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リア充になった元サラリーマン

 リア充。

 リアルが充実している人のことを呼ぶ蔑称。類義語は陽キャとかそういうのがあたる。


 日陰者の学生生活を送って、仕事に就いて、色々あって再び学生生活を始めた僕だが、最近ふと思うことがあった。

 この体の当初の持ち主、『鈴木高広』君と一緒に線路に落下し、体が入れ替わり、元の体が死に。

 精神的に落ち込んだり、時には周りの人に助けられたり。世間で言うところの波乱万丈な一年と少しを送ってきた。

 そして僕は、時には葛藤。時には涙。時には恐怖。あれ、碌な感情がないな。……まあいいや。

 とにかくそういう紆余曲折を経て、最愛とも呼べる彼女が出来て、少しだけ鈴木君の人となりも知れて、成長を望むようになって、今日も元気に通学路を闊歩している。

 そんな他人から見ても平々凡々な日常を手に入れた今、僕の内心もひと段落ついた感じがあって。とにかく安寧の時間を送る中、ふと思ったのだ。



「鈴木君、今日はどこに行こうかしら」


 マイハニー白石さんは今日も可愛い。そんなことはともかく、彼女にそう言われた僕は空を仰いで唸った。


「そうだねえ。中間テストも終わったことだし、たまにはゆっくりと喫茶店でも行こうか」


「わかった」


 そうして恋人繋ぎで手を繋ぎ、僕達は下校の道中にある喫茶店に足を運んだ。個人経営店のこの喫茶店は、その辺のチェーン店とは違った落ち着いた空間だった。おかげで同級生があまり寄り付かず、こうして白石さんとたまに訪れては、イチャイチャとしているのだった。まあ言ってしまえば、隠れ家的な存在であった。


「こんな人気のないところに誘って、鈴木君はあたしをどうしたいのかしら」


「ただの喫茶店でそれを言う?」


 前言撤回。イチャイチャはしていなかった。これはあれだ。僕は白石さんにからかわれている。というか、店に入るや否や人気のないところとかは言わないほうがいいぞ。公衆道徳というのを学びなさい。


 まあ、彼女がこうして浮かれながら僕をからかうのは決まって二人きりの時だけ……? なので、ある種の勲章と思っておこう。

 僕の恋人である白石さんは、随分と気難しい性格の人だった。昔はツンツン女とよく心の中で罵ったものだ。いまや微塵もその気はないが。

 注文したカプチーノをかき混ぜる白石さんはとても愛らしかった。思わず僕は少しだけ苦笑をしていた。


「どうしたの?」


 そんな僕は端から見たらおかしかったようで、白石さんは少しだけ不思議そうに小首を傾げていた。


「ああいや、なんでもない」


 可愛い君に見惚れていたとはとても言えなかった。言ったら、またなんてからかわれるかわかったもんじゃない。

 だから、弁明にもならない弁明をしたのだが、どうやら彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。


「隠し事はしないんじゃなかったの?」


 目を細める彼女の言葉を聞いていたら、いつか日比谷公園周辺で交わした約束。そして、高所恐怖症の僕が怯える顔を見たいと望んだ彼女のため(せい)でエライ目にあったことを思い出した。彼女、どうやら僕の怯えた顔が好きらしい。クレイジーだぜ。


「隠し事ではないからセーフ」


「ふん」


 どうやら微塵も信じられていないらしい。白石さんは続けた。


「まあどうせ、中間テストが良かったことで浮かれてたとかそんなことでしょうけど」


 何やら自己完結してくれたようだ。助かるう。

 高校一年。つまりは去年、僕は鈴木高広少年と体を入れ替える事態となった。初めはすっかり忘れた高校の勉強というものに四苦八苦、というか醜態を数度晒しもしたが、他称『百点しか取らない』白石さんや野球キチガイファミリーの末っ子安藤さんのおかげもあり、二年となった今では学年で五番以内の順位まで取れるようになっていた。

 ついでに言えば、他称『百点しか取らない』白石さんは今回高校生になって初めて百点を一教科逃したそうで、テストの話になると途端に機嫌が悪くなるようになった。

 ケアレスミスだの、恋人である鈴木君のせいだの、当時の白石さんの荒れ狂いっぷりは凄かった。まあ、そんな彼女も可愛いからなんでもいいよねっ!

