修行編 第25話 いざ、チェンマイへ その3(52)
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「いや、どこに行こうかと旅行会社のチラシを見てたら『微笑みの国タイ』と言うのが目に入って、なんとなく微笑んでもらおうと思って」
健一は、大林の回答に思わず苦笑した。
「それ、僕と一緒ですね。あれはまだ、学生のころですからもう10年以上前のことですけど、『微笑みの国』と言うキーワードに引かれてこの国に来たのがそもそものきっかけですから。
あっ僕の名前は大畑健一と申します」
「あっ大畑さんも!ますます縁を感じますね」
口元だけでなく、目にも微笑みを感じさせるような大林の表情。
「で、とりあえずバンコクに来たものの、暑いわ車は多いわで、とても『微笑み』と言う感じじゃなかったので、別のところへ移動しようと思ったら、あるところから『ラオスがいい』と聞いたので、思い切ってラオスのビザ取りました。
でも列車で国境まで乗っている最中に、自分自身悩んでしまったのです。
『微笑みの国タイに来ているのに、他国に行くのってどうなんだろう』とか思ってしまいました。
先日鍋のお店で大畑さんとお会いして、鍋を食べるまで悩んでたんですけど、食べているうちに『やっぱり行こう』と思って行って来ました」
「何だ、あの時の悩みってこれだったんだ」
鍋の店の時、大林の表情が余りにも暗かったので、もっと深刻な悩みを抱えているのではと健一は想像していたので、心の中で思わずあっけにとられてしまうのだった。
「でもラオスに行ってよかったですよ。微笑んでもらったというより癒してもらいました。
この後、タイのチェンマイとチェンラーイあたりを回ってからスコータイとバンコクに戻る予定です。
でも大畑さんと同じバスなんて嬉しいですね。大畑さんもご旅行ですか?」
長々と大林が一人でしゃべり続けていたので、突然質問され、少し慌てる健一。
「いえ、その旅行じゃなくてですね」健一は少しずつタイでの経緯を大林のように長々と説明する。
「ああ、そうなんですね。いや恐れ入りました」と言いながら、何度も頭を下げる大林。
「いや、止めてください。僕そんな凄くないですよ」周りのタイ人の会話が普通に聞こえる健一は、「おかしな外国人がいる」とばかりに、明らかに笑われている事に気づいていたので、頭を下げ続ける大林を必死で起そうとする。
「でも、大畑さんから比べれば、私なんか全然ですよ。
チェンマイに少しだけ滞在してからチェンラーイあたりを回り、またチェンマイに戻ってきますので、大畑さんの行くお店が決まったら絶対に食べに行きます」
この後も、健一と大林は、さらに深くお互いの事を語り合うのだった。
バスに乗ること数時間。
チェンマイのバスターミナルに到着した頃には、夕日が沈もうとしていた。
健一は、もう夜になるとご迷惑と思い、中堀に会うのは翌日にして、この日はとりあえず安宿を探すことにした。
この時健一は、「どうせなら旧市街で泊まってみよう」ということで、あらかじめ田中の貸し本屋に置いていたチェンマイのガイドブックをコピーしたものを取り出すと、中にあった地図を見ながら旧市街に向かった。
健一と一緒のバスに降り立った大林も、健一についていくのだった。
旧市街へは、堀に囲まれた城壁になっており、堀伝いに歩いてたどり着いた “ターベー門”というところから旧市街の中に入った。
その中にある安宿の一つを見つけチェックイン。
その日の夜は、健一と同じ宿に泊まる事になった大林と、
近くの屋台で夜ごはんを食べにいくのだった。
こうしてチェンマイで初めての夜を、明日からの期待と不安を複雑に抱えながら迎えるのだった。
翌日、健一は朝起きて食事をとった後、大林と別れて
一人で青木貿易のチェンマイ事務所に向かった。
トゥクトゥク(原動機付き3輪タクシー)に乗り、運転手に中堀幸治からもらった名刺を見せて、移動。
旧市街からは約20分のところであった。
たどり着いたところは、“スーパーハイウェイ”という何車線もある大きな道路に面した5階建てのビルの2階にあった。
ビルの階段を上がって、ドアをノックした。「失礼します」中にいたタイ人の女性がやってきたので、タイ語で「ミスターナカホリをお願いします」と伝えると女性は笑顔で、
奥に呼びに行った。
すぐに中堀の姿が現れた。