修行編 第66話 スコータイへ その3(92)
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長期コースの方は、1年間に2回試験を実施。筆記試験と実技試験であった。
ここで、悪い成績の者はもう一度基礎からやり直さなければならなかったので、受講生の熱心さは特別の物だったし、
責任ある立場としての健一も神経を使う時でもあった。
幸い、一期生の中には成績の悪い者もいなくて、全員無事に卒業出来そうだったので、健一もホッとしていた。
料理を作っていた時代とは違い、料理学校を開校し、落ち着いたこの頃になると、
アシスタントに講義を任せるなどもしていったので、比較的休みや時間もとりやすくなった。
そこで健一は、それらの時間を利用して市内にある博物館や図書館に行って、
タイの歴史を調べる日々が始まるのだった。
「タイという国にこれだけ関わっているのに歴史をほとんどわかっていないような気がする。
特に中国から渡ってきた李さんのような華僑との関係なども気になるな」
健一は1人つぶやきながら、学生時代の研究をしていた頃を思い出すのであった。
一月下旬、健一が一年で最も好きな時が来た。
旧正月になると、タイの中華街で春節のお祭りが始まるからであった。
元来中国が好きで、学生時代に中国史を専攻したほどの健一にとっては、
原澤由紀夫にお願いしてまで休暇をもらい、見に行くのだった。
日本では横浜中華街で見たことのある春節のお祭りとは規模も違い、
大きな龍が空中を舞うシーンは圧巻物だった。
健一はカメラ片手に写真を撮り始めるのだった。
多くの人で賑わう中、写真を何枚も撮り続けていると、誰かが左肩を叩いてきた。
健一が振り向くと、「あっやっぱり、大畑さん。私のことを覚えていますか?」と
ベレー帽の男、李実男が後ろに居るのだった。
「あっ李さん。やっぱり見にこられたんですね」
「ええ、やっぱり中国正月はいいですね。先祖代々からの血が騒ぐというか。毎年昔は神戸の春節ばかりでしたが、
そのうち横浜や長崎に行ったり、やがて中国本土や香港・台湾と回って、最近は東南アジア。
昨年ベトナムに行きましたが、あそこはテトと言うあの国独自のお正月なので新鮮でした。
そして今年はタイに来ました。実は去年夏にお会いした時はこの日のための下調べもかねてたんですけどね。
やっぱり凄いよ」と明らかに声からも気持ちが高揚しているのが伺える。
「いやあ、さっきから2人で盛り上がっていますが、私のことをお忘れなく」
李の横にいた長めの髪を前にたらしてサングラスをしていた男が、李とは対照的に落ち着いた声で話しに入ってきた。
「ああ、すまない。大畑さん紹介します。彼は料理コンテスト仲間の小初さんです」
「はじめまして、僕はアーティストです。料理こそアーティストつまり芸術です」
小初は先ほどと違ってよく通る声で、彼自身がある世界に入りこんでいる・・・まさに彼自身が芸術のようであった。
「あっ始めまして大畑です。ところで、料理コンテスト仲間とおっしゃいましたが、それはどんなコンテストなんですか?」
「実は、プロ・アマ問わずアジア料理のコンテストを毎年12月に予選会、2月に本選を東京で開催しておりまして、本選は予選を勝ち抜いた15名が出場するのです」
健一は、この時思わず浦島太郎の気持ちになった。