修行編 第15話 逆境への挑戦むなしく その5(42)
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「あっ始めまして。大畑健一と申します。
今、タイ料理のシェフを目指して修業中です。
タイ料理は食べられました?」
健一の質問に、瞼の開け閉めを繰り返す国沢。「ああっ、はい。一応。でも辛くていや、ごめんなさい」
「国沢さん、大丈夫ですよ。そんなに気を遣わなくても、僕はそんな事で気にしませんよ。ただ、今日の昼ちょっといやな事があって、というよりあの店のタイ料理がひどくて、あれで印象悪くならなければ・・・・それだけです」
「大畑君、国沢さんはまだ来たばかりで、緊張気味なんです。全然大丈夫ですよ。次回のあなたの料理を食べれば、わかってくれますよ」天田がタバコを吹かしながらフォローをする。
「私も、1年前は同じ様なものでした。国沢さんの気持ちもわかります。
でも、確か“郷に入れば郷に従え”というようなことわざがあったように、私たちサラリーマンとしては、配属されたその場の空気に馴れていくしかない。それだけですよ」
「そうですね。天田さん。ああ、大畑さん。いや、ちゃんとあなたの料理を食べてタイ料理好きになるように努力します。ハイ」
国沢は、年下の2人に対して終始、恐縮気味であった。
2月に入り、しばらくするとサイアムプラスに新人が2人入ってきた。
健一より10歳以上も年下の未成年の2人は、誰に何を言われたのか、健一に対して見下しの態度を取り始めるのだった。
「おい、お前の仕事のゴミがここに溜まっているよ」「俺たちは、料理人として修行するんだけどな、ゴミがあると邪魔なんだよ」
来たばかりで、包丁もろくに触れない彼らにここまで言われると、さすがの健一も不快で仕方が無かったが、ここは耐えることにしているのだった。
「もう少しの辛抱だ。サパトラ先生の話では、4月下旬には試験を受ける見込みだといってくれたし、スワンディさんの屋台では僕の仕込んだ料理も皆美味しく食べてくれるし、源さんのところでも、皆おいしそうに食べてくれる。
別の店ではきっと認めてくれる。認定証を貰うまでもう少しの辛抱だ!」
そう心に決めていても、ストレスがどんどん溜まっていく。
気が付けば再び居酒屋源次で飲んだくれる日々が復活してしまった。
もちろん、料理教室のある日やクロントゥーイ市場の屋台を手伝い、
源次で料理を仕込むこの3日間は別であったが....。
健一は、日々のストレスを発散しながらも、4月に入ると、サパトラから、月末の試験の話しを聞かされ、嬉しさ一杯の健一であった。しかし、サイアムプラスに入れば、新人2人が今までにも増して威張りちらし、またストレスの蓄積に繋がるのだった。
この日の夜も、居酒屋源次で健一は荒れていた。
「本当につらい。あいつら皿洗いしか出来ないくせに!俺になんか恨みがあるのか?俺の休みの日にこき使われているのを、俺にぶつけてんだろう。ふん!あんな観光客をバカにした料理を出している店ごときが、今に見ろ絶対に見返しやる!」
この日はビールだけでなく日本酒も飲み始めた健一は、ろれつも回らない状態であった。
「健一君、無理しなくても・・・もう辞めたら?お金は大丈夫なんでしょ?」
心配そうな源次郎。
「ほんまやで、あんたほんま『エライ!』
僕なんか、そんなところすぐ辞めてしまうのに」オーケン土山も健一の荒れ具合に、心を痛める。
「でも、もうすぐ試験なんだね。もう少しだよ、頑張れ!大畑君」必死で励ます天田。
ちなみに国沢も側にいたが、何も言わず、
ただ健一の様子を伺うばかり。
「ありがとう皆さん!本当に僕の事を大切に思ってくださって。
それだけで嬉しいんです。1年間ごみ収集の雑用ばかりで本当につらかったけど、もうすぐこの状況から抜ければ、僕は必ず一人前のタイ料理人になります。
う〜絶対です。あああ〜本当ですよぉ〜」
そういいながら健一はその場で眠ってしまった。