修行編 第40話 師匠との出会い その4(67)
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“ターベチェンマイの本店には日本人がいる”という情報が口コミで広がり、店に来る日本人が急に増えてきた。
本場の北タイ料理に混じって、日本料理3品という”保険”の存在が効を奏し、旅行会社でも話が広まって、ツーリストの日本人団体客の昼食などでも利用されるようになり、その都度健一が呼び出されるのであった。
ツアー客の内容にもよるが、日本料理3品の存在が大きいのか、1品は必ずメニューに加えられ、中には3品とも用意することすらあった。特に初心者の日本人観光客には大変好評で、
ツーリスト会社からの信頼も確実にあがっていくことが手に取るようにわかる。
健一にはこのとき、青木貿易の中堀孝治が以前に言っていた、「タイ国中に日本料理の食材を浸透させる」という野望が少しずつ花開いているように感じるのだった。
しかし、一方で、来店してすぐに健一を指名するものが後を絶たず、少しずつ厨房にいる機会が減るという違う意味で、健一を悩ませた。
「料理人として中々鍋を振るえないど、逆にこの仕事は日本人である俺にだけしか出来ないからなあ。バンコクと違って、必要とされているだけでも価値はあるなあ」
この日の夜の閉店前にも、健一を指名するお客さんが来たということで、健一が客席に向かって、「いらっしゃいませ」と挨拶に向かった。
すると、「ああっあなたですか!大畑健一さん」と小柄で髪が緩めの七三分に分けた男が、一人で座っていた。
「あっはい私が大畑ですが」というと、男は立ち上がり、声変わりをしていないような高めの声を発した。「これは始めまして、私は、アーム二村と申します。
オーケン土山さんと同じ国際フリーランスとして、主にここチェンマイを活動拠点にしております。先日、仕事でバンコクに行った際に、オーケンさんから、あなたの近況を見てきて欲しいといわれましたので、調べるとこのお店で、日本人の料理人が働いていると聞きましたので、ご挨拶に来ました」
「ああ、オーケンさんの・・バンコクの皆さんはお元気ですか?」懐かしそうに目を細める健一。
アーム二村は、昆虫の目を連想させる大きなメガネを直しながら、「ええ、オーケンさんは相変わらず元気ですよ。あなたも頑張られているようですね。社長さんからお話を伺いました。
明日から私はしばらくバンコク出張ですが、すぐに戻ってきますので、今後とも宜しくお願いします」というと、アーム二村はそのまま店を後にするのだった。
「不思議な人だ。水も飲まずに帰ってたけど、同じような仕事をされているためか、オーケン土山さんに似てるといっちゃ似ているかも」健一は、そう独り言を言いながら、厨房で閉店の後片付けをするのだった。
アーム二村は、翌日バンコク入りし、早速居酒屋源次に向かい、毎日入り浸っている、オーケン土山の約束を果たしに向かった。
「アーム、わざわざすんませんな。チェンマイで健一君元気やったんやな。それ聞いて僕も『嬉しい!』」
思わず大声が出るオーケン土山。
「しかし、元気なのは安心したけど、現地で評判になっていたとは・・・。
これじゃ当分バンコクには戻ってこないんだろうなあ」少し寂しそうに、腕を組む城山源次郎。
「源さん、仕方ないですよ。仕事を持つ企業戦士なんてそんなもの。確かにここバンコクからは遠いですが、彼が頑張っているのを聞くだけで、私も頑張らなければと思いますね」
といいながら、天田が灰皿においていたタバコを力強く吸い込み、口からゆっくりと煙を吐き出すと、再度話しを続けた。