修行編 第70話 スコータイへ その7(96)
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いつもなら源次郎の店で、飲みながら源次郎と話をすれば、何らかのヒントになる場合が多かったものの、日本に帰るか、タイに残るかという相談を源次郎にするのは、あまりにも酷な気がした。
「さてどうしたものか、母さんも言ってたけど、そろそろ日本に帰る潮時かもしれないなあ。泰男が中学に進むまでと言う約束もしたし。でも、今ウイチャイ社長には期待されているし、日本でこんなに活躍できるかどうかもわからない。それよりも今日本に帰るといつこっちに戻ってこれるのか・・・。
でも、今決断しないと一生こっちで生活して日本に帰る事もなさそうな・・・それもどうなんだろうか」
悩み続けていると、ふと頭にある思いつくものが浮かんだ。「そうだ、旅に出よう!」かつて、学生の時に悩んだ時も、下松ファミリーにしてやられた時も、旅に出ることで新しい結論を出してきた。「きっと今回も旅に出れば結論が得られるに違いない」問題はどこに行くかであったが、これはそれほど悩むことなく結論が出るのだった。
実は前の日の夜、健一は千恵子の夢を見ていた。
列車に揺られている健一が、ある駅に到着すると、駅に千恵子が立って手を振っているのであった。健一は急いで列車を降りると、千恵子は笑顔で走っていく。「千恵子、どこへ行くんだ!叫びながら健一も後をついていく。
ふと前を見ると、大きな公園のようなところに到着。千恵子は鬼ごっこを楽しんでいるかのように嬉しそうに逃げるように走っていく。
それを必死で追いかける健一。
千恵子がある壁のようなところに来ると、その中に吸い込まれて行く。
健一がその壁の前に行き上を見ると大きな石仏が聳え立っていた。
その瞬間に目覚めたのだが、
今、その時のことを思い出したのだった。
「そう言うことだったんだ。千恵子に旅をするように促されていたんだ。その場所こそ石仏の遺跡のあるあの場所。
よし、行こう!スコータイへ」
スコータイ遺跡は、タイ最初の王朝であったことは、図書館などで調べていたが、吉野一也の写真を始め、原澤由紀夫や井本幸男らも「あそこは素晴らしい」と行っていたので、機会あれば絶対行きたいと思いつつ、今までそれが実現できずにいた。
そうなると、行動が早い。
夕方ファランボーン(バンコク中央駅)に行き、スコータイの入口であるピサヌロークまでのチケットを購入。
翌朝の出発となった。そのまま“居酒屋 源次”に向い、本当に悩んでいることは一切触れず、ただ、
「明日から休みをもらったので、3日ほどかけてスコータイに初めて行ってきます」とだけ伝えるのだった。
源次郎は意外な顔つきで「えっ健一君、まだスコータイに行ったことなかったの?意外だったねえ。
俺もずいぶん前に行った事あるけど、みんなが言ってたように本当にあそこはいいよ。
アユタヤと違って遺跡がきれいだから。きっと感動するよ」と言ってくれた。
翌朝、健一は荷物を簡単にまとめて、ファランボーンの駅へ。
ここに来ると以前勢いで、ノンカーイに行った時やチェンマイから意気揚々と帰ってきた日のことや、
泰男を連れて行った日の事などが、記憶として次々とよみがえってくる。それらの時と比べれば、
今回は、比較的気軽な旅であった。列車は、バンコクの街中をゆっくりと過ぎて行き、やがて郊外に出て行き、
少しずつ車窓の風景が変わっているのを見ていると、健一は無意識のうちに眠ってしまった。