修行編 第53話 神との対面 その1(79)
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大畑健一と一緒に上級の認定証をもらった原澤由紀夫は、婚約者の登美子をバンコクに迎え、
自らの野望であるカルチャーセンター設立に奔走。
12月には、絵画教室“プラトゥーナムカルチャーサークル”をオープンさせるのだった。
健一は、自らの休日である月曜日に、お祝いの挨拶に向かった。
場所は、服飾関係の卸市場で有名なプラトゥーナム市場の近くにあり、やや古びた2階建ての建物。
出迎えてくれた、いつものように水色のカッターシャツとスラック姿の原澤の話では、元々大衆食堂だったらしい。その名残が1階に残っており、古びた厨房機器がそのままになっていた。
入口すぐのところには、スコータイ遺跡の大きな油絵が飾ってあった。
「婚約者の登美子が描いた作品です。先日源次さんで吉野さんから頂いた写真が元なのです」原澤が、弱々しい声ながらも自慢したくて仕方ないというようなしゃべり方をするので、聞いている健一は余り気分の良いものではなかった。
だが、実際に絵を眺めていくと、描かれている両側に迫っている壁に対してもなんら臆する事が無いかのごとく堂々として、あたかも見ている健一に対して微笑んでいるかのようにも見える石仏を見ると、そんな事はどうでも良いように思えてくる。
「この石仏がそうさせているのか、それとも描いている人の力なのか・・・」
健一は別の意味での想像を巡らせた。
「2階で、絵画教室を始めました。講師は登美子。私は事務方ですが、落ち着いたら私が講師としてこの1階部分も料理教室にする予定なんです。ただ、あのままじゃ使えないので改装する必要があるのですが、何かと出費もかさみますからね」原澤が語っている最中に、登美子が二階から降りてきた。
登美子が「原澤がいつもお世話になっております」といいながら健一に軽く会釈した後、
低い小声で原澤に何かを伝えるとそのまま外に出て行った。
登美子は髪が短く、まずスカートをはく事はありえないようにも見えるほど活動的な女性に見え、
どちらかと言えば弱々しく感じる原澤にはお似合いのカップルのように健一は見えるのだった。
「原澤さんは、来年の10月に正式に結婚するそうです」翌日健一は、モンディに報告すると静かに何度もうなずき、「それまでに料理教室を始めるだろうか?せっかく苦労して取った認定資格のはずなんだけど」
どうやらモンディは、原澤が絵画教室しか行っていない事に不満を募らせているようであった。
年が明けた1997年。健一は毎年のように日本にいる母京子と息子泰男に国際電話をかけると、思いもがけないことがあった。
8月の夏休みを利用して、2人はバンコクに来るという。実際に会うのは4年ぶりとあって、健一もその日が楽しみで仕方ないのであった。
昨年に続き、この年も仕事は順調。ターベチェンマイのバンコクサイアム店での健一の存在がどんどん強くなり、気が付いた時には副料理長格の扱いを受けるようになり、若いスタッフの育成にも気合が入るのだった。
また、週一度のモンディの付き人としての修行も順調で、彼女の巡回するレストランの賄いをほぼ確実にこなせるようになり、各地のレストランのスタッフも日本人と言うもの珍しさも手伝って、みんなその日を楽しみにするようになるのだった。