修行編 第11話 逆境への挑戦むなしく その1(38)
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「源さん!」「ん?今日は早いね健一君」
「実は、これを屋台のスワンディさんに貰ったんですけど」と大畑健一は先ほどの袋に入った内臓類を城山源次郎に見せるのだった。
「ほう、こりゃ内臓だなあ。でも俺の店じゃこれは、使えねえな」
「そうですか、困ったなあ。これ僕の寮に持って帰っても、どうしようもなかったので、
源さんなら受け取ってもらえるかと思ったけど・・・」と少し、表情が暗くなる健一であった。
「だけど、俺の料理には使わないからなあ。
あっ逆にもし健一君が時間あるなら作ってよ。
これを使ったタイ料理。
ちょうど、ランチのピークが終わって、しばらくアイドルタイムで暇だからさ、
ここ使ってもいいよ」
「えええ!本当ですか」健一の目が輝く。
「いいよ、これを毎日のように来る常連の皆に味わってもらうよ。
健一君もそのほうがいいだろう。
仕事まだ雑用ばかりだと聞いたし、
気晴らしになるかなあと思ってさ」
源次郎からの提案を拒否する理由が全く無い健一は、ただ感謝の気持ちをどれだけアピールしようかと言う事のほうに気が入り、一瞬礼を言うのが遅れてしまった。
「うん、今から厨房を使うかい?それとも先に昼ごはんかい?」
「僕まだ昼食べていないのです。
コロッケ定食ってまだ残っていますか?」
この日の居酒屋源次のアイドルタイムを使って、健一は貰った内臓料理を屋台で食べた味に調理する事になった。
そのため、タイの調味料を買いに30分ほど抜けてからの調理。
内臓の下処理は済んでいるものだったので、比較的簡単な手順で、ものの30分もかからずに10人前程度の内臓のスープが完成した。
完成したスープを、健一と源次郎が早速試食する。
「ああ、良かった。屋台で食べたのとあんまり変らない」
「ほうーこれは結構マニアックな料理のようだなあ。俺なんか下手に新鮮な味だなあ」
源次郎からしても不思議な味であったが、やけに高評価。
「よし、俺が売ってやるよ。健一君の修行の成果と言うことで」「ありがとうございます」
健一は、感謝の気持ちをこんなに強く感じた事は今までの人生の中ではなかったのではと思うほどであった。
この日は、そのまま帰った健一であったが、翌日の夕方、仕事が終わると、気になって“居酒屋源次”にやってきた。
「おう、健一君!いや、あれ結構常連のお客さんでは人気だったよ」源次郎が嬉しそうな声で結果を報告してくれた。
「本当ですか、源さん!」「ああ、皆ここに来る客は、オーケンのような例外を除けば、タイ料理と言っても定番のものしか食べていないし、普段は日本食なんだよな。
だから、あんな内臓を使ったスープなんてのは、皆始めてだからよ。
面白がって次々注文が入って、すぐに売れちゃったよ」
珍しく源次郎の声もうれしさのあまり上ずっていた。
「そっそれは、本当に嬉しいです。うまく売って下さってありがとうございます」
健一も嬉しそうに頭を下げるのだった。
「いや、それでさ、みんな美味しいからまた作って欲しいっていうんだよ。
特に天田さんって、この前健一君と議論になった彼がずいぶん喜んでさ、
『彼のことを誤解していたようです。いやこんな料理が作れるとは、驚きました』
なんて言ってたよ」
「ええ!あの人まで」この前健一も酔っていたとはいえ、半ばケンカまがいで議論をした天田までもが、評価をしてくれた事に、健一はやや自信を持つ事ができるのだった。
「源さん、わかりました。それだけ好評なら、また作ってもいいですか?僕はいつもクロントゥーイ市場に行ってますので、その日の面白い食材を仕入れてきますよ」
「おお、そうかい!じゃあ、健一君の無理の無い範囲でお願いするよ。週一回でやろうか」
源次郎も、やけに積極的であった。
この日以降、健一の休みの日である、毎週木曜日の朝に仕入れた食材を、夕方の4時くらいから1時間かけて、“居酒屋源次”の厨房を借りて健一が一品タイの変わった料理を作るようになり、常連のお客さん中心に売れていくのであった。
そのような事をはじめて3週目。健一が、どんな人が食べるのか気になり、調理が終わった夕方以降も、“居酒屋源次”のカウンターに留まって様子を見るのだった。
やがて、何食か売れていくのが見え、余りの嬉しさのあまり、感情を隠すのが必死なくらいでもあった。
午後8時を回った頃に、天田が来店してきた。