婚約破棄しよう、そうしよう! 2
「アレキサンドリア様、どうか落ち着いてください」
ロウェイン卿は頭の打ち所が悪くておかしくなったと思ったのか、殿下の腕を掴んでいる手をはがすとそのまま手を握ってくれる。
これは役得、ではなく推しとの握手会でもなく、お心遣いへの感謝を込めて握り返す。
「ロウェイン卿、どうかこの場で証人になってください。私が王太子殿下に押されて事故にあったことの」
ロウェイン卿は急な申し出にびっくりしたものの、状況から判断して当然と思われたのかすぐにキラキラ笑顔で頷いてくれた。
「ア、アレキサンドリア、大丈夫か?そ、その私も君を突き落とすつもり何てなくて、その」
いつもの堂々とした態度から想像もできないほどにあわてふためいている。そりゃそうでしょうよ、自分が浮気相手とイチャイチャしていたところを邪魔されてイライラしたから突き落としたなんて陛下に伝わったらどんな目に遭うか。
「殿下、婚約破棄です。たった今、破棄してください」
「いや、君は今混乱している。話し合えばきっとお互い分かり合える」
「いえ、むしろはっきりしました」
そういってロウェイン卿の手を借りて立ち上がる。今ここがチャンス!さっき頭に流れ込んできた通りになる運命なら一発逆転、この断罪劇を利用してやる!
歯には歯を目には目を、ハンムラビ法典一択です!
私は血まみれの髪をぬぐうこともせず王太子殿下に向き合う。後ろのイケメンが気になるけど、この血まみれ令嬢と言う劇的な効果は今使わなくていつ使う!?さあ、薙ぎ払え!不幸な未来を!
周囲は学園中の生徒を集めたかと思うほどの観衆が輪をつくっている。私の姿を見て悲鳴や囁きが渦巻いていたが、私が背筋を伸ばして殿下に向かう全てが波のように引いていった。
「殿下、あなたは私と言う婚約者がありながら浮気をしていますね?そして今、浮気現場を確認され逆ギレして階段から突き落とした。間違いありませんね?私達の婚約は愛妾はもちろんのこと、側室ももうけないことが条件でした。それを覆すだけではなく、婚約者を亡きものにしようとまで画策するとは...。この事は父侯爵からきっと陛下にお伝えします」
殿下はあからさまに狼狽え、首をブンブンふっているけど、その腕にはまだあざといチワワみたいなのがくっついてるからね?
「ち、違う!殺すなんて考える訳がないではないか!ただ退いてもらおうと押しただけで...」
「退いてもらおうと?階段の一番上の踊り場で?どこに退けと言うのですか?」
「そ、それは、ちょっと横に退けばよかったじゃないか!」
「男性の強い力で押されて、か弱い女性が後ろでなく横に?横にどうやって動けるのですか?」
私が返すと周りの女生徒達がさも当然だと頷きあう。
「しかも浮気相手とオペラに行くと、そんなことのために、私はここまでの悪意にさらされなくてはならないのですか?」
大きな声ではっきり区切って遠くまで聞こえるように話す。
周囲からはオペラ?浮気相手と?しかも男爵令嬢ではないか、階段から突き落とすなんて殺人じゃない?殿下がアレキサンドリア様の殺害を?など波のように広まっていく。
血まみれの私の姿も相まって、殿下の立ち位置はどんどん劣勢になっていく。ロウェイン卿が背中を支えてくれている手のひらの温かさが力をくれる。その時、
「待ってください!浮気なんかじゃありません!私達は真実の愛で結ばれているんです!それをアレキサンドリア様が邪魔して、私をいじめているんです!」
しんっと静まり返るホール。
「...オーブレン男爵令嬢、私は今日初めてお会いしたと思うのですが、どうやってあなたをいじめているんですか?」
白けた目で見ると、言い返せないのかむぐぐと詰まっている。頭の中に藁でも詰まってるのかしら?この子?
「で、でもアレキサンドリア様、いくらローレンス様に愛されないからって、自分で階段から落ちるなんてそんなことまでするなんて、本当にかわいそう!愛されるには、アンジェみたいにかわいくないとダメなんですよ?ね?」そういって同意を求めるように殿下に微笑むが殿下は顔を向けるのも恐ろしいようで固まっている。
「そうですか、真実の愛で結ばれているんですか。それは結構、私は殿下から愛されようとは思っていなかったので、」
「え?」
「え、じゃありません。当然でしょう?この婚約は王家と侯爵家で結んだもの、隣国から私への求婚を断るために繋いだ縁ですから愛だの恋だの言ってる場合ではなく、隣国からの侵略を防ぎ国内の安定のために決まっているではないですか」
歴代大なり小なり紛争が絶えない隣国は国境に接している領地の侯爵家と縁ついて取り込みたい。おまけに我が領地は土地が豊かで金が採れる坑山も保有している国内切ってのお金持ち。国家予算より潤沢な資金力を保持している。だから王家と言えど決して疎かにできる家柄ではないのだけど...。分かってるよね?殿下?
「ア、アレキサンドリア...」顔色が青を通り越して白くなってる。
ロウェイン卿が気遣うようにこちらを覗き込んでくるので頷き返す。
「ロウェイン卿、並びここにお集まりの皆さま、私は今日殿下とオーブレン男爵令嬢から殺害未遂を受けました。どうぞ正しい裁きが行えるよう、皆さまが証人となってくださることを切にお願い致します!」
割れんばかりの拍手と声援、反対に二人への辛辣な怒声が相まってホールは最終幕を閉じた。