◆10 思い出の味<下>
いつもの時間になり、ログイン。
材料の選定はできていた。
しかしその材料はここから遠方。
レベル1の僕ではまず間違いなく死にに行くようなものだ。
そこでクランのツテを通じて素材を集めてもらうことにする。
茶葉はギズモナの根。
これをアールグレイにするためにガララの蜜を少量加える事で似通った味になると掲示板に記されていた。
僕は紅茶に詳しくはないので、味についは素人判断だ。
問題はここから先。
養蜂家が確立されてない上に、生姜に該当する食材の見当がついてない事。
食事処専門クランでさえ、まだ出揃ってない素材が多い。
それを全く一からエキスにする方法も確立しなくてはならない。
これは骨が折れるぞ、と同時に妙にやる気が出てきてしまっている僕。
研究は一進一退を繰り返した。
クランメンバーは僕が行きつまる姿を見るのは初めてだと驚く。
いや、僕の今までの研究はその場その場で辞めてただけだから。
今回みたいにゴールに向かって打ち込むのが初めてなだけだよと言ったら何を研究してるのかを詳しく追求された。
クランには材料提供などで世話になってるので隠す意味もない。
「フレーバーティーですか?」
「あれ、ムーン君コーヒー党じゃなかったっけ?」
「実は勤続時代に懇意にしていたお花屋さんが……」
僕はことのあらましを説明すると、何故か全員が涙ぐんで協力的になってくれた。これは僕の個人的な興味だったのに、今ではクラン一丸で取り組むことになった。
そして研究に打ち込むこと一ヶ月。
ついに完璧に近い味に近づいた。
ただ惜しむらくはこれが毒物であるということだ。
まさか生姜の味覚にそっくりなビビルデの根が猛毒*Ⅱだとは思いもしない。
それの抽出液が猛毒以外の何者でもなく、安全に飲むために植物毒*Ⅱの耐性を持つ必要があるのだ。
これは気軽に勧められないな。
そんな僕に朗報が舞い込む。
「センパイ! 魔導具師のクラン『産業革命』がついに状態異常無効化の効果を付与した装備品の開発に成功したそうです!」
「植物毒*Ⅱの耐性は?」
「今ミントちゃんのクランと協力して製作中です。よかったですね。これでその子をこっちに呼び込めるんじゃないですか?」
「別にそれが狙いではなかったんだけど。お店を持つ苦労はゲームでも体験できるからね。在学しながらその勉強を並行してやるならこっちの方がいいかなって」
「そういうお節介なところ、実にセンパイらしいです」
「それ、褒めてるの?」
「ベタ褒めですよ!」
うぐぐいすさんは笑う。
ワンコ狼さんも、都コンブさんも、ニャッキさんも。
今からその子が来るのを楽しみにしていた。
そしてパーラーTSUBAKIの閉店日。
僕は最後の客として別れを惜しみ、そして美沙ちゃんにゲームの招待チケットを手渡した。
チケット自体はソフトに紐付けされていて、これはうぐぐいすさんが用意してくれた。
僕のことおせっかいと言いつつ、あの子も決して人のこと言えないじゃないか。
苦笑する僕に、困惑する彼女。
なんせそのチケット、ソフトのみならず本体もついているので無料でもらうのは悪いと真剣に悩んでいた。
しかしせっかく準備したのにもらってくれなきゃ困る。
僕の一ヶ月の苦労がパァだ。
なので、暇な時に遊びにおいでよと気楽に誘ってみる。
美沙ちゃんはその日のうちにきた。
R18ソフトという意味合いを深く捉えすぎていたのか、特に普通なゲームをおっかなびっくり歩いている。
そんな彼女に声をかける。
「こんにちわ」
「わひゃ! あ、あの、あたしですか?」
「うん、ようこそNew Arkadia Frontierへ。僕は案内用NPCのムーンライト。このゲームではちょっとした有名人なんだ」
「NPC……本物そっくり、すごい」
もちろん嘘だ。
実際有名人だし、上手く誤魔化せたらラッキーくらいに思っている。
彼女を案内するのが目的だ。
場所はうちのクランが購入した喫茶室。
ここは一般開放してあるから、誰でも入れる。
まだオーナーは決まっていらず、権利はうぐぐいすさんが持っている。
「すごい、本格的な作り。ゲームの中とは思えないです」
「実はこのお店ではまだ一種類の商品しか置いてないんだ。よかったら君にはその商品の開発をしてもらいたいと思っている」
