修行編 第13話 逆境への挑戦むなしく その3(40)
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「大畑です。よろしくお願いします。今のままでは単なるゴミ掃除屋で終わりそうなので、資格を取って別の店で働きたいと思います」
健一が、丁寧なタイ語で頭を下げるので、驚きの表情を見せるサパトラ
「あなた、本当に日本人?タイ語上手いわね。
ここでは、外国人向けに英語のテキストを使っていて、英語で指導するのが普通だけど、どうする?」
「僕は英語もタイ語も大丈夫ですが、出来ればタイ語でやりたいです。ただ、細かいところでわかりにくい時には英語で質問をするかもしれませんのでその時だけ・・・」
「わかりました。ではあなたの言うとおりにしましょう。当、サパーンクッキングスクールは、タイ料理界の“神様”であるシーダマン大師一門の料理教室です。従いまして、ここの課程を全て修了し、試験に合格すると、シーダマン一門の一人として認定されます。
ただ、まだまだこの業界は考えが狭く、同じ一門の料理教室でも中々外国人を受け入れるところが少ないのですが、私はイギリスに数年留学した経験がありますので、
あえて外国人の方にも広く、門を開いて指導しております。もちろん一門の了承は得ています」
「サパトラ先生はイギリスに住んでらっしゃったんですか?僕も少しだけイギリスに旅をした事があります。ロンドンでタイ料理のお店を見つけた時には驚きました」
「あら、そうなの。実は一人のイギリス人が、シーダマン大師の直弟子なのです。だから、彼が帰国してからタイ料理のお店がどんどん広まっているのでしょう。
大師の直弟子は、確か10人程度しかいませんから凄い事です。そういう私も大師の弟子の弟子ですから」サパトラは髪をゆっくりと撫でながら、健一の質問にやや透き通った高い声で答えていく。
「そうなんですか、大師と言う方はスゴイ方なんですね。で、週1回ならどのくらいで資格が取れるのですか?」
突然現実的な質問をぶつける健一に、やや眉間にしわを寄せるサパトラ。
「急に話題が変わったわね・・・。週1回ならそうね、大体1年くらいかしらね」
「あと1年ゴミ掃除か・・・。わかりました出来るだけ努力しますので、可能であれば出来るだけ早く資格が取れるように頑張ります」と頭を下げる健一。
今度は、笑いを隠そうとするサパトラ
「ハハッハ!焦ってはいけないわ。今はゴミ掃除で大変だけど、まあ頑張って。
料理のほうは私がきっちり指導しますからね」
料理教室の入学は来週からとなったが、この3日後、結果的に健一にとってはラッキーな事が起こった。
サイアムプラスから週6日来ている健一が週4日で良いと言われるのであった。
つまり週3日休み。
その分収入が減るものの、週2日みっちりクッキングスクールで学ぶ事が出来るのだった。
実は、健一の懐には余裕があった。
4年前に自分の店を閉店した時にかかる諸費用は、その店を福井真理が引き取った形にしたのでほとんどかかっておらず、
その上、千恵子の死で出た生命保険のお金の半分くらいは、今も手元に残っていた。
さらに、青木貿易やトンブリーレストランで働いたお金も貯金をしていたので、しばらくバンコクで働かなくても十分食べていけた。
だが、あえて働き続けるのは、青木からの「一人前のシェフになるまであきらめないでください」この一言があったためだった。
たとえ単なるゴミ掃除で辛くてもあえて“サイアムプラス”に留まり、新しい所にに雇ってもらえるまで我慢をしようと心に誓っているのだった。
さらに、残り1日の休日を使って、ほんのわずかな金額とはいえ、屋台での手伝いや居酒屋源次で毎週提供している料理の手当てを歩合で頂いていたので、収入が減る事で苦しい思いをする事はなかった。
週2回料理学校に通うようになったので、認定試験受験まで半年余り、健一の苦労も報われそうな見込みであった。
こうして、徐々に様々な挑戦を続け、見えてくるものが出てきた健一。
12月になると、さらに一息気合を入れることが起こった。