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修行編 第21話 地方に放浪 その5(48)

ノンカーイに来てからの健一の表情は、バンコクにいるときとは正反対にいきいきと明るい表情で毎日を過ごした。

ゴミ収集を無理矢理やらされていたバンコクとは違い、ここは天国。


タイ語が完全に理解できる健一に対して、店の人はみんな優しく、作業内容を丁寧に教えてくれたし、逆に、物珍しい存在である健一に日本の事をしきりに質問するので、その都度健一も丁寧に答えると、

みんな嬉しそうな表情になり、気がついた時には、店の人気者になるのだった。


10日に1度は休みがもらえるので、その日は1日メコン川を見ながら、”ぼうーと “何も考えずにすごしているか、田中のいる貸し本屋に出向いて、置いてあるさまざまな本を読み漁る日々が続くのだった。


ラオスへ陸路で国境を越える人たちはノンカーイの町を素通りする場合も多かったので、健一は、田中以外の日本人と会う機会はめっきり減っていたので、

普段はタイ語での会話しかせず、見た目では日本人に見えなかった。


ムーガタ鍋のお客さんの中に1度日本人の旅行者が来たので、健一は思わず日本語で会話をするのだった。

それを相手も「こんなところに日本人がいる」ということで、半ば驚きつつも安心していた。

そのため、積極的に鍋の事について質問をしたり、健一のプライベートな事などを聞いて来たので、健一も笑顔で対応するのだった。


しかしこの後、店の人に「営業中は、出来るだけタイ語を使うように。日本語を使うときは小声で」とたしなめられてしまい、どう言う訳なのか理解できないものの、言われたとおりに注意することにした。



ある日、健一にとっても非常に印象的な日本人のお客さんが来店してきた。

一人で来た坊主頭の男は、行くあても無くここにたどり着いたのだという。

「私も似たようなものですよ。縁あって今こうして鍋のお手伝いをしているのですが」

笑顔ながらも健一が小声で日本語で答えると、相手の目が大きく開き、

「いや!羨ましいですね。私もそうしたいんですけど、そういうわけにも行かず。

この後、どうしようか悩んでいるんですよ。えっ」

と言いながら健一になぜか頭を下げるのであった。

何かを頼まれるのではと思い、戸惑った健一は、「まあ、とりあえず食べてくださいよ」と

囁くと、その場を逃げるように去った。


その坊主頭の男はしばらく、汗びっしょりになりながら1人で鍋をつついていたが、

帰り際に何かを思いついたらしく、健一に向かって

「やっぱり明日ラオスに行きます。今食べながら決めました。ありがとうございます」ときっぱりと言うと、お金を払って、そのまま立ち去っていった。

「行くあても無い旅人か・・・・。

俺もここに留まらず、旅をし続けたほうが良かったかなあ。いやいや、一人前のタイ料理人に成るまではそうは行かない」


健一がノンカーイに来てから数ヶ月が過ぎたある日の夕方、いつものようにムーガタ鍋を少し小太りの1人のお客さんに持って行くと、「うん、あんた日本人やろ」とその人は、どこかで聞いた事のある関西弁をしゃべった。「はい、そうです。日本人の方ですね」といつものように小声の日本語で答えながら、顔をお互い合わせた時、ほぼ同じに「あっ」とお互い大きな声を出した。

「君、大畑君やないか?なんでここにおるのや??」「ぶっ部長!部長こそなんでここに??」この関西弁のお客様は、かつて健一が働いていた青木貿易で研修を担当してくれた中堀幸治であった。


「いや久しぶりやなあ。元気そうに日に焼けて」「いえ、こちらこそご無沙汰しております。私のわがままで、途中で会社を辞めてしまい、申し訳ございませんでした」と中堀に頭を下げる健一。

「いやそんな昔の事はどうでもええんや。それよりもなんでこんな所におったんや」中堀が不思議そうな表情をしていると、健一は今迄のいきさつを中堀に説明した。

「そうかいな、大変やったなあ。でも懐かしいわ。こんな所で大畑君にあえるとはな」懐かしそうに笑う中堀。「私の方こそ驚きました。でも部長、なぜこんな国境の町に?ご旅行ですか?」健一が、厨房のほうを見ながら声を落としての質問に中堀は、

少し真顔になり「いや仕事やで。実はあんたが辞めてからの話しやけどな、青木貿易はさらなる拡大を目指してなあ、タイだけでなく、他のアジアの国にも拠点を持つ事になったんや。

マレーシアとかベトナムあたりに進出するんやで。

社長はそれらの国の方に行くことになったから、タイへは代りの者が行くことになって、それが “わい”と言うわけや」


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