とにかく強引な毒舌イケメン吹奏楽部顧問
後輩吹奏楽部の相談に乗ってから数日が経とうとしている。
今日は吹奏楽部の朝練の日。僕も日課のように、朝早くに家を出て、学校を目指していた。全ては、博美さんの演奏を聞くために。
あの二人、大丈夫だろうか、という不安は少しだけある。何せ、鳳という男は食えない人だし。正直、彼に好意を抱く、というのもよくわからない。
そんな与太話を考えながら、学校を目指し、通学路を歩いた。
「あれ、ヒロちゃん」
そんな僕に早朝から声をかけてくる人がいた。聞き覚えのある声だった。
「おはよう、博美」
鈴木君の幼馴染の明智博美さんだった。
彼女は、僕が早朝通学をする目的であるトランペット奏者だ。地元ではかつてから、鈴木君と並び天才キッズと持て囃されてきた過去があるようで、そんな理由もあってか、鈴木君との仲は良好だったらしい。
ただ、彼女は高校生になり今の吹奏楽部に入部すると、吹部を辞めるか悩むようになった。かつてよりトランペット奏者としての実力を兼ねていた彼女だったが、件の鳳の行き過ぎた指導に悩み、苦悩してしまったのだった。
その際には、僕も彼女のために色々と尽力したのだが、まあ結局彼女にとって一番の薬になったのは、彼女自身がトランペットを愛していたから、だったのだろうと今になると思わされる。今や、そんな過去があったことを微塵も感じないくらい、むしろかつてよりもトランペットに打ち込む日々に彼女はまい進している。
ただ、不思議である。
トランペットを愛する彼女は、僕が通学する頃にはいつも学校にいたのだ。学校で、すでにトランペットを吹いていたのだ。
それなのに、今日は珍しく通学路で鉢合わせた、ということは……。
「寝坊?」
「エヘヘ。よくわかったね」
満面の笑みで、博美さんは頭を掻いていた。まあ、日頃起きる時間よりは寝坊、というだけで、吹奏楽部の朝練時間には余裕で間に合う時間だろう。
「まあ、ヒロちゃんと通学出来ると思えば悪くないかな」
博美さんはそう微笑んで、通学路を歩いていた。
僕はといえば、天然タラシみたいなことを言う彼女に苦笑しつつ、彼女の隣を歩いた。
「最近、練習はどうだい」
「楽しいよ。コンクールへ向けた課題曲も決まって、気合も漲ってきてる」
「そりゃあ良かった」
そうであれば、かつて彼女のために僕が微力ながら尽力した意味があったと言えるのだろう。
「ヒロちゃんは。白石さんと上手くいっているの」
「そりゃあもう」
僕は腕を組んで、ドヤ顔で続けた。
「いつもからかわれてるよ。彼女、とても楽しそうだ」
博美さんは目を丸めて、大笑いした。
「何それ。ヒロちゃん、それでいいの?」
「いくないかもしれないけど、抗う術はない」
だって、彼女僕が抗うとすぐパワープレイに興じるんだもの。
「まあ、そこまでは嫌ではないからセーフ」
それに、そこまでして抗おうと思う程には、悪いとは思っていない。
「面倒臭いねえ、ヒロちゃん。人が変わったみたいに面倒臭くなったねえ」
博美さんはまだ笑っていた。だけど、かつての鈴木君でも思い出しているのか、少しだけ寂しそうな顔をしているようにも見えた。
「それで、そっちはどうなの? 後輩も入ってきたけど、上手くやれてるかい」
何だか今の空気がこそばゆくて、僕は話を変えた。
「やれてるよー。皆、練習熱心だもん」
博美さんは続けた。
「特に、奏ちゃんだね」
「へえ、小日向さんか」
僕は呟いた。すると、視界から博美さんが消えていた。後ろを振り向くと、目を丸めて足を止めていた。
「どうしたの」
「ヒロちゃん、どうして奏ちゃんを知っているの?」
ああ、そういうことね。
「浮気はダメだよー」
「しとらんわ」
理由を説明する前に、博美さんにからかわれてしまった。僕は文句を口にした。
「わかってるわかってる。でね、奏ちゃん。本当最近凄いんだ。特に、今週は。そろそろコンクールへ向けたオーディションをするからかなあ。
凄い質問責めされるよ。昨日は夜、家に帰った後も、ここはどうすれば、あそこはどうすればってね。で、それが派生して世間話に繋がって、昨日は夜更かししちゃったの」
