修行編 第4話 再び目指す道 その4(31)
青木貿易の青木にもっとバンコクに行って料理の勉強をするようにと指摘をされるが、健一にはその余裕がまだなかった。
やがて、トンブリーのダメ息子和伸が健一の排除を
画策し始めるのだった。
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「だけど、健一君。最近はタイにあんまり行っていないんじゃないのか?」
「そうなんです青木社長。何分毎日が忙しくて、行きたいのは山々ですが、もう最後に行ってから2年も開きましたね」
青木は顎鬚を触りながら。「うーん、それはあまり良くないよ。やっぱり時代は日々動いているんだ。
過去習った料理もいいけど、新しい料理も学んでいったほうがいいよ。
でないと、気づかないうちに現地とは違う料理になってしまうことも良くあるからね」
青木のやや厳しい意見に、健一は頭を下げながら「はあ、そうですね。もう少し落ち着いたら少し休暇を貰ってまたタイに行きたいです。源さんとも会いたいし」
青木に指摘されたとおり、健一が最後にタイのバンコクに行ったのは3年前であった。
自らの店“曼谷食堂”を開業する前に買付けで行ったのを最後に、一度も行っていなかった。
曼谷食堂で1年。青木貿易で1年。そしてこのトンブリーレストランでも1年と、職場は代わったものの、タイに行く機会が全く無かった。
曼谷食堂の時、じり貧だった状態も青木貿易で働き始めてから収入が安定し、ここトンブリーでも、他のスタッフより高い給料を貰っていたので貯金も溜まっていた。
「そろそろ行きたいなあ。チャオプラヤー川の本松親子、オーケン土山さん、そして源さん。みんな元気なのだろうか?」
だが健一が、たとえ数日とはいえ休暇を取る事はまだ早く、見習いのタイ人が育ってきているとはいえ、若干の不安があり、休暇の事を和夫に言い出せずにいるのだった。
それから半年が経過した頃、明らかに自分が“無視”されていることに気づいた和伸は、
和夫に健一の悪口を言い始めるのだった。
「オヤジ、あの大畑、最近調子乗りすぎだ」との言葉に少し驚く和夫。
「どういうことだ、彼はタイからの見習いの2人も見事に育ててくれて、
今では立派な料理人になっていると聞いているし、実際に売上もいいからなあ」
しかし和伸は「いや、あいつはとんでもない野望を持っている。
まず俺を無視してあの店を実質的に支配し、我が物にしている。いずれ乗っ取る気だ。
そればかりではない、妹の和美も狙っているようだ。和美にはやたらと愛想がいいからな。
下手すればマッサージ店も食材店もあいつのものになりかねない」
和伸は、自分が無視されている以外に、妹の和美の関係も疑っていた。
和美は、マッサージの仕事の合間に、頻繁にトンブリーレストランに出入りしていて、
遊び人の役に立たない兄に代わって店を取り仕切る健一に好意を持っていた。
その為、健一への接し方も他のスタッフと違い、やたらと健一にやさしく接してくるのだった。
健一もそう言う和美の事が少し気になりつつあるのだった。
ある日、和美に休日デートに誘われ、ショッピングを楽しんだ後に、食事も2人で行った。
その日はそれだけで他には何も無かったのだが、その事実を知った和伸は激怒!
「雇い人ごときにつき合うとは、何を考えているんだ!」と和美を叱るが、当の和美は、
「いまどき雇い人ごときって!バカじゃない」
と聞く耳を持たないので、和伸は余計にストレスを溜めてしまうのだった。
だが、激怒したのは和伸だけではなかった。
その日の夜、健一の夢に千恵子が久しぶりに登場したのだが、その表情は嫉妬そのもので、
目が引きつりながら、健一を睨み続けるのであった。
「ああ、千恵子ごめんなさい。相手がしつこいだけで、本当に何もありません。今後は注意します」夢の中で健一は謝り続けていると、目が覚めた。全身が汗だくになっていた。
「ああ、怖かった。千恵子がこんなに嫉妬深かったとは・・・。こりゃ多分生涯独身だな」
と、一人で苦笑した。
「何がおかしいの?」それを見ていた泰男が心配そうな表情で見つめるのだった。
その日以降も、和美が健一に近づいてくるものの、健一は上手くごまかすようになっていた。
和伸の物言いに、和夫は少し不機嫌になり、「いい加減にしろ!大畑君はそんな野心があるとは思えない。お前の考えすぎではないのか!」と、和夫は、脂ぎった頭を拭きながら和伸を叱ったが、その後も和伸が会うたびにそのことばかり言うので、少しずつ心配になってくるのだった。
「うーん和伸がもっと仕事を出来ればいいんだが...。あいつはバカだからな。それにしてもまさかとは思うが一度誰かに偵察してもらおう」