修行編 第41話 師匠との出会い その5(68)
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「渋滞と排気ガス立ち込めるバンコクと違って、チェンマイのあたりは住みやすそうで、羨ましい限りですよ国沢さん」
突然天田に話をふられ、飲みかけていた酒をのどに詰まらせかける国沢。
「うぅぐぐ、ああっはい、いやあ~どうなんでしょうか?」
「あっそうか!国沢さんも来月からチェンマイの勤務だったんだな。健一君にあったら宜しく伝えておいてね」「はあ、あっわかりました」源次郎にも勤務の事を言われてなんとなく不安そうな表情になる国沢であった。
「アーム、何か一杯飲むか?俺がおごるけど」「いえ、オーケンさん。私はこれにて失礼」というと、報告を終えたアーム二村は、店を出てしまった」
「アーム!ほんまあいつらしいわ。すんませんなあ源さん」
「いいよ、無理しなくても気にして無いから。代わりにオーケン、もう一杯飲むだろ」
アーム二村は、1週間ほどバンコクで留まった後、チェンマイに戻ってきたが、
健一が、いつものように日本人の団体客の相手をしていた時、突然ターベチェンマイのエプロンをして現われた。
「大畑さん、今日からこの仕事は私アーム二村が担当する事になりました」
大きなめがねを直しながら近づいてきたかと思うと、そのまま団体客の相手を始めてしまった。
唖然としたままの健一に後ろから声をかけてきたのは社長のウイチャイであった。
「大畑、説明が遅くなったが、二村に日本人のお客さんの面倒をメインで見てもらうことになった。
実は、君がいたおかげで、口コミが広がり日本人のお客さんが増えてきたが、今後はさらに本格的にこの店に日本人の団体のお客さんの“昼ごはん”の場所にと思って、バンコクなどの旅行会社に対しても本格的な営業をしているんだ。
だがこのままだと、お前の負担が大きくなりすぎると思っていたんだが、ちょうど先週の夜、二村が俺の元にやってきて、『1週間ほどで今の仕事の契約が終わりますので、私を使いませんか?』と言ってきてくれたんだ。
そこで、タイ語も英語も普通にしゃべれる彼を、日本人を含めた、外国人のお客さん相手のホール担当として雇う事にしたんだ。
だから大畑、お前はまた厨房に戻って料理を作るのをメインで頑張れ、二村がいないときだけ、ホールに来ればいいからな」
と言い終えると、健一の右肩を軽く叩いた。
「先週、俺に会いに来た時、裏ではこんな話になっていたとは・・・」
一切何も知らされなかった事に若干の怒りを覚え、タイ料理の美味しさを、多くの日本人のお客さんに説明する事が、最近楽しくなってきただけに、寂しさも感じた健一であった。が、しかし厨房での料理を作るという本来の仕事をメインとして戻る事が出来るという嬉しさの気持ちほうが、それらを上回った。
日本人のお客さんへの接客を終えた、二村に「では、これからはよろしくお願いします」と軽く会釈をした健一は、そのまま厨房に戻るのだった。