修行編 第3話 再び目指す道 その3(30)
店主下松和夫の長男和伸は、仕事もせず遊んでばかり。健一が違憲を言っても聞く耳持たずだったんで、
健一は、和伸をお飾りにする方法を取るのだった。
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和伸は、開業して最初の2、3ヶ月は、比較的真面目に働いていたが、やがて“飽きた”らしく、店に顔を出さない日や時間が徐々に増えていき、やがて来ても早い時間30分ほどいるくらいになってしまった。
遅い時間にたまにやってきても、働かずに若いタイ人の女性と一緒に料理を食べ、カラオケをしてそのまま帰ってしまう。
ただ、父・和夫がいるときや、取引上などで、重要な常連のお客さんの前だけ接客するという行動が目立ち始めていた。
早い時間は和伸がいなくても日本人のホールがいたので問題はなかったが、そのホールたちは終電には帰ってしまうので、深夜になると、日本人客は健一が、タイ人客なら見習いのどちらかが代わりに接客をしなければならず、業務の負担が増大していった。
しばらく我慢していた健一もたまりかねて和伸に言うのだった。
「和伸店長、早い時間はともかく深夜は居てくださらないと、厨房も忙しいので」すると和伸は急にかん高い声を張り上げると、「お前は何様のつもりじゃ!この店は俺のものだ。
何をしようと俺の自由だ。
お前たちの給料は、俺たちが出しているんだぞ、くだらないことを言わずにおとなしく仕事を続けろ!!」
話にもならなかった。健一はいっそのこと和夫に報告しようとも思ったが、和伸の性格からして「このチクリ野郎」と怒鳴られるだけだと思ったので、逆に彼を“お飾り”と思って、自分が実質的にトンブリーレストランを取り仕切ろうと思い始めたのだった。
和夫には和伸のことを一切触れず、ただ「最近は深夜のお客さんが増えたので」と伝えると、1週間後には深夜に、日本人男性のホールも雇ってくれたのだった。
こうして和伸を除いたトンブリーレストランのメンバーは、健一を中心に結束し、店の売上もどんどん上がっていくのだった。
健一が、店に入って1年くらい経つと、懐かしい顔が続けざまにやってきた。
最初に来たのは、吉野一也であった。
「いや、お久しぶり。日本のレストランで料理長をされていると聞いたので、立ち寄りました」と言うなり店内の写真を撮り捲る。
「ああ、吉野さん。なんとなく恥ずかしいですね。そんなに撮らなくても」
やや照れる健一に、「いやいや、タイの方と混じっても違和感無いですよ。なんとなくここは日本じゃないみたいだし」
「そうですか。ありがとうございます。
とりあえず、どうぞパッタイです」
吉野は、出された料理のパッタイをすぐには食べず、真剣なまなざしでレンズを料理に向け。
慎重に1枚1枚の撮影を行う。
その回りだけ、やけに緊張感漂うあたり、プロの写真家である事を証明しているようでもあった。
「では、いただきまーす」撮影を終えた吉野は、ひたすら箸を口に運ぶ。「うん、美味い!」以前と比べて腕上げたね、大畑君」
「ありがとうございます」
吉野のひたすら豪快に食べ続ける姿に健一も我が事のように嬉しくなるのだった」
吉野が来た10日後に、今度は青木貿易の青木が大串を伴ってやってきた。
「いや、健一君頑張ってるね」「先輩、今日はお客さんとしてきました」
「ああ、お2人ともいらっしゃいませ」
大串とは、配達などで頻繁に顔を合わせるものの、青木とは会社を退職してから初めて会ったので、やや緊張が走った。
「健一君、リラックスして。別に面接でも審査でも無いんだから、顔が緊張しているよ」
軽く笑いながら青木が席に座る。
リラックスしようと大きく深呼吸してから健一は、タイ料理の鍋を振るう。この様子は、かつて夢で見た時の状況にそっくりであった。
完成した料理を、2人が静かに食べる。
「うん、現地に味が近い。さすが健一君だ」青木の表情が崩れた。
「美味しいですね。先輩の料理どんどん美味しくなっていくような気がします」大串も続いた。