ごめんなさいと、対の言葉をあなた達に
一度消して、書き直しました。
私には可愛らしい幼馴染が居る。
エリカ・サンフルチェとは幼い頃のお茶会で会った。出会いは酷いものだったと思う。
あの子が持っていたケーキごと私に突っ込んで来た。普通なら子供の私は泣いてもおかしくない。でもあの子は自分が鼻水を垂らす程泣きながらごめんなさいと繰り返すものだから、私は同じ年のあの子の頭を撫でてやったんだわ。
大きな目をパチクリとさせながら、次第にもじもじしだして、その後満面の笑顔で妙に懐かれた。
歳を重ねる事に素直だった『ごめんなさい』は、容姿は勿論、彼女は自分が可愛い事を自覚していき、何より魅せ方が上手くなっていって。
あの子に『ごめんなさい』と言ってしょんぼりとされると『仕方ないわね』と言ってあげたくなるのだ。
そう言う子は同性には嫌厭されがちだけど、あの子はまぁ、多少は居るけれど、そこまで酷くはなくて。
何より私は、多分一番絆されてしまうのだ。
だって私があの子に誰よりも『ごめんなさいシアちゃん』と言われてきたのだから。
「つまりシアは僕をその子に奪われたくないから、会わせたくない、と」
「その通りよ」
「可愛いか」
だってライはこんなに格好いいんだもの。あの子もライに会ったら一目で恋に落ちるわ。そしていつも通り『ごめんなさいシアちゃん』って言って、きっと『私ライラック様に恋をしてしまったの』と言われるのよ。
「この件に関して私はあの子のごめんなさいを許すわけにはいかないの。だって私は貴方が好きなんですもの」
「シアの滅多に無いデレに俺はまだ見ぬその子に感謝してる」
「真面目に話しているのよライラック。私は貴方がエリカに恋をしたら、もう二度と恋なんてもの信じないわ」
「ありがとう、是非そうしてくれ。僕はシアを愛しているから他のまだ見ぬ恋なんか一生信じなくて良いよ」
私は何処か上機嫌なライをひと睨みする。私は本当に心配してるのに。この男は全然分かってない。私が恐れている事から逃げる気が無い。
「ばか。嘘ついたら許さないから」
「はぁ、めっためたに可愛い…」
「めっためたって何?」
「滅茶滅茶の上位版?」
「何でライまで首傾げてるのよ、ふふっ、おばか」
「こんな可愛いのにいらない心配してくれて、僕は嬉しい。僕の婚約者は可愛いなぁ」
そう言ってた癖に。
「あ、その顔は誤解してるね!?本当に、全然!シアが思っていることはない!!」
「ごめんなさいシアちゃん、ライラック様は悪くないのよ!私が、」
そう、こうなる事を私は恐れていたのだ。可愛いエリカ。ずっと、可愛いと思っていたのに。
ううん、可愛いからこそ、いつか言わなきゃいけない事だったのかもしれない。
泣いていたエリカの手を、離す時が来たのかもしれない。
「私、ごめんなさいって線引だと思うのよエリカ」
「えっ?」
「ごめんなさいって言われて、仕方ないな、って許せる事と、許せない事があるのよ。知らなかった?知らなかったかもね、エリカはずっと許されてばかり来たから」
「シア格好いい…」
「そこの暫定浮気男はちょっと黙っていてくれるかしら」
私が睨むとライは「まだ見た事ないシアだ」なんて、とっても嬉しそうに笑う。
私は一瞬緩みそうになった頬を無理矢理元に戻す。まぁ、浮気がバレた顔には到底見えないけど?でも万が一と言う事があります。
万が一だったら、とりあえず呪おう。
「エリカは先程自分が悪いと言ったわね。その通りよ、婚約者が居る男性にしがみつくのは褒められた行為じゃないわね」
「ごめんなさい…だって転びそうになってしまったの。でも、支えてくれたのはライラック様のご厚意でしょう…?」
「被告人、発言を許します」
ライラックは心底嫌そうにエリカの手を振り払う。
「確かに君が勝手に僕の方へ倒れ込んで来た。僕が避ければ君は酷い転び方をする勢いでね。普通、淑女がそんな事は偶然では有り得ない。そのドレスで、あの勢いはおかしいんだよ。流石に夜会でそんな真似をすれば婚約者のフリージアにまで悪評をたてられかねない。卑怯な真似をするね」
「そんな…違うのシアちゃん、ごめんなさい。私そんなつもりは…」
「じゃあどんなつもりだったの。ライラックは私の婚約者よ、エリカ」
可愛かったごめんなさいも、嘘で塗られてしまえば、そんな風には思えない。
「どんなつもりであれ、ライは渡さないわ。私の婚約者だもの。ごめんなさい?」
敢えてエリカのごめんなさい、を奪って言った。
するとエリカは、ぶわっと涙を溢した。ポロポロと止めどなく。私が慌てる番だった。その顔は最早淑女がしていい顔ではない。
でもエリカは顔を伏せる事もせず、一心に私を見つめたままごめんなさいと言う。
