修行編 第18話 地方に放浪 その2(45)
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ファランボーン(バンコク中央駅)にたどり着いた健一は、どこへ行こうか悩んだ。
突然のことなので何も考えていなかった。
「こうなったら北でも南でもいいや、しばらくバンコクともお別れ。
一番早く出発する列車に乗ろう」駅の窓口で、今から一番最初に出発する列車の終着駅まで
と言うと、担当者は首をかしげながら1枚のチケットを発行してくれた。
そのチケットを元に、行き先もわからない列車に乗り込んだが、「やっぱり源さんには連絡しよう」と慌てて、駅の公衆電話を探すと、居酒屋源次に電話を入れた。
「ごめんなさい。源さん!しばらく旅に出る事にしました。毎週の料理作れなくてごめんなさい」「どうしたの、健一君、急に何があったの?」慌てて聞き返す源次郎の言葉を無視して、「あっそれからオーケンさんにクロントゥーイの内臓屋台のスワンディさんにも謝ってくださいと。ごめんなさい!列車がもう出発しそうなので、では」と言い切って電話を切ると出発直前の列車に飛び乗るのだった。
日差しが落ち着いてきた夕方近くに、列車はゆっくりとファランボーンの駅を発車した。
健一は、意外にも最初にタイに行った際に、アユタヤに行って以来、バンコク以外にはどこにも行っていなかったので、列車の旅に心ときめく物があった。
それよりも、1年間もごみの収集や皿洗いとしてこき使われた環境から離れた解放感のほうで、とにかく気持ちよい旅となった。
列車の中で、一夜を明かした翌日の午前中には、終着駅に到着した。
「ここはどこだ?駅名には“ノンカーイ”と書いてあるようだが、ガイドブックを用意していないからどのあたりなのか良くわからないなあ」まだ眠気の残る健一はどこについたのか皆目見当がつかなかったが、とりあえず歩き回ってみようということになった。
この町は今まで健一が思っていたタイとは大きく違っていた。
「大都会しか知らず、タイのことを知っているようで実はあまり知らなかったのではなかったのだろうか?」
そう考えると健一は、日本で今まで自慢げにタイの紹介をしていたことを少し恥ずかしく感じ、まだまだ勉強不足である自分に気づくのであった。
しばらく歩くと、大きな川が流れていた。あたりを見渡すと近くの両岸に、新しい橋がかけられているのが見えた。
健一は、向こう側に行って見ようと橋に近づいてみたが、
手前に大きなゲートがあってその先に進めるような雰囲気ではなかった。
その場にいた係員らしき人に聞くと、対岸は“ラオス”との事。
どうやら国境の橋であった。
健一は、諦め川沿いを歩いて見ることにした。
やがて小さな町の集落が見えてきた。
「どうやらノンカーイと言う町の中心部に向かっているらしい。
対岸が他国であることはわかったものの、はて位置関係がまだ良くわからない。
まあ南のほうではないようだけど」
健一は一人でつぶやきながら、のんびりと歩いた。
やがて、ちょっとした曲がり角になんとなく気になる本屋さんらしい建物を見つけた。
中に入ると、英語の本だけでなく、日本語で書かれている本も何冊か見つけた。
健一は、思わず日本語のガイドブックを手にしようとした時、「日本人の方ですか?」と
後ろから日本語の声が聞こえた。
健一が振り向くと、そこには30歳代と思われる男が笑顔でこっちを向いていたのだった。
「ええ、そうです。こんにちは」健一が挨拶をすると、「いやあ、久しぶりに日本語がしゃべれますのでうれしいですね。あっ私はこの貸し本屋をやっているもので、田中一郎と申します」
田中は、背がほっそりしていて、あまり焼けておらず灼熱のタイには似つかわしくない雰囲気をかもし出していた。
「僕は大畑健一と申します。
ここは本屋さんではなかったんですね」
「そうなんですよ。この場所では日本語の本がそう簡単に手に入らないので、貸し出ししか出来ないんです。
もし必要なら、近くにコピー屋さんがありますので、そこでコピーを取ってください」健一は手で否定のポーズを取りながら、「いえ、ただバンコクから何も考えずにここに来たもので、今どのあたりかなあと思っただけなので」
田中は怪訝そうな表情で、「ここはタイ国境の町ノンカーイです。みんなこのメコン川の対岸にあるラオスの首都ビエンチャンに行く途中でこの町に寄る人が多いのです。
以前は、船で国境を越えたのですが、この4月8日に “友好橋 ”が出来てからはバスなどの車で国境を越えることができるようになり、非常に便利になりました。
ところで、何も考えずにとは?ラオスへ行く観光ではないんですか?」