修行編 第10話 バンコクでの苦悩 その4(37)
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オーケン土山にクロントゥーイ市場を紹介されてから、健一の生活スタイルが変わっていった。
毎朝ように1人で市場に向かうようになり、やがて、カメラとペンとノートを用意。
「今は、雑用ばかりだけど、いつチャンスが来てもいいように、食材の名前と用途を覚えよう」そういいながら、食材を一つ一つカメラに収め、食材の名前などをメモに書き込んでいくのだった。
それを終えると、内臓屋台を中心に、市場にある食堂で朝食を食べてから出勤するのであった。
その為、必然的に“朝型”となった健一は、“居酒屋 源次”に来る頻度も週1度程度に減り、以前のように少量で酔っ払う事も無くなっていたのだった。
こういう生活になって2ヶ月余りが経過し、雨期も最終段階に入った9月のある朝。
すっかり市場の売り場の人や食堂の人たちと顔馴染みになりつつあった健一は、この頃にはタイ語をほぼ完璧に理解できるようになっていたため、食材などの質問を積極的に、するようになっていた。
「あんた、外国人なのに本当に熱心ね」内臓料理の屋台のおばさんが声をかけてきた。
「ええ、今働いている、サイアムプラスと言う店では、ゴミの整理などの雑用ばかりやらされて、鍋を振ることなどは出来ないのですが、いつかチャンスがあればと思って」
おばちゃんは笑いながら、「その店は高級な店のようね。そう言うところは、タイの有名な料理の先生の弟子で無いと、難しいよ」
「じゃあ、そう言う先生の弟子になるにはどうすれば・・・。」
「そりゃ、その先生が主宰している料理教室に通わなきゃ。あんた熱心だから、いいところが無いか、誰かに聞いてみるわ」「あっありがとうございます」
思わず頭を下げる健一であった。
「ついでにもう一つお願いが・・・。ここで手伝わせてください」健一が、突然意外なことを言い出すので、屋台のおばさんは、戸惑う表情になった。
「いや、まあ、あんた熱心だからね、でも夜中に来れるの?仕込みは夜中が中心よ」
「勉強したいんです。店の休日前の夜なら、夜中からでも来れますので、もちろんお金は要らないです。ただ料理教室が見つかるまででもいいのでお願いしたいのです」と言いながらテーブルに頭をこすり付ける健一。
屋台のおばさんは思わず笑い出し、「日本人は面白いわね。いいわ、手伝いに来て」
あっさり熱意が伝わった。「ありがとうございます。僕は大畑といいます」「オ、大畑。私の名前はスワンディよ」
健一は、次の職場の休日である、木曜日の前の夜。
つまり水曜日の夕方に、仕事が終わってから寮に戻ってすぐに寝た後、深夜1時に起きると、そのままクロントゥーイ市場内の内臓屋台へ向かった。
真夜中にもかかわらず、市場は活発に動いていた。
健一は、屋台に行くと、既にスワンディは、仕込みの真っ最中であった。
「ごめんなさい。遅れてしまって」謝る健一であったが、「いいよ、いいよ、気にしないから。とりあえずこの肉切って」
スワンディは、怒る事も無く、黙々と作業を続ける。健一もそれを見習って肉を切り続ける。
やがて、お客さんが現れると、一気に忙しさが増すのであった。
「知らなかった!いつも俺が来ている時間は、ピークの終わった後だったんだ。
市場は朝と言うか夜中が忙しいんだなあ」
シャツが汗だくになった状態で、必死に作業を進める健一であった。
日が昇り始め、本格的に暑くなって来ると、お客さんも途絶え始め、ほとんどの食材が売り切れているのだった。
「さあ、大畑もういいわよ。今日はあんたのおかげで助かったわ。これお礼よ持って帰ってね」と内臓を何種類か袋に詰めて健一に渡すのであった。
スワンディに感謝された事と、バンコクに来てから初めて包丁を触った感動で、嬉しさ一杯の健一であったが、お土産に貰った内臓を見て戸惑ってしまった。
「こんなの貰っても、寮には厨房ないし、まさか店にもって行くわけにも・・・。そうだ!源さんところだ!!」
突然ひらめいた健一は、“居酒屋源次”に向かうのだった。