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修行編 第61話 息子と母 その3(87)


健一は、駅の行き先を示す表示板を見てしばらく自分の世界に入り込んでしまった。

5~6分して我に返ると、横にいるはずの泰男の姿が消えていた。「あ!泰男!!」健一は青ざめ、とにかく探し回り始めた。


しかし、どこに行ったのか泰男の姿がどこにも無い。「どうしよう!ここは海外だよ。このまま行方不明になったら、母さんだけでなく夢で千恵子にまで怒られるよ!!泰男どこに居るんだ!!!」

もう一度駅の待合のベンチに座っている人を、一人一人チェックし歩く。それでも泰男の姿は見つからない。背中には汗と思われる、気味の悪い生ぬるい水滴が垂れる。

どんどん焦りが募ってきた。「これは警察に言うしかないかも。でも大丈夫かなあ」と言いながら駅の外に出ると、目の前に見たことのある青い小さなリュックが目に留まった。


近づいてみると、その少年は紛れも無く泰男であった。

「良かった!心配したぞ」健一は、安心して強力な脱力感を感じた。

「父さん、この絵すごいよ」と目の前の絵を指差す。白黒で筆で書かれていたその絵は、ファランボーンの大きなドームの形の駅舎が描かれていた。

「あっ少年のお父さんですか。良かった」描いている手を休めたベレー帽の男が日本語で健一に話しかけてきた。

「あっこれはどうも。私が少し目を話している隙に・・・ありがとうございます」健一は手を頭の後ろで抱えながら礼を言う。

「いや、たまたま小さい男の子が、迷っているようだったので、私が声をかけて絵を見せてあげたら、興味があったようで、真剣に見てくれたんです。そのうち親御さんが尋ねてくると思っていましたら。その通りに、いやよかった」男も安心の表情をしていた。

「本当に助かりました。せっかくなので私も拝見させてください」といって、健一は男の描いている絵を見る。

絵は、バンコク各地の名所が描かれたものが数点。いずれも黒い墨と筆を使った、

白黒の水墨画のようなものであった。

「お父さん。一枚欲しい」泰男が、男の描いている絵が相当気に入っているようだった。

健一も、気になっていたので「もし差し支えなければ、一枚売って頂けませんか?」と男に尋ねたが、男はベレー帽の下から見え隠れする眉を上下に動かしながら

「いえいえ、これはあくまで私の趣味。売り物じゃないです。もしこんなものでよければ、一枚お譲りしますよ」

「ええっ良いんですか!泰男良かったな。好きなものを一枚選びなさい」

泰男は嬉しそうに、一枚一枚をじっくり見ながら、「これを下さい」と男に言った。

男は、「それか、よし持って行きなさい」と言って泰男に手渡した。

泰男が選んだ絵は、“ワットアルン”以前、原澤由紀夫が自慢げに持っていったものと同じ寺院を描いたものである。

唯一違うとすれば、カラーの水彩画か白黒の墨で描かれた絵との違いか。


健一は嬉しそうに絵を見つめる泰男を見て満足していたが、ふと腕時計を見ると午後1時前になっていた。

「何から何までありがとうございます。せめてものお礼にお昼でもご馳走したいのですが?」

「そうですね。私もそろそろ空腹だったのでどこかで食べに行こうと思っていました。

この近くにあるチャイナタウンでも行きましょう」男も大きくうなづきながら健一の提案に乗り、道具を片付け始めるのだった。


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