修行編 第32話 本格修行開始 その4(59)
4
サパトラからの説明を聞き終え、帰路に着く天田と国沢。
「サパトラ先生は、いい人だったなあ」「えっそうですね。何しろ大畑さんをあくまで無期限の休学扱いにして、バンコクに戻ってきたら、いつでも帰ってくれるように手配してくださったんですからね」
「本当だよ、国沢さん。いったい誰なんだ?金を巻き上げるだけの詐欺師まがいだなんて、
あんなデタラメを大畑君に行った輩は?」
「世の中悪い人が多いですから。
でもやっぱり良い人は救われますね」
「国沢さん、その通りだね。そうだ彼の話題を出したら..。そうだ!久しぶりにタイの屋台で軽く食べますか?」「ええ、技師長。ガイヤーン(鶏の炭火焼)でも食べましょう」
やけに乗り気の国沢と天田の2人は、通りで見つけた屋台のプラスティックの椅子に座ると、ガイヤーンと隣で焼いていた塩を全体にかけてあるプラー(なまず)を注文した。
出来上がるまでの間に、国沢がどこからかビールを調達してきた。
「やっぱりガイヤーンはビールが合うね」「ええっそうですね。では技師長カンパーイ」
まだ、日が完全に下がりきらないうちから2人は屋台で飲み始めた。
「いやあ、まだ少し明るいうちからのビールは美味いなあ!」「ええ、この後、報告を兼ねて2次会は源次ですね技師長!」
上機嫌な2人であったが、しばらくして、天田が、ある人物を指差した。
「おい、あれを見ろよ。多分観光客だと思うけど、何かそわそわして、見ているほうが恥ずかしくなってくるなあ」
「そうですね。いやああ、私も最初はあんな感じだったんでしょうけど・・・。
あの人ツアー客の人では?」
「だろうね。 “初めてのタイ旅行”とか言うツアー旅行で、日本人の添乗員付きのやつかな。皆とはぐれて道に迷ったかな?
まあ、あえてほっておこう。
日本では味わえない未知の体験を、この機会に存分に楽しんでもらいましょう」
天田と国沢が、笑って見ていたのは、トンブリーレストランの下松和夫であった。
昨年春に、健一が半ば無理やり辞めされられて、バンコクに追放した後。
息子和伸が店長として仕切るものの、健一を慕うスタッフたちほぼ全員に嫌われていた。
和伸は社長の息子で店長としての権限をフルに利用し、半年後には全てのスタッフを入れ替えるという“暴挙”に出たが、見事に裏目に出て、業績は下がる一方。
ついに今年の5月には、まず食材店が閉店に追い込まれ、人件費削減のため、スタッフの数も半分に減少。
残されたスタッフも余りやる気が無く、レストランのほうも風前の灯のような状態まで追い詰められていた。
さらに9月末には、和伸自信も突然行方をくらましてしまった。
慌てたのは和夫とウドムの2人。
「あのバカ、いったいどこへ行ってしまったんだ!店をぐちゃぐちゃにして!!」
「もう、レストランも閉店にする?まだマッサージの店が残っているし」
「いや、ウドムもう一つ奥の手が残っているぞ。大畑健一君だ。彼をバンコクから連れ戻そう」
「父さん、ようやくわかったのね」和美が嬉しそうに近づく。
「私は最初から、わかってたわ。あのバカ兄じゃ駄目よ。彼が帰ってくれば、また店を再興できるわ!きっと」
「そうだな、よし今から俺バンコクに行ってくる。彼を連れ戻してくるからな」
そう言うと、「あんた、もう行ってもいないよ。無駄だからやめて」と、必死で止めようとするウドムの制止を振り切り、和夫は、単身バンコクに渡った。
だが、当然ながら既に健一の姿はサイアムプラスには無く、そこで、健一が受けた扱いを聞いて愕然としてしまった。
「何て店なんだ!確かに適当に使ってもらうように言ったものの、あれでは誰でも逃げてしまうだろう。でも彼はどこにいったんだろう。
日本に帰っている様子も無かったし、別のレストランで働いているのだろうか?」
和夫は、現地では、相談する相手もいなかったので何の当ても無く、闇雲にガイドブックに乗っているような、有名なタイ料理店をしらみつぶしに当たるしか方法が思いつかなかった。
もし、和夫に冷静さが少しでも残っていれば、居酒屋源次のような日本人が通う店や、サパーン料理学校のような、料理のスクールで情報のきっかけでもつかもうと考えただろうが、既に半ば錯乱状態に陥っていた和夫にそのような事を考えるゆとりは毛頭無かった。