 僕も大概クレイジーだな。


「今学期の成績は期待大だね」


 オレンジジュースを啜りながら、当初の話を逸らす目的で、僕は白石さんの話に乗っかった。

 といっても、これは事実である。努力が報われるというのは、とても気持ちの良いものであった。

 そして、僕の努力が報われたのは勉学だけではない。


「そういえば、最近は体育もいつも楽しそうに受けているわね」


 僕の思いを察していたように、白石さんは言ってくれた。


「いやあ、本当楽しい。ずっとこの肩のせいで休んでいたからさ」


 僕は肩をゆっくりと小さく回しながら、白石さんにそう告げた。この肩は僕がこの体を手に入れる少し前、まだ鈴木君が中学の時に痛めたものだ。彼は巷でも有名な野球少年だった。だが、この肩痛が祟りプロへの道が絶たれて、失意の中命を落とそうとしたところに、僕と体を入れ替わることになった。本当、人生何があるかわからない。

 高校になって以降、定期的に僕はリハビリに通っていた。そして先日、遂に医師から体育程度ならやってもいいよと言われたのだが……。この体、肩痛がなければハイスペックなんだよね。スポーツの分野で将来有望だった体なのだから当然といえば当然だったが、おかげで日々の体育でそれなりに目立てる。だから、承認欲求も満たせて二倍楽しい。


 そんなわけで、先の話に戻ろうか。

 最近、こうして勉学にも、運動にも、そして色恋沙汰にも大満足の日々が続いている。だから、ふと思っていた。

 前の体ではそんなに目立てなかった僕だが、今の僕は随分と違った。日陰者から一変、充実した日常を過ごしている。


 つまり、今の僕は端から見てもどう見ても……リアル充実している高校生。

 リア充系高校生なわけなのだ。


 すっごい頭悪そうな字面。

 そもそもどの分野においても自分ひとりの功績でないのに、承認欲求満たされちゃう今の僕はやばい。ただまあ、全て少なくとも僕も努力をした結果であるわけで……。少しばかり浮かれるのはしょうがないじゃないか。しょうがないよね。しょうがないよ。


 自己完結をして、しばし白石さんとのリア充トークを楽しんだ僕は、薄暗くなってきた外を見て白石さんと一緒に駅に向かい、電車に乗り込んだ。

 白石さんの自宅の最寄り駅で彼女を見送って、僕は今度は一人でしばらく電車に揺られた。


 僕は乗り換えのため、二駅先で電車を降りた。ホームは帰宅ラッシュでたくさんの人で溢れていた。丁度前の電車が発車してからしばらく経ったタイミングなのも運が悪かったようだ。こんなことなら、もう少しだけ白石さんと喫茶店で話していればよかった。


 人だかりがあまり好きじゃない僕は、ホームをゆっくりと歩いて、列が少ない場所がないかと探した。


「……あ」


 すると、丁度あまり人が並んでいない列を見つけた。弱冷房の車両の列だった。GWも終わりそろそろ本格的に暑くなる季節が影響してか、ここだけは待ち人が一人しかいなかった。