「え、え? これチュートリアル? いきなりオーナーだなんて言われても。困ります」
「もちろん、受けるか受けないか保留してもいいよ。準備が整って、受けたくなったらまたここに来ればいい。今日は僕の奢りだ。喉が渇いたろう? 飲んでいくといい」
「あ、はい。ご馳走になります」
うぐぐいすさんウェイトレスとなってテーブルにコースターを置き、その上にティーカップを置いた。
そして植物毒*Ⅱ耐性のブレスレットを置くと困惑される。
「あの、これは?」
僕はにこりとして答えた。
「実は今から飲んでもらうドリンクは猛毒でね、普通に飲むと死んでしまうんだ」
「帰ります!」
美沙ちゃんは勢いよく立ち上がった。
僕はそんな彼女を椅子に座らせ、装備の説明をする。
「落ち着いて。これはそのための装備品。このドリンクの毒を中和する効果がある。僕はこの毒に耐性があるのでそのまま飲んでも平気だが、彼女はその毒の耐性がない。味の方は実際に飲んでみればわかるよ」
「本当ですか? 変なのに捕まっちゃったなぁ」
僕はうぐぐいすさんに美沙ちゃん、僕、最後に自信の紅茶を注いでもらい、装備をはめて一斉に飲むという選択を取る。
僕は味見を何度もしてるけど、美沙ちゃんとうぐぐいすさんは今日が初めてである。
そして最初の一口。僕は狙った通りの味になっていた事に心の中でガッツポーズを取った。
うぐぐいすさんは目を見開き、美沙ちゃんは呟く。
「なんで……これ、お店の味!」
「おばあさんのお店は残念だったね」
「ねぇ、なんでこの味を知っているの? あなたNPCだったんじゃ!?」
「うん、僕はNPCとして有名人だよ。でも実在している」
「どういう事……?」
「センパイ、事情を説明してあげましょう、これ以上は可哀想です」
ここでうぐぐいすさんから暴露タイムのお許しが出た。
というより良心の呵責に耐えられなくなった感じか。
「えっと、ムーンライトさんが向井さん?」
「うん。向井明斗。名前から文字ってムーンライト。これが僕のゲームをプレイするときの固定ハンドルネームだと言うのはあまり知られていないね」
「騙すなんて酷いです。もっと早くいってくれたらよかったのに!」
「正直に言えば、僕がこのゲームを遊ぶ事になったのはつい最近なんだ。けどその当時から誰かさんのおかげで僕の名前は一人歩きしていてね?」
隣で紅茶を嗜んでいるうぐぐいすさんを睨む。
「えっと、そちらの?」
「うぐぐいすよ」
「その彼女がさ、この作品の前作の僕のファンだとかで、こちらでもそれはもう持て囃してくれたわけ」
「その節は本当に申し訳なかったと思います。でもそこに推しへの愛があれば推しませんか!?」
「僕に及ぶ被害も少しは考えなさい」
「あふん」
脳天に軽くチョップを落とせば、腑抜けた声が返ってきた。
そのやりとりを見て、ようやく疑心暗鬼になっていた美沙ちゃんに笑顔が戻ってくる。というより噴き出された。
その笑顔を持ってこの茶番をお開きにした。
「そんな訳で僕はリアルで暇を持て余すわけになり、ゲームに君臨しているのだよ」
「ゲームしている余裕あるんですか?」
「その点については全て私にお任せあれ。養う準備は整っていましょう。あとは先輩の印を一つ推してもらえれば万事解決です!」
「そう言って婚姻届出してくるんだよ、この子?」
「あはは」
笑い事ではないけど、笑い飛ばさないとやってられないのだ。
ちなみに彼女は100%本気だ。僕は彼女の気持ちに気付いていながらクランメンバーとの絆が壊れてしまいそうで断り続けていた。
都コンブさんからはさっさと決断しな。お互いに優良株なんだから渋ってっと奪われちまうよ? と辛辣な言葉をかけてくれている。
うん、選択するのも烏滸がましいくらい僕の方が商品価値で負けてるからなぁ。
美沙ちゃんがログアウトするまでこのゲームがどんな場所かたっぷり説明してからその日をおえた。
翌日から時間を作って彼女はログインするようになった。
頼りになるNPCにお世話になったと、僕の評判を広めてくれてるようだ。
お陰様で僕はプレイヤーからすっかり高位AIを積んだNPCと思われるようになった。




