬花はワシが見つけた白瑞の巫女だぞ。あやつは、白澤図を持っているから神の力を使えると思っているようだが、もしお主が白澤図を手に入れたところで神の力は使えまい。あやつは、この世の外からやって来た。故に、この世の理に縛られない。人の身でありながら神とも言える存在なのだ」


 白澤が連れてきたと言うだけで、相応に大切な者という認識はしていたが、まさかそれほどとは。


「冬花は『神様の力が借りられる本なんて便利~』くらいにしか思っとらん。ワシもそれで良いと思っておる。あやつは……我が身を省みず犬っころを助けるくらいにはお人好しだからの」

「犬っころ……ですか?」

「そこは気にするな。こちらの話だ」


 犬と彼女がどのように関係するのか疑問に思ったが、白澤が気にするなと言うのなら、こちらが知るべきことではないのだろう。


「とにかく、もし自分自身に特別な力があると分かれば、あやつは危険を顧みず、困った者を探し出しては首を突っ込んでいくだろうさ。だから――」


 黄金の瞳がギラリと、鋭い鏃のように鈍く輝いた。


「くれぐれも、問題事を持ち込まぬように」


 釘を刺されたかな、と思った。

 しかし、雷宗はそんな動揺などおくびも出さず、ただ拱手を掲げ頭を下げた。


「かしこまりました」


 顔を伏せているせいで、かの者の目を見ることはできないが、頭を地面に押さえつけられたような威圧で、思わず固唾を呑んでしまう。


「良い返事だ。ああ、それと……」


 まだ何かあるのか、と背中が冷える。


「もう少し痩せてはどうかのう。宦官にしては逞しすぎだぞ、お主」

「――っ!」


 白澤はニヤリと目で笑うと、ふわりと宙に浮いて姿を消した。


「っはぁぁぁ……」


 途端、張り詰めていた気が一気に緩んで、雷宗は机にべったりと倒れ込む。


「……神はなんでもお見通しか」




ここまで読んでくださりありがとうございます。

これからも神様とのほのぼのなまったりライフも一緒にどうぞおたのしみください。

この先も楽しみだ~と思っていただけたのなら、★★★★★を入れていただけるととても嬉しいです!

よろしくお願いいたします。

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