到達者からの宣告便り
クシャミをしてティッシュを取ると、最後の一枚のためボックスが空になり、思わず天井を仰ぐ。
しまった。ティッシュペーパーがストックもろとも切れていたためネット注文しようとしたことを、すっかり忘れていた。
今は深夜1時、ネットサイトを見ると注文しても届くのは明後日になる。仕方がない、コンビニまで買いに行くかと決め外出の準備をする。私はこの田舎の店へ買い物に行く時には必ず、帽子をかぶり黒縁伊達メガネをかけマスクをして顔を覆い隠す。
理由はただ一つ、誰にも話しかけてほしくないからだ。
私が住むこの町は田舎のため、外出すれば知り合いに会う可能性がとても高い。
例え誰にも会わなくても次の日に職場の人達から、昨日どこそこにいたね、何を買いに行ったの?等、いちいち言われる。どうして大して仲がいいわけでもない私のどうでもいい、自分達にもまったく関係のないことを知りたがるのだろう。いつもの外出準備をしながら思う。まぁ仕方ないか、それでもここにいるのには理由がある。
「すみません。お尋ねしたいのですか、ブラウンの帽子に黒縁眼鏡に白マスクをしている人、今度いつここに来るか分かりますか?」
何だこいつ?夕方に職場のスーパーマーケットで食品棚の整理をしていると、小柄なスーツ姿の女が聞いてきた。
「いや、あの、すみません。他のお客様のことは何もお答え出来ません」
やや呆れたように俺は答える。
そもそも、何だよ、帽子に眼鏡にマスクって。
人を探しているのなら、名前や性別や体格を訪ねるだろう。
まぁ、言われたところで何も答えられないけど。そんなことを思いながら、奇妙な女を見下ろす。
「・・・そうですか。分かりました」
女はやや怒気を含めた声で答え、店の出口に歩いていく。
奇妙な女の背中を見ながら、聞かれた時にすぐに頭に浮かんだ客がいることを思う。
たまに閉店間際に来る、ブラウンの帽子で黒縁眼鏡に白マスクの女。田舎だから一人しかしない格好の人はどうしても目立つ。買い物中はいつも俯き率先してセルフレジを利用するから、どう見ても誰とも関わりたくないんだろうな。
あの客を探しているのか?でもそうだとしたら何で?まぁ俺には関係ないけど。
ここにいる、かの御方を、重鎮の元に連れていく。それが私が許される唯一の方法だ。
最近、友人と暇つぶしで勝ったほうを生かすと銀河同士を争わせた。最初は必死になって殺し合う連中を見ながら笑っていたが、何百年経っても決着がつかず、途中で飽きた私達は結局どちらの銀河も滅ぼした。
これが私達の重鎮にバレると友人は先の先への流刑となった。つまりこの宇宙の先の先へと流される。運が良ければ死なずにすむが、これはもう死刑宣告そのものである。そして私はここにいるという、かの御方を、重鎮の元に連れてくることが出来れば無罪放免となるが、これもまた死刑宣告そのものである。
仲間の中には、無理だ嫌だ恐ろしすぎる、絶対に先の先への流刑を懇願すると本当に震えあがっている者も少なからずいた。
私達の一族はあまりに力が強すぎ生態系を簡単に変えてしまうため、力を必要最低限に使うように昔から掟で決められている。その中で歴代最強と言われているのが、かの御方だ。
かの御方は、自分を怒らせたものを永遠に苦しませることがあり、現在進行形で苦しんでいる仲間がいるという噂は本当の話だ。それは時間にして一瞬であったり10時間であったり1年であったり200年であったり、それだけの時間を苦しませ瀕死にしたあと回復させ、再び苦しませ瀕死にすることをひたすら繰り返す。それを見た時は恐ろしかったが、同じくらいにその力に見惚れた。誰も、どの存在も抗うことの出来ない、かの御方の、力を直接受けられるのなら・・・。
刑の執行直前の友人から同情の視線を受けたあと、かの御方の、居場所を探る。もし探していることがバレてしまえば、その瞬間に私は死ぬだろう。ゆっくり慎重に力を抑えながら探すと、遥か彼方の銀河系にてぼんやりと、かの御方の、輪郭をとらえる。その瞬間、全身から汗が吹き出し震え泣きながら笑い嘔吐した。
そして今、あの時に輪郭をとらえた銀河系のこの場所で、かの御方を、探す。
私を連れてくるように言われたそいつが目の前に現れた瞬間、何かを話す前に塵にして、
もう私には近づかないと一族に約束させた日を思い出す。
あの日、一族の半数を殺し、残りの8割を瀕死にして、残りの2割の懇願を受け入れた。
塵になったそいつの記憶を見て、2割の生き残りであった内の1人の仕業と理解する。あぁ、あいつか・・・、泣きながら自分の家族や弟子の首を差し出し、貴方様を悪く言っていた不届き者達です。お手を煩わせたくなく、私が代わりに殺しましたと命乞いしていたが偉くなったものだな。重鎮となったそいつは、こうなることは分かったうえで私の元に捨て駒を寄こしたが、塵になったそいつも私に消されることを望んでいたようなので本望だっただろう。
間違いなくこれは宣戦布告だ。意味もなく私の怒りを買うことはしないはず、つまり私を殺す力をつけた、もしくは勢力が整ったと考えられる。
この生活を続けている意味であり、一族の掟なんて考えもせず、ここの種族に合わせて力を使わなかったのは、彼と共に生きたいと思ったから。生まれた時から他の存在というものに嫌悪して、その日の機嫌に任せて数多くの生命を消した私がだーーー。
私を連れてくるように言われたそいつを塵にした次の日、私はいつもの外出の準備はせず、スーパーマーケット閉店後に職員駐車場へ来た彼に話しかける。
「す、すいません、あの・・・」ーーーもうこの銀河系は危険です。私と一緒にーーー、本当にこんなバカげた事を言うつもりなのか。そもそも彼には愛する妻子がいるのだ。苦悶する私を彼は訝しんでいたが「あぁ、今日は顔を隠してないのか」そう呟くと、
「何か変な女の人があなたを探していたようでした。大丈夫ですか?何でしたら警察に相談したほうが良いですよ」
生まれて初めて同じ刻を生きたいと思える存在に逢えた。これからもここで彼の傍で生きていく。
来るならこい。