なるほど。
それが、博美さんが本日寝坊した理由か。
それにしても、小日向さんの担当楽器を聞いてなかったが、博美さんと同じトランペットだったのか。それでいて、真面目にも部内一の実力者である博美さんに色々と演奏の手ほどきをしてもらっている、と。
小日向さん、真面目だなあ。そういえば、積極性が問われる白石さん案にも同意気味だったし、そういう考え方が性に合っているのだろうなあ。
まあとにかく、そろそろオーディションが近いのであれば、二人には日頃の成果を出してもらいたいものである。
それからも、学校に着くまで、僕達は他愛のない世間話をして、校舎に入ると別れた。
教室にたどり着くと、僕はすぐに違和感に気がついた。
いつもなら僕より先に教室にいるはずの白石さんの姿が見当たらないのだった。
ポケットに入れていたスマホが鳴った。
取り出せば、白石さんからのチャットが入っていた。
『ごめんなさい。今日、熱があるので学校休みます』
簡素なメッセージで、白石さんは今日の休みを連絡してくれた。
「あれま」
今日は一日、白石さん抜きでの学校生活、か。最近ではいつも一緒にいたから、寂しい気持ちが胸を襲っていた。
だけど、今はそんな女々しい感情よりも、白石さんを励まさねば。
『そう。お大事に』
簡素なメッセージを送った。既読にはなったが、返信はなかった。安心して眠ったのだろうか。いや、安心したって、何にだ?
大きなため息を吐いて、僕は自席に腰をおろした。放課後は、白石さん宅にお見舞いにでも行こうか。
丁度そんなことを考え始めた頃、トランペットの音色が響いた。重奏だった。ひとつは博美さんの聞きなれた音。
もうひとつは……一体誰だろう。最近、聞くことが多くなった音色だった。
もしかしたら、博美さん曰く真面目である小日向さんの音色かな。
そんなことを考えながら、音色をバックに朝の準備をした。
音色が途絶えた頃、教室は喧騒としだしていた。それからまもなく、授業が始まった。
そして放課後、僕は白石さんからのお許しを得て、彼女のお見舞いのために帰宅をしようとしていた。
「鈴木君」
玄関を出て、校門に間近にまで迫った頃、僕は呼び止められた。
鳳だった。
「なんじゃい」
眉間に皺が寄ったのがわかった。学校一嫌いな人に話しかけられてしまったのだから、しょうがない。
「急いでましたか」
「はい。とても」
何せ、白石さんの見舞いに行かねばならないのだから。だから、今すぐ僕に絡むのをやめてくれ。
そういう意図で言ったのだが。
「そうですか。では送って行きましょう」
「えっ」
鳳は、まるで獲物を逃がさないとでも言うかのように、僕の肩を掴んでいた。
「いや、吹奏楽部の練習は?」
「今日は休みです」
そうだったっけ?
「いや、遠慮するよ。電車に乗ればすぐだし」
「まあまあ、そんなこと言わずに」
何でそんな押しが強いの。絶対に禄なことじゃないだろ、これ。ダメだ。鳳の口車に乗せられたら、絶対にダメだ。
「大丈夫です。先生の手を煩わせられませんよ」
強い意志を持って、僕は我ながら鬱陶しい微笑で鳳に言った。
「へえ、そんなこと言いますか」
「はい」
「貸し、確かひとつありましたよね」
「うぐっ」
それを言われると弱いんだよなー。
僕は嫌な気持ちを覚えながら目を細めて、
「何の用だよ」
とだけ聞いた。
「朝倉さんの件です。何か知っているのでしょう?」
「まあねえ」
「やはりね。その件で相談に乗ってください。私、今とても困っています」
相談、か。
つまり、朝倉さんの干渉を止めさせろ、ということだろう。
「人の恋路を邪魔するわけにはいかないだろう」
「貸しひとつ、ありますよね」
怒気交じりに鳳に言われ、僕は苦笑していた。そこまでかい。
致し方なし、と、僕は大きなため息を吐いて、鳳の後に続いた。
こちらもよろしく。(第二弾)
完結済みです。
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