婚約破棄しよう、そうしよう! 1
初投稿です。よろしくお願いします。
「婚約破棄しよう、そうしよう!」
私は血まみれの頭を起こして目の前の男性に叫んだ。
ことはほんのわずか5分前。
私ことアレキサンドリア侯爵令嬢は婚約者のローレンス王太子に駆け寄っていた。なぜって?そりゃ冷徹美貌の婚約者様がなんだかちんまりとしたふわふわっとした可愛いご令嬢の腰に手を回して今まで見たこともない笑顔を振り撒いていたから。それも、学園の正面玄関にある階段の一番上の踊り場と言うこの上なく人目につく場所で。
「ローレンス様!」
私が声をかけると途端にいつもの仮面を被ったような冷たい目になった。さっきの笑顔から色が抜けたような表情だ。私はぐっと胸に込み上げるものを無視して尋ねる。
「そちらの方は、どなたでしょう?」
「君に関わりはないよ」
「高位の者から声をかけませんとご挨拶もできません。ご存じでしょう?」
王太子は私の言葉にチッとばかりに片頬をわずかに歪めると、
「...オーブレン男爵令嬢だ」
紹介された男爵令嬢は上目使いで王太子の背に隠れながらこちらを見るも、「こ、こわいです。ローレンス様ぁ」などとのたまう。
挨拶もできず、仮にも、イヤ仮ではない本物の婚約者を前にして王太子殿下を名前呼び。私の中でピシリと何かがひび割れる音が聞こえた。
「王太子殿下はその方とどういったご関係ですの?」
視線で殿下の手がどこにあるかを教えてあげる。
むすっとした表情を隠しもせず、さすがに手を下ろすが下ろしたその腕に男爵令嬢が絡みつく。
先程から浴びている注目からざわりと声なき声が起き上がる。
「オーブレン男爵令嬢、殿下の腕をとるのはお止めなさい。仮にも騎士である殿下の右腕です」
この国の王子は皆騎士団に属している。騎士にとって利き腕は常に明けておくべき大切な場所だ。
「ふぇぇぇん、ローレンス様ぁ言いがかりをつけられてしまいました。アンジェ悲しいですぅ」
あ、馬鹿だ。私の中でピシリと何かがひび割れる音が再度聞こえた。
「アレキサンドリア、それは私に対する嫌みかね。はっまあいい、可愛げの欠片もない君がアンジェに嫉妬して醜い顔を歪めているのを見ると吐きけがする。さあ、そこをどけ、私はアンジェとこれからオペラを観に行くのだから」
そう言って王太子が私の肩を後ろに押し出す。騎士と言われて嫌みかと返すくらい鍛えられていない癖に思いの外強い力で思わず足元がふらつく。その隙をアンジェと言う女が見逃さず
「さあ、退いてください!」とばかでかいリボンの着いた腰で体当たりしてきた。
そう、ここは階段の一番上の踊り場。
私の視界はゆっくりとスローモーションのように驚いて口を開ける王太子殿下と顔を歪めて笑っている男爵令嬢だけをいっぱいに映して落ちていった。
「アレキサンドリア様、お気を確かに!」
一度激しく階段に頭を打ちつけた後、転がり落ちるかと思ったところで力強く抱き締められる。
誰...?
薄目で見上げると短く刈り込んだ銀髪に深い藍色の目の騎士が私を抱き止めてくれていた。その瞬間、先程からピシリと音をたてていた私の中の何かが割れて中身が弾き飛ぶように頭の中に流れ込んできた。
悪役令嬢、学園の嫌われもの、王太子殿下、冤罪、辺境の修道院、不審死...
目の前の騎士は令嬢が瀕死なのではないかと声をかけ続けている。
「アレキサンドリア様、今医者が来ます、しっかりとお気を持って...」
「ロウェイン卿...ってアンドリュー・ロウェイン卿!?」
びっくりし過ぎて大声で叫んでしまった。
ロウェイン卿ってあれじゃん、攻略最高峰でこのルートは乙女ゲーにあり得ない難攻不落のルートでしょ!?ってあれ今って私の、悪役令嬢の断罪シーンじゃん!
はっとなった私の表情を意識が目覚めたと勘違いしたロウェイン卿は「よかった...」と安堵にふにゃりと笑った。
ああ~!イケメンのふにゃり笑顔の威力、半端ない!光ってるよ、もうこれは後光がさしてお迎えされるんじゃ!
はっ、いやいやいや、私いまそれどころじゃない!
急にむくりと起き上がると目の前まで来ていたバカ殿下の腕をつかむと、
「婚約破棄しよう、そうしよう!」
ホールに響き渡るほどの声で絶叫した。