婚約破棄しよう、そうしよう! 後日談
静かな部屋の中、ペンを走らせる音だけがしている。
コンコンコン
「はあい、どうぞ~」
かちゃりとドアの開く音がすると、侍女のマーガレットが渋い顔をしながら入ってくる。
「お嬢様、語尾を伸ばしすぎです」
「いいじゃない、マーガレットだって思っていたもの」
押してきたカートの上にはティーセットと果物のパイ。艶々したカットフルーツが上品な彩りでたっぷり載っている。
「侯爵様が晩餐にはお帰りになるので、ご一緒にと。それと、こちらが本日分でございます」
銀色のプレートに載るのは積み重なった手紙の数々。
「皆さま飽きないわねえ」ため息をつきつつ机の上においてもらう。
「お嬢様の劇的効果とやらが遺憾なく発揮された結果でございましょう?」あ、これまだ怒ってるね?
「だってあのまま令嬢らしく気絶なんてしていてご覧なさい、言いようにねじ曲げられて今頃冤罪、からの婚約破棄、王都追放、侯爵家没落、修道院での不審死の流れるスシならぬ流れる悪役令嬢だよ?」
「スシが何かは分かりませんが王家が侯爵家を潰す事などできません。ましてやお嬢様に対して不義理を行えば侯爵様がぶっつぶ、いえ即対抗するのは当然のことです」
マーガレットは澄まして言う。
まあねえ、あの後ロウェイン卿に付き添っていただき帰宅すると、普段冷静沈着なお父様が魔王のような顔で侯爵家専属騎士団を引き連れて登城したので王都は戦が始まったかと騒然となった。おまけに騎士団に所属するお兄様に速達を送ったので城内の半分以上の騎士が侯爵家を迎えるために城門に並んだと言う...。まさに王家に反旗を翻したと言って過言ではないのだけれど、王太子殿下の所行を証明する人がね、あまりにも多くて隠蔽することができず断罪劇にはならなかったの。人の口に戸は立てられないって最強の武器になったわ。
「だからといって、吟遊詩人が歌にするとは思わなかったわねえ」すわ戦争かと驚いた市民を落ち着かせるために王城前広場で歌ったらしい。それも横暴な王太子に立ち向かう凛とした侯爵令嬢~♪、血を流しつつも悪列な男爵令嬢に立ち向かう姿~♪って盛りすぎじゃない?
まあでもおかげで市民の同情も集めて無事婚約破棄できました!
おめでとう自分、ありがとう皆さま!
あの時、オーブレン男爵令嬢の馬鹿さ加減に切れたことで自分の中で弾けとんだものが何かはわからない。けれど、これまで王太子の婚約者としての勉強に次ぐ勉強や人々からの嫉妬や妬み、期待や抑圧に耐えきれなくて心が壊れる前に見えた遠視だと思うの。
昔から未来を視る遠視と言う能力を持つ人が稀にいたと言うからね。今後も忘れないために、こうして思い出したことを書き留めておいている。
「...お嬢様、あの吟遊詩人がロウェイン卿の領地の者だと小耳に挟んだのですが」
「...」
「そして、本日もロウェイン卿がお越しになると先触れが来ております」
「!! なんでそれを早く言わないかな?!」
「だってお嬢様、早く言うと逃げ出すじゃないですか」
呆れ返った顔で答えないで!マーガレット!
遠くから長いアーチを走ってくる馬車の音が聞こえる。
ま、まずい、どこかに隠れないと!
「マーガレット、腹痛、腹痛です!」
「それは大変だ! 私が介抱しよう!」
ドアがガバッっと開いたと思ったら、真っ赤な薔薇の花束を抱えたロウェイン卿が立っている。
馬車は?!今音がしてたのにここにいるって何?!フェイク?怖い!
マーガレットは澄まして頭を下げると音もなく部屋から出ていく。
う、裏切り者ぉぉぉ~!!
「さあ愛しいアレキサンドリア嬢、ベッドに運んで差し上げましょう」
イケメンのキラッキラの笑顔が近づいて来て、さらっと他人の膝裏に手を添えるとふわりと抱き上げる。
ちょ、ちょっと待って!! 遠視にはこんなこと視えなかったよ!?
はっ、そもそもあの時どうしてロウェイン卿は学園にいたの?
ゲーム、執着、隠れルート...やめて!こんな非常時に遠視出さないで!出すならさっき書いていたときに出すべきでしょう!?
一体どうなってるの?そしてこの先どうなるの?!
読んで頂きありがとうございました!