愛をODできればいいのに
苦しむくらいならと思うことは。
苦しい。
錠剤が食道に貼りついているようで気持ち悪い。
水をどれだけ飲んでも剥がれることなく、ねっとりとしている。
たっぷりと入ったコップを勢いよく傾けて水を注ぎ込む。淵からつうっと零れて、頬から、首筋へ伝っていく。
ぷは、と口を離して大きく息をついたところで、カウンターの向こうで本を読んでいたきみが、ぎょっとした顔で私を見た。
「ああ、もう。どうしたの?」
心配そうにティッシュを数枚掴み、立ちあがる。それを見ていたのに、あまりにも放心していて、鎖骨のあたりまで伝ってきたところでようやく服で拭った。
きみは持っていたティッシュの行き場をなくし、ちょっとだけきれいにたたんで、箱の上に置いた。それから、
「もう……」
と言い、あやすようにそっと手を伸ばして、私の頭を撫でた。
優しく触れてくれるきみの手が恋しくて愛しくて、私を見て欲しくて、何とも言えないような表情も好きで、私は何度も薬を飲む。飲まないように気を付けていても、飲んでしまう。
ビタミン剤でも、下剤でも、胃薬でも、痛み止めでも、ピルでも。
そして吐く。ここまでが毎回の流れ。
何事にもコツがあって、慣れてしまえば六錠を一気に飲み込むのも、吐くのも、その後の動悸を落ち着かせるのも作業でしかない。
もうこれは、病気なのかもしれないと頭の片隅で思うけれど、ぼうっとして、頭痛がして、深くは考えられなくなるのですぐに諦める。きみも、無理にどこかへ連れて行こうともしない。
ゆるりと重く、甘く、苦いこの部屋に、もうずっと長いこと住んでいるような気がする。
実際には……住み始めてどれくらいだか、覚えていない。出会った日のことも。二人の記念日も。
「吐瀉物じゃなくて、きみの言葉で喉を詰まらせて死にたい」
どうしてそんな言葉を容易く吐いたのか、自分でもわからなかった。
きみにしがみ付くようにして、ずるずると座り込む。
突拍子もない私にはいつも驚かされてばかりだと、困ったように、それでも幸せだとわかるように笑うきみが、珍しく、固まっていた。何が言いたいのか、理解ができないようだった。私も分からないのだから、無理もない。
「死ぬのはダメだよ」
ありきたりだけど当たり前なことを言って、同じ目線の高さまで腰を下ろす。
どれだけ辛そうにしても、きみは私のこの精神不調のために何もしようとしない。
恐らく、恐らくだけれど、私が何か拒絶したんだろう。分からないけれど、きっとそうだろう。それか、何したってこんな性根は治りやしないと思っているんだろう。
だけど、やっぱり、ああやっぱり。どうしてこんな風になった私を、湖の底にいる長い髪の化け物のような私を、ずっとそばに置こうとするのかわからない。
きみのことなど分からないよ。だって、他人じゃないって言ったって、少なくとも私ではない、別の人間なのだから、分かるはずなんてないんだから。
「どうせ、死ぬなら」
「どうせ?」
「そう、どうせ、永遠なんて無い、いつかは死ぬんだよね」
小さな声で、うん、と言って頷く。
「滅茶苦茶に愛されて、たくさんの言葉で殴られて、そして」
たまに、きみの目の奥が、怖いんだ。いつ捨てられてもおかしくないんだ。だから、そうなるくらいなら、暗い眼光で呪いをかけてほしい。
そう続けたかったけれど、息が持たなくて、途切れ途切れになる。
涙目で過呼吸気味の私を眺めるきみは、どこまでも冷たい。
OD'したい'ってことは、「足りない」。