私の力を見せてあげましょう!(ドヤッ
「我が知泉の力、汝に与えん」
言葉と一緒に、私の額に白ちゃんが鼻先をくっつける。
白ちゃんを包んでいた金色の泡沫が、私の中へと吸い込まれていく。それと一緒に、頭の中にも彼が持つ情報が力と共に流れ込んできた。以前に一度だけ同じように力を借りたことがあるのだが、これが本当に便利なのだ。その時は土の耕し方を調べたのだが、農業とは無縁だった自分でも、一瞬にして必要な道具やどれくらい耕すのか、肥料は必要かなどが理解できた。
言うなれば、ポータブル百科事典。
今回も、梅花精さんの呪いがなんなのかや解き方が流れ込んできて、唐突に理解した。自分の身体なのに不思議な感じだ。
「梅花精さん、すぐに楽にしてあげますからね」
「掛ける言葉が間違っていないか」と、背後から冬長官の声が聞こえた気がするが、間違っていないから大丈夫。
梅花精さんを囲むように、地面に呪文を描いていく。
普段ならばただの変な絵にしか見えないだろうが、今の私には構成しているひとつひとつの意味さえ分かる。
「よし、準備完了」
ポイッと枝を捨てて描いた呪文に手を乗せ、唱える。
「《枯れ葉は茂り蕾は落ちる 西に昇り東に隠れる 彼の刻よ逆巻け》」
声に呼応するように呪文が光った。
彼女の右半分を覆っていた黒は、ハラハラと剥がれ綿毛のように宙に飛んで消えていく。
「ぁ……うそ……ほ、本当に……っ」
梅花精さんは、元の白さを取り戻していく自分の手を見つめ、声を震わせていた。
光が消える頃には、彼女の肌は一点の曇りのない美しいものへと戻っていた。
「ありがとうございます、皆様……っ」
「いえいえ、私じゃなくて白澤図がすごいんですから」
白澤図は、こっちの世界に来て白ちゃんから渡された物だ。
この世界にいる神様達の名前が載っているらしく、『役に立つから』と押しつけられた。載っている神様と契約すると、今回のように契約相手の力が使えるのだとか。
今のところ、契約しているのは連れてきた張本人の白ちゃんと、月兎という神様だけ。もらった日に、試しに白ちゃんの力を借りただけだったから、うまくやれるか少し不安だったが、上手くいって良かった。
「これで、毎年梅の花を咲かせることができますね」
「はい」と満面の笑みで頷いた梅花精さんが、ゆっくりと立ち上がった。座っていて分からなかったが、なかなかに身長が高い。冬長官と同じくらいある。
「まだ春ですもの……遅咲きと言えば間に合いましょう」
彼女は花も葉も実も何もない梅の木を振り返って、大きく腕を一振りした。
薄紅色の袖が揺蕩う。
「わぁっ! きれい!」
次の瞬間、茶一色だった木は、彼女の袖と同じ薄紅色の花で覆われた。
「ほう、美しいのう」
「これは見事だな」
三人して歓喜の声が漏れてしまう。
咲きこぼれるとは、こういうのを言うのだろう。
梅花精さんが近寄ってきて、目の前で地面に膝をついて私の手に口づけした。
「梅花精から白瑞の巫女へ。わたくしの名を預けましょう」
手にしていた白澤図が意思を持ったように、ひとりでにページがめくれていく。とあるページで止まった白澤図には、はっきりと濃く『梅花精』という文字が記されていた。
「こ、これって、契約してくれたってことですか……っ」
神は縛られることを嫌う。だから契約ともなれば、それは相手に心を許したということ。
淡い桃色に色づいた梅の花は、甘い香気と共に次々と枝を華やかに色づけ、空も地面も美しく飾り立てられた中で、彼女は楚々と笑って頷いてくれた。
◆
その後、廃宮の梅の木は白瑞宮へと移植された。
元気に咲き誇っている薄紅色の木を前にして、私と冬長官はその姿をしみじみと眺めていた。
相変わらず冬長官には見えないようだが、梅花精さんも目の前で生き生きとしている。
「また冬花殿に助けられたな、礼を言ってやろう」
礼を言うと言っているのに、なぜこうも偉そうなのか。
「感謝してるんだったら、食堂代わりにいきなり訪ねてこないでください」
「それとこれとは話が別だな」
つまり、今後も突然訪ねてくるつもりなのか。魔除けでも貼っておこうかな。
「それにしても、梅も咲いたし宮女達の問題も解決したし、万事解決ですね!」
「ああ。これで、やっと廃宮にも手を入れられる。長年、使えもせず壊せもせずで困っていたんだ。後宮の敷地はいくらあっても足りないから、遊ばせておく余裕はないというのに」
こういう愚痴を聞くと、ちゃんと長官としての仕事はしてるんだなと感心する。
私の中では、ご飯を乞いに来る社畜という認識がほぼだし。
「それで、なぜ梅の木をここへと移植したんだ。廃宮は壊しても、さすがに花精様の宿る梅の木までは伐採しないというのに」
「花が散って葉が茂ったら、実がなるんです。二度と同じ過ちが繰り返されないように、料理を通して梅のことを皆に知ってもらおうと思うんです」
決して、自分のところの庭に梅の木があれば梅取り放題だから……という理由ではない。
「だったら、まず俺が味見をしてやろう。梅料理ができたら知らせてくれ」
「あ、白ちゃんに食べてもらうんで結構です~」
「いやいや、神と人では味覚が違うかもしれない。ここは人代表としてだな――」
「素直に食べたいって言ったらどうですか」
「そういうわけではないが……た、食べ……てやらんでもない」
ひねくれ者め。
「ま、もう少し先の話ですけどね」
まだ春だし、白瑞宮に住んで一週間程度だが、もう今からここで過ごす夏が楽しみだ。




