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恋愛相談に乗るべきでない男

 笑いを堪える白石さんに文句を言うのも億劫で、僕は呆れた顔をしながら後輩女子達を見ていた。


「君達、そんな根も葉もない噂を信じるのは感心しないな」


 少しだけ偉ぶるように言うと、女子二人は顔を見合わせあっていた。


「本当に根も葉もないんですか?」


 小日向さんは言った。


「勿論だろう。大体、男同士でそんな色恋沙汰、気持ち悪いだけだろう」


「そうかなあ……?」


 朝倉さんは呟いていた。どうやら、そういうことへの理解があるようだ。許しあえ認め合える関係というのは素晴らしいね。他人事であれば。

 

「そうだろう。というか、何でそんな話が広まっているんだ」


「そりゃあ、いつかの部活動紹介の件が理由でしょう」


 いつかの部活動紹介、か。

 確かにあの時は、野球部部員である大石弟を貶めるために、結果的に鳳と力を合わせる姿を見せた。気軽な口調で話したら、黄色い歓声もポツポツ上がって冷や汗を掻いた記憶もある。


 だけど、それだけでこんな噂が立ち上がるとは、ちょっと妄想力たくましすぎない?

 これが若さなのだろうか。若さをアピールするなら、せめて他人には迷惑をかけないようにしようね。


「二人とも、さすがにその話はありえないんじゃないかしら」


 一通り笑いきった白石さんは、ようやく僕のフォローをしてくれるみたいだった。


「申し訳ないけど、鈴木君にはキチンとした恋人がいるわ。まあ、それはあたしなのだけれど」


 はっきりとそう言い切られるのも言い切られるで恥ずかしいな。


「だから、鳳先生とは一夜の過ちよ」


「おい。フォローになってないよ、それ」


 関係を持った前提はやめてくれ。

 白石さん、久しぶりに悪乗りしているな。こりゃあたまらんな。色んな意味で。


 後輩女子達は、白石さんの注いだ油のせいで、議論が加熱し始めていた。正直、とても居た堪れない気持ちだった。


 それでも、こんな誤解を解かずにこれからまともな学校生活を送れる自信のなかった僕は、一世一代の大勝負と思わせるほどの活気を見せて、件の誤解の解消を図ったのだった。

 結局、このしょうもない誤解が解けたのは、彼女達が現れてから三十分程経った頃だった。小日向さんは必死な僕に気圧されて早々に誤解を解いてくれたのだが、とにかく朝倉さんが難敵だった。人見知りな割に、朝倉さんは結構我が強い少女であった。


 そんな一幕を送る内に、僕達は机を囲んで椅子に腰を下ろしていた。


「で、用件は何だっけ?」


 そして、誤解を解くのに躍起になっていた僕は、すっかりと二人の用事を忘れてしまっていた。


「えぇ、頼みますよ、先輩」


 小日向さんがぼやいた。それはこっちの台詞だっちゅうねん。


「鳳先生との仲を取り持って欲しい。ですよ、先輩」


「ああ、そうだったそうだった」


 すっかりと忘れていた。

 だけど、だ。


「ごめん。それは無理だな。僕、あの人のこと嫌いだし」


 少女達がえー、と不満を露にしていた。

 いやいや、えー、じゃないが。そもそも僕、鳳と仲良くないし。そんなことであいつに借りを作りたくないし。

 発端がいつだったかはすっかりと忘れてしまったが、とにかく僕と鳳は仲が悪い。だから、互いに相手のために無償の行動を起こすことなど絶対にありはしない。いつだって、貸し借りがどうのと面倒なやり取りを交わさなければ、僕達は互いのために行動をすることが出来ない。


 ……思い返してみると、本当に面倒だな、僕達。


 だけどまあ、僕はともかく、あいつはそんな僕との関係を楽しんでいる節がある。いつか、サラリーマンと会話している気がするなんて言っていたこともあったかな。本当、薄気味悪いことこの上ない。


 まあでも、僕達って二人とも、白石さんに一度以上は一泡吹かされたことあるんだよな。こんな面倒な関係を築き一人は楽しんでいる割に、僕達って実はそんなに大したことがないんだよなあ。

 もしくは、僕の彼女である白石さんが凄いのか、か。


「聞いてます? 先輩」


 そんなどうでもいい物思いに耽っていると、小日向さんが尋ねてきた。


「勿論。今年のコンクールの課題曲どうしようかって話だろう?」


「何言っているんだ、この人?」


 おいおい、声に出てるよ、声に。


「ごめん。聞いてなかった」


 とはいえ、これは話を聞いていなかった僕が悪い。


「だったら、初めからそう言ってください」


「はい」


 ちょっと正論すぎてぐうの音も出ないわー。


「で、どんな話をしていたの?」


「はい。折角こうして吹奏楽部が休みの日に、噂の先輩を頼りに来たのに、あてが外れたな、と話していました」


 純度百パーセントの悪口なんだけど。こわ。


「嘘ですよ。本当に何も聞いてなかったんですね」


「はい。すみません」


「大丈夫です。あたし達もアポなしで頼りにさせてもらってしまった身ではあるので。文句言える筋合いはまったくないですもの。ただ、少しだけ親身に聞いてくれると助かります。お手はなるべく煩わせませんので」


