修行編 第5話 再び目指す道 その5(32)
下松和伸に続いて父親の和夫も健一の事に疑念を持ち始め、下松一家が健一を追放する事を模索し始めるのだった。
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和夫は日本人の知り合いに、お客さんとして店に入ってスタッフの動きを監視してもらうよう頼んだ。
その人がお客さんとして来店したときはそれほど忙しくなく、普通に料理を注文し、全ての料理の提供が行われた。
最後の料理が提供を終えたときに、ちょうど和伸が若いタイ人女性と来店した。
その時、スタッフは「店長」と一応挨拶はするもののあくまで形式的で、後は和伸を無視して
厨房内で健一が完全に仕切って他のスタッフに指示を出しているのだった。
後日、その模様が和夫に報告されたが、健一を少し疑い始めていた和夫は、報告内容を聞くとさらに健一に悪いイメージを感じ取ってしまった。
「和伸が店員にほとんど無視され、みんな大畑君の指示を仰いでいる。
私は彼を信じすぎたのか?あいつの言うとおりこのままでは本当に乗っ取られるかもしれない」そう考えると徐々に健一の存在自体が疎ましく思うようになるのだった。
さらに、和夫は、和美と健一が2人で話しをしているのを目撃した。
実際は無理やりデートに誘おうと、映画のチケットを1枚健一に渡そうとする和美を
亡き千恵子の悪夢を恐れた健一が、「ごめんなさい。その日はちょっと忙しくて」と
断っていたのだった。
だが、和夫の目からは、逆に健一がチケットを和美に渡して無理やりデートに誘おうとしているように見えてしまったのだった。
「か・和美をあんな風に・・・。表の顔と裏の顔があったのか!
今回ばかりは、和伸の言う事が正しかったようだな」
和夫は、家族だけでミーティングを行った。ここでも和伸は健一のことをとにかくひどくいうのだが、当初信じていなかった妻のウドムもそれらの話しを聞くにつれ、同様に健一になんらかの不信感が植え付けられていくのだった。
もちろんこれらのほとんどが和伸の被害妄想に過ぎないのだが、もはや和美を除く下松ファミリー3人が信じきってしまい、健一をどうすべきか考える方向に動き始めた。
「あいつをすぐにでもクビにしよう。このままではどんどんあいつの野望達成に
近づいてしまう」一人でわめく和伸。
「しかし、クビと言っても正統な理由なしにそんな事をすれば役所あたりがうるさそうだし、下手すると従業員が怒ってストライキや退職してしまうことにもなりかねない。そのほうが問題だ。せっかく育った料理人を手放すのは非常にまずい」和夫はそういって唸った。
「大畑さんはそんな人じゃない」と言い返そうとした和美であったが、健一のややよそよそしい態度に別の疑念を持っていた。
「別に好きな人がいるのかしら?ならちょっと苦しんでもらおうかしら」
そう思ったので、3人のやり取りに最後まで口を挟まなかったのであった。
「アンタ、ワタシニヨイコトガウカビマシタ」しばらく黙っていたウドムが口を開いた。「どんな方法があるんだ」和夫の問いに、「チョットマテ、イッカゲツクライネ。キットウマクイクヨ」
年が明けて1993年。トンブリーレストランもまもなく2周年。
健一は、下松ファミリーの陰謀も知らず、日々充実した毎日を送っていた。千恵子の忘れ形見とも言える泰男が7歳になり、今年からいよいよ小学校に入学するからであった。
実際には、深夜勤務の朝帰りなので、すっかり福井真理のお世話になってしまっていたが、
とにかく元気な泰男は寒い街中でも毎日のように元気で外で遊んでいるのだった。