表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】白瑞宮のお料理番~異世界の神様と飯テロスローライフを満喫する~  作者: 巻村 螢
幕間:花の精『梅花精』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/54

この世の美味を失うことになるんだよ!?

 本は意思を持っているかのように、パラパラとひとりでにページを捲り、【白澤】という文字が書いてあるところで止まった。

 現実的ではない光景に、隣で冬長官があ然としているのが空気から伝わってくる。

 そう言えば、彼の前でこの力を見せるのは初めてだったか。


「白澤、召喚」


 ページから黄金色の光が放たれ、何もなかった空間がぐにゃりとねじれた。

 ねじれた空間から、白い丸っこいものがころんと出て来る。

 現れた白いものを胸に抱き留めた。小さな角にピコンと立った耳、そして額に描かれた朱色の目。

 白ちゃんだ。


「どうした、冬花。お主ならば呼んだだけでも来てやるというのに、わざわざ白澤図なんぞ用いてワシを喚び出すとは珍しい」

「うん。白ちゃんの力を貸してほしいの」


 地面に手を突いたまま瞠目している梅花精さんを、白ちゃんが一瞥する。


「なるほど。古い呪いが掛けられておるな」

「そうなの。いけそう、白ちゃん?」

「ワシを誰だと思っておる。万物の知識を司る神だぞ」


 白ちゃんは鼻先をツンと上向けてフーと鼻息を荒くした。胸を張っているのだろうが、丸っこすぎて張っているかどうか分からない。

 本当、このただのぬいぐるみのような子牛が、とっても偉い神様だなんて信じられない。


「は、白澤様であられますでしょうか!」


 しばらく呆然としてこちらを見ていた梅花精さんが、ハッと気付いたように地面に顔を伏せる。


おもてを上げよ。そのように畏まらなくても良い。ここではだだの白ちゃんだ」

「は、はい! かしこまりました」


 こういうのを見ると、偉い神様なんだと信じざるを得ない。

 神様界の皇帝みたいな雰囲気だ。


「この呪いのせいで梅花精さんが苦しんでて。しかも、国中の梅の花が咲かないらしいの」

「うむ。少々ややこしい術式が使われておるが……この程度ならすぐだな」


「ただし」と、梅花精さんを見ていた白ちゃんの目が、じとりと湿度を増してこちらへと向けられた。


「ワシは人間を救うために力は使わないと決めておる。人間がかけた術ならば、人間で解決するのが筋だろう。梅が咲かなかろうがワシは困らんからな」

「むー……」


 ぷいっとそっぽを向かれてしまった。

 自分が後宮にいることもバレたくないと言っていたし、私以外には態度が素っ気ないし(主に冬長官に対して)、余程人間が嫌いなのかもしれない。


(もしかして、神に見捨てられたって……こういうこと? 神様の人間嫌い?)


 この国で一体なにがあったというのか。

 しかし、過去のことなど自分が知るよしもないし、特に知りたいとも思わない。

 それよりも、梅が咲かないことで一番困るのは……。


「梅干しが食べられなくなるんだよ、白ちゃん!」

「な、なんじゃ!?」


 いきなり肩(?)を掴んで声を上げたことに驚いたのか、白ちゃんは丸い目をさらに丸くしていた。


「梅の花が咲かないってことは、梅の実がならないってことなんだよ! 梅の実がならないってことは、梅干しがこの世界には存在し得ないってことになるんだよ! それがどれだけの損失か分かってる!? あぁ……キュッと口の中を切なくする酸味とほどよい塩味の梅干しは、そのまま食べてももちろん美味しいけど、サラダのドレッシングにしたり、煮物にいれるとさっぱりした仕上がりになるし、ささみの梅しそ巻きなんて食べ出したら止まらないのよね」


 思い出した味に、思わずうっとりとしてしまう。


「梅干しとやらは、そ、それほどに美味いのか?」


 興味をそそられはじめたようだ。

 私は、前のめりになった白ちゃんの顔の前で、チッチッチと指を振る。


「梅干しだけじゃないのよね~これが。芳醇な香りの梅酒や梅シロップは、とろっとしてまろやかで口当たりも香りも良いし、甘酸っぱい梅ジャムはお菓子だけじゃなく料理にも使えるし、最高の食材なんだから」


 白ちゃんの目は輝きだし口元からは涎が溢れ、猫のように何度も手で口を拭っていた。


「し、仕方ない! 今回は困っているのが同胞――人間ではないし、力を貸してやろうかのう」


(勝った……!)


 私は小さくガッツポーズした。

 なぜか隣で冬長官も口元をこそっと拭っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