「そ、そうですか」


 小日向さん、気が強いと思っていたけど、意外と分別弁えられている子みたいだな。好感度グッと上がったわ。でも、一番は白石さんだけどね! で、最下位は鳳だけどね! 一位と最下位は不動。


「で、話していたのは、先輩が頼れない今、どういう風に鳳先生に近づけばいいかなあと言うものでした」


 なるほどね。

 まあ確かに。あてにしていた僕が頼れない今、彼女達は鳳とどうやって距離を縮めればいいのだろうな。


「あなた達、吹奏楽部じゃなかった?」


 頭を捻り始めた僕を他所に、白石さんは言った。そういえばそうだった。


「そうだよ、鳳……先生は吹奏楽部の顧問なんだから、距離を縮めるのなんてわけないだろう」


「そうでもないんです」


 小日向さんは肩を竦めて続けた。


「あのイケメン、中々にガードが固いんです。これまで美幸も頑張って、先生にアプローチを数度かけたりもしていたんですけど、まったくダメでした。本当、部活動中はうるさいくらいに毒舌なのに」


 相当恨みが溜まっていたのか、小日向さんの文句は怨恨交じりだった。僕は思わず苦笑していた。

 というか、鳳の立場としては、学生との色恋沙汰を認めるわけにはいかないよな。


 成人した大人と未成年の高校生の恋愛なんて、そうそう世間は認めないもの。


 ……特大のブーメランだったぜ。


「というわけで、現状あたし達では手詰まりなんですよね」


「そう」


 彼女達の手詰まり感が伝わって、しばらく沈黙が続いた。

 そんな中、僕はといえば、天を仰ぎながら、物思いに耽っていた。


 さて、どうしたものか。


 こうして折角、珍しくも僕を頼ってくれる人がいたのだから、これを無下にしてはいけない気がしていた。だけど、鳳に借りを作るのだけはナンセンス。まあ、現状ひとつ借りを作っている身で、ひとつもふたつも変わらないのではと思う気持ちもあるが、また変な噂が立つのも勘弁だしなあ。


 ……そういえば、僕いつかも誰かの恋愛相談に乗った気がする。数日つきっきりで恋愛相談に乗ったのだが、はて、その人の恋は結局実ったんだっけか。


 あの時は、なんて言ったんだっけか。なんて言って、相手に近づけばいいって言ったんだっけか。


 そうだ。確か共通の趣味だったような気がする。相手は丁度その時、シェイクスピアを読んでいたから、それを勉強しろと言ったような……。そうすることで、共通の会話が出来、距離を縮めるチャンスになるから、と。

 じゃあ、今回の二人の場合はどうだろう。


 二人の現状の関係は、顧問と部員。

 であれば……。


「やっぱり、同じ部活というのは強みだと思うんだよね」


 よし。何でか一部記憶が曖昧だが、僕の中の方針は固まった。


「だから、練習の時にアピールするというのはどうだろう」


「先輩、それはあんまり効果ないような」


「いいや、鳳の望むレベルでの演奏が出来れば、多少は距離も縮まるのではないでしょうか」


「というと?」


「鳳が君達に文句を言うのは、指導のためだ。つまるところ、君達の演奏レベルをもっと高めたいから。だけど、君達の演奏レベルが水準を満たせば、むしろ鳳としては一目置くだろう。そうすれば、会話する機会も増えて、距離を縮められるチャンスなんじゃないかな」


「そうかなあ」


 小日向さんは懐疑的だったが、


「そうかも」


 朝倉さんは納得げだった。期待に目を輝かせていた。


「ようし。早速明日の部活で実践してみてくれよ」


 よし。話はまとまったな。

 それから二人は、翌日の打ち合わせを数分して、僕と白石さんを残して教室を後にしていった。


「大丈夫かしら」


 白石さんは言った。


「何が?」


「いや、上手くいくのかなあと思って。鈴木君の作戦は、つまり朝倉さんの演奏レベルを飛躍的に向上させるってことだけど、それってそんなに簡単なことじゃないでしょう」


「ふうむ」


 確かに。


「それにもし仮に朝倉さんが今の鳳先生の望むレベルまで飛躍的に演奏レベルを向上出来たとして、あの人だったらより高いレベルまで演奏レベルを向上するように厳しく当たるんじゃないかしら」


 ……うむ。

 確かに。鈴木君の幼馴染で吹奏楽部エースの博美さんも、そういや周りの連中よりも高いレベルの演奏を要求されていたな。


 あれぇ?

 前は上手くいったはずだと思ったんだけど、もしかして記憶が混濁しているのかな。


 一体、僕は誰と誰の恋愛相談に乗ったんだったか。


 ……あ(察し)。


「これは多分、あれだね」


「何?」


「やらかした」


 そうだ。そうだった。

 僕がいつか誰かにした誰かに対する恋愛相談。


 それは、今では一番の男友達の平田君と、今僕の隣にいる白石さんの恋路のことだったんだ。

 平田君との当時の確執はなく、今では良好な関係を築けていたとはいえ、申し訳なさから僕は当時の記憶を忘れようとしていたみたいだ。


 おかげで、色々と記憶に齟齬が生じてしまったらしい。


 苦笑する僕だったが、様々な人に対する申し訳なさで、背中に冷や汗を掻いてしまっていた。


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