修行編 第37話 師匠との出会い その1(64)
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ターベチェンマイで働くことになった大畑健一にとっては、
他にもいろいろ新鮮な体験の連続であった。
タイに来て初めて屋台とは違う食堂で、
日本料理3品がメインとはいえ、調理担当として働くこともそうだし、
この店で提供する、今まで見たこともない料理の数々にはいつも驚くのだった。
以前中堀と食べに行った名物麺「カオソーイ」もそうであるが、一番驚いたのは、グレープフルーツのような果実に、辛いタイのタレにつけて出すサラダ(ヤムソムオー)のこと。
この料理にやや似たようなものに、
青パパイヤを使った“ソムタム”と言うサラダがあって、健一はバンコクで何度か食べる機会があったが、それとはまた違う料理の存在を知り、ここでもタイ料理の奥深さを感じるのだった。
このターベチェンマイでは、バンコクでも普通に食べることが出来る“定番タイ料理”もメニューに存在し、店のシェフたちが、それら定番タイ料理を作る様子を、目の前で見ることが出来たのも、健一にとっては非常に良い刺激となった。
かつて、まだ学生時代の頃、始めてバンコクでこれらの料理の講習を受けていたときの頃を思い出すかのごとく、ノートとペンを用意し、仕事が終わってからそれを復習する日々が始まった。
さらに、一日の生活のサイクルも大きく変わり、早朝から仕込み作業が始まり、そのまま朝から営業。
昼過ぎに一度休憩を挟んで、そのまま夕方まで仕事が続いた。
夜は自由時間であったが、大抵の場合、店に残って料理のチェックや無意識に作業の手伝いをそのまますることが多かった。
これらの作業は屋台と違って、複雑さと多忙を極めたが、バンコクで単なるゴミ掃除だけをやらされてた日々と比べれば、全く苦にもならず、むしろ楽しさすら感じるのだった。
健一が、ターベチェンマイで働き出してから、3ヶ月が経過。すでに料理人として、日本料理3品以外のタイ料理についても、そこそこのレベルの仕事を任されるようになったある日。
社長のウイチャイの命令により、何名かの料理人が、定休日の店の厨房に招集され、その中に健一も入っていた。
「今日、集まってもらったのは他でもない、バンコクからモンディ師が、年に一度みんなの料理のチェックをされに来られる日である」
「モンディ?」健一が隣にいた料理スタッフの一人に、「何者か?」と聞いたところ、
「ああ、モンディ先生は、タイ料理界の神様、シーダマン大師の一番弟子で、最近では高齢の大師に代わって、タイ全国を回っているんだ。
シーダマン一門の筆頭とも言える大先生が、社長の力でわざわざチェンマイまで
年に一度、料理指導をしに来られるんだ」
「シーダマン!」健一はこの言葉に、怒りが込み上げてきた。
「バンコクではそのシーダマン一門の店にひどい目にあった。俺のような外国人が、タイ料理を作ったらどんな反応を受けるのだろうか?」怒りに加えて、不安まで襲ってくるのだった。
やがて、社長のウィチャイがモンディを部屋に招きいれた。
モンディは、女性ながらもウイチャイと変わらないほどの大柄な体系で、年は50歳代であろうか?エプロンをつけているものの、その下に来ている服は、紫がかった青のシルクの服を見に纏い、耳などにつけているアクセサリーも、見た目でもわかるくらい高そうな大きな宝石であった。
「屋台の人とはやっぱり違うなあ!相当な大金持ちかな」健一は、モンディの外見に加えて独特のオーラのようなものを感じて、一層緊張が走った。
「今年から初めての者もいるので、簡単に説明する。モンディ師にみんなの料理を食べていただき、一人一人に評価とアドバイスを頂く。今から何を作ってもらうかは、今から一人一人に指示をする」
と言うとウイチャイは、料理人1人1人にこの料理を作るよう指示を出す。健一にはパッタイを作るように言い渡された。
「パッタイかあ!少し安心した。自信作だ」
健一は、かつて千恵子とのデートで初めて作った、きしめんで作ったパッタイのことを思い出しながら精一杯鍋を振るった。
こうして、完成していく料理の一つ一つを、無表情でモンディが試食していく。
社長のウイチャイや他の料理メンバーも、一緒に味見をする。
1つの料理を1口食べたモンディは、調理スタッフに手厳しいアドバイスを行っていくのだった。