「…私こそ、ごめんなさい。私、いつまでたってもシアちゃんがその人を私に紹介してくれないから、何か理由がその人にあるんだと思って」
「おい」
子供の頃のエリカの顔と、今の顔、それが私の良心をぐらぐらと揺さぶってくる。
「もうしない、絶対。シアちゃんにだけは嫌われたくないもん…」
とどめだわ。そう、これがこの子の一番ずるいところ。
本当に。自分の優先順位第一位は私なのだと訴えてくるところ。
あぁ、まったく。今回こそはこっぴどく叱ろうと思っていたのに。
「この件に関してはしばらく許してあげない。一ヶ月後、とびきり美味しいお茶会を開いて招待状を頂戴」
私がハンカチを渡すと、花も綻ぶ笑顔になる。全く、本当にずるい子なんだから。
「任せて!シアちゃんだけ招待するから!」
エリカが私の手をぎゅっと握ってそう言うと、横からライが私をベリっと剥がして抱き上げた。
「え、なに!?」
「僕は今女性に対して初めて殺意を覚えた」
あ、これ拗ねてるライだわ。可愛いからこの顔好きなんだけど、このまま拗ね度が増すと厄介な事になるのよね。
「ねぇ被告人」
「まだそれ言うの!?違う!本当に僕にはシアだけだ!誓って!本当に!」
「何度も主張する所が怪しいです」
シアちゃん下ろして下さい、嫌がってます、とエリカが化粧の落ちた顔で淡々と言う。
「君だけには言われたくないよ。君がいくら泣こうと僕は許さないから」
うーん、困ったわね。犬猿の仲になりそうな予感がするわ。ひしひしと。
「ライラック」
「なぁに愛しいシア?」
「その…私達、婚約して長い、わね?」
「うん?そうかな?」
「な、長いの!そろそろもう…」
結婚式とか考えても良い頃よね?そう言いたいのに恥ずかしくてまごまごしていると、ライが突然表情をスンと消した。
「…嘘だよね、シア?僕、君を拉致監禁とかしたくないけど、君と結婚出来ないくらいなら…」
顔が、本気だわ!!
「な、なんか怖い事言い出した…違うわ、そうじゃなくて」
「察しが悪〜い!シアちゃんは婚約者のうちは色々心配だから早く結婚して夫婦になりたいな、って言ってるのにね!」
「エリカ!」
「……シア、今のもう一度、シアの声でお願い」
「っ、い、言わない!」
「頼むシア、いや、待って。やっぱりプロポーズは僕からだよね」
「今!?この空気でされても返事しにくい…あと拉致監禁はちょっと…」
「あれはプロポーズじゃなくて願望と言うか、つい出ちゃった起こり得る未来で」
「より怖いわ!!」
エリカが私のドレスの裾をちょんちょんと引いてくる。
「シアちゃん、この人一歩間違ったら犯罪者になると思う」
「否定出来なくなってしまった自分が悲しい」
バチッと効果音が鳴りそうなくらいライとエリカは緊迫した空気を生み出している。
「ちょっと空気読んでフェードアウトしてくれます?」
「ふふっ、空気読めなくてごめんなさい?」
あ、やっぱりわざとだったのね。困った子だわ。
私がエリカを見ると、ライが私を抱き上げたまま、口付けをしてきた。あまりに突然だったのでポカンとしてしまう。
「愛してるよシア、結婚しよう。誰にも負けないくらい君が好きだ」
「ライラック…」
「世界で一番大好きだよシアちゃん!一ヶ月後のお茶会楽しみにしててね!シアちゃんの大好きを集めて待ってるから!」
「…邪魔しないでくれるかな」
「邪魔される程度なのが悪いんじゃないかしら」
一触即発とはこういう時に使うのね。
全く、本当に、困った人達だわ。
「両方からやめなさい」
「照れて可愛いシア」
「ほんと可愛い!」
その後、何故かライバル関係になった私の幼馴染と婚約者が、サプライズ婚約披露パーティーを開いて私を泣かしてきた。
「泣いているシアも眼福です」
「私は笑ってるシアちゃんが一等可愛いと思うけど」
「は?シアの笑顔が可愛いのは常識なので。自然の摂理なので。泣いちゃってる貴重さが重要なだけなので」
「私とシアちゃんの運命の出会いは涙で彩られているからごめんなさい?」
「僕とシアの出会いこそ運命なんだけど」
「いい加減にしなさい」
「「ごめんなさい」」
一瞬だけ目が合った二人は嫌そうに顔を歪めて前と後ろから私を抱き締めた&しがみついた。
私はため息を吐きながらも、大好きな二人に愛されて思わず笑ってしまうのだった。
「笑った君が一番可愛いのは悔しい事に同意するけどね」
そう言って私の頬にキスをするライを、エリカが後ろから威嚇している。
そんな二人に贈りたい言葉は、沢山あるのだけど。
「ライ、エリカ。いつもありがとう。大好きよ」
(ごめんなさいの対と言ったら、やっぱりこれよね。私達に似合う、大事な言葉だわ)
読んで下さってありがとうございました!
出会ったのは、シアとエリカの方が先です。
でもその時の現場で既にライはシアを可愛いなぁと思っていました。ふわっとですが。