梅の種にはご用心!
「ここは神に見捨てられた国だからな。花精に見捨てられても、誰も不思議とは思わないのさ」
冬長官は諦めたような顔して鼻で笑っていた。
(そう言えば、陛下も神去りの国だとか言ってた気が……神去りって、神様が国を見捨てたって意味だったの?)
しかし、その神が見捨てたという意味も、よくは分からない。
元々、神様なんて祈ったり願ったりはするけど、本当にいるかも分からない、姿も見たことがないあやふやな存在だし。いなくて当たり前というか……。
(私はいたら良いなって思ってたけど)
もしかしたら、この国の人達にとって神様という存在は、私が思っているよりもずっと重くて、意味が宿る対象なのかもしれない。
どうしてそんなことに、と口にしたが、梅の木の花精である彼女を見れば、それも致し方なしと思えた。
ただ、彼女がなぜこんな姿になってしまったのか、それだけが分からない。
「お願いします。どうか我が身にかけられた呪いを解いてくださいませ……っ」
◆
梅花精さんが言うには、この廃宮がまだ妃嬪の宮として使われていた頃、侍女が主人である妃を殺めるという事件が起きたという。
冬長官が教えてくれた、廃宮になった理由の事件と同じだろう。
その殺しの道具に、この梅が使われたのだという。
「梅の木で殺害とは……枝から木刀でも作ったのか」
冬長官は分からない様子だったが、私はどうやって梅が使われたのか、すぐに分かった。
「侍女は梅の実を使ったんですね」
「実? そういえば、梅の木には花の後に実がなると読んだ覚えがあるな」
冬長官が首を傾げた。
「ただ、熟していない実には毒が含まれてるんです。少しであれば実は食べても問題はないんですが、種の中にある仁を食べるとまずいです」
「仁?」
「白くて、柔らかい芽みたいなやつです。それには実の何倍もの毒が含まれているんで、片手分食べただけで中毒症状が出ます」
「ほう、どのような」
「頭痛や吐き気、意識混濁……最悪だと死にいたります」
仁は梅だけではなくビワや桃、よく杏仁豆腐で知られている杏の種にもある。
少量であれば生薬や、杏仁豆腐などといった料理の風味付けにも使用されるが、量を間違えれば一瞬にして毒となる。
梅花精さんは、何度も頷いていた。
「毒として使われてしまったわたくしは、その後、宮廷術師の方によって、二度と芽吹かぬようにと呪いを掛けられてしまったのです……っ」
確かに、彼女の半身を覆う煤は、病気というより呪いのようだ。
「わたくし達花精は、花を咲かせてこそなのです。何度も宮の近くを通りかかる者に声をかけたのですが、誰も私に気付いてくれず」
そりゃ、怨霊がいると言われている廃宮から女の人の声がしたら怖い。
内容など気にせず、普通は一目散に走って逃げるだろう。
今回は、たまたま精神力が普通ではない男が通りかかったわけで。
チラと隣を見上げれば、普通ではない男は難しい顔をして唸っていた。
「解いて差し上げたいのは山々なのですが、宮廷術師の呪いを解くなど、並大抵の者には不可能です。しかも数代前の者が掛けた術となると、同じ宮廷術師にも解けるかどうか……」
「冬長官、その宮廷術士ってなんですか?」
「大地に流れる地脈という自然の力を借りて術を施す者の中で、王宮所属の者を言う。主に祈祷や封印、厄払いなどが仕事だが、時に人を呪うために使う馬鹿もいるから注意だな」
日本で言うと、昔の陰陽師みたいなものか。
「へえ、すごい人達なんですね」
「まあ……地脈の力を借りるには素質が必要だし、使いこなすにも相応の鍛錬がいるからすごいと言えばすごいが……あいつらはもっぱら矜持が馬鹿高いからな。頼んだら、後宮にも口出ししてきそうだ。本当、自然から力を借りているだけのクセして、なんであんなに偉そうなんだ。だから嫌いなんだ。クソッ、この間も――」
珍しく本気でイライラしている。
舌打ちまでして、余程宮廷術士が嫌いな様子。
「まさか梅の木が枯れ続けているのに、こんな理由があったなんてですね」
「なんとかしたいものだが……俺は力なら多少あるが、術に関する知識は持ち得ないし」
ピンときた。
「つまり、知識があればいけるってことですよね」
「何か良い案でも」
冬長官が目だけでこちらを見下ろす。声には期待が滲んでいる。
都合良い問題解決係にされているような気もする。
しかし、梅花精さんを救えるのならやぶさかではない。
私は冬長官に目で頷いたあと、両手を開いて呟いた。
「白澤図」
たちまち、手の中に金糸の文様が美しい本が出現する。