 どうせ数駅しか揺られないし、多少暑いのは我慢しよう。

 そう思って列に並んで、僕は最近の浮かれ気味な自分のことを少しだけ考えることにした。


 といっても、何をどうするわけでもない。少しだけ反省して、戒めて、態度には出さないように控えようと思っただけだ。

 でも、事情を知らない人からすれば不思議と思うことだろう。自分の成した結果に対して謙虚にいようなど、なんと殊勝な心がけだと褒めてくれる人もいるだろう。


 でも、僕にとってこの体は、元は他人の体。

 結果を出すまでの過程は、どうしても僕より当初の体の持ち主、鈴木高広少年の功績が大きいのだ。最たる例が運動の分野での功績だろう。


 であるならば、全てが自分の成果だと浮かれることは少しだけ違う気がした。

 ……失意の中果てた彼に対して、配慮が足りないと思ったんだ。


 今でも鮮明に思い出せる。

 元の体にまだ僕がいた頃、駅のホームで僕の前に並んでいた彼の背中を。ホームに転落した後に見た彼の顔を。


 スピリチュアルなことに興味はない僕だが、あの時の彼からはなんというか……負のオーラのようなものを感じた。


 ……そう。まるで今僕の前方にいる女性のように。


『まもなく、○番線に、電車が参ります』

 

 電車が来ることを告げるアナウンスを聞いて、前方を確かめると、僕の視界に少女の背中が入った。僕と同じ高校の制服を羽織っていた。

 随分とスタイルの良い娘だった。短めの髪も健康的で好印象だった。


 それでも僕の興味は、すぐに別のところに向けられた。といっても、そこは彼女の身体的特徴ではなかった。彼女の纏うオーラのような、そんなものだ。


 向こうから轟音が響いた。そろそろ電車がホームに滑り込んでくる。


 ただ僕は、今や帰りの電車の到着を喜ぶこともなかった。喉が少しづつ乾いていく。額に冷たい一筋の汗が滴った。


 どうしたものか。

 一瞬逡巡した。

 しかしその逡巡する内に、彼女は僕の気配も悟らず事に及ぶ。


 彼女の体が、少しづつ前に倒れていく。線路に向かって、堕ちていく――。




 鋼鉄の電車が僕の目の前を横切った。

 



「……あんた」


 咄嗟に僕は、彼女を掴みホーム側に抱き寄せていた。荒れる息を整えていたら、名も知らない女子の冷たい声が僕の内臓でも抉り刺すかのように突きつけられた。


「何で助けたのよっ」


 僕の拘束から抜け出すと、女子は取り繕う気もないようでそう怒鳴ってきた。


「な、なんでって……」


 人が人を助けることに理由がいるのか?

 そう思った僕だったが、事態に混乱していて上手く言葉を紡げなかった。そんな僕が憎らしかったのか、女子はずっと僕を睨んできていた。


 事態を見ていた乗車待ちの客がこちらに寄ってきた。今にも僕をかみ殺そうかというくらい殺気立っている女子に、一人のスーツ姿の女性が宥めるように介入してきたが、女子はまるで聞く耳を持つ様子はなかった。スーツ姿の女性の差し伸べた手を払って、俯いていた。

 

 窮屈な空間だった。睨みを利かす女子に、彼女の軽はずみな行動を諭そうとする客に。助けたのに罵倒され、居た堪れない気持ちの僕。

 生産性のある会話はない。何なら会話自体のない空間だった。電車の到着を告げるアナウンスだけがここが別空間でないことの証明だった。


「どうしました」


 しばらくして、駅員がこちらに気付いて走り寄ってきた。


「この子が身投げをしようとして……」


 スーツ姿の女性が駅員にそう告げた。そこから、女性と駅員が事態の説明をしていった。

 僕はそれをどこか遠くから傍観しているような錯覚を覚えながら、思っていた。


 やっぱり、彼女は自殺を図ったのか。


 電車が駅に滑り込む直前、僕が彼女に感じたオーラは、まるでいつかの……線路に落下しようとした時の鈴木君を見ているような気さえ起こさせられた。そうか。彼女は鈴木君同様、人身事故を起こそうとしたのか。


 居た堪れない気持ちはどこへやら。

 混乱した頭はどこへやら。

 少しづつ事態を飲み込むにつれ、僕は少しづつ沸々とした怒りを覚えたのだった。


「じゃあ君、少し話を聞かせてもらえるかな」


 丁度その頃、スーツ姿の女性と駅員は一通りの会話を終えたようで、自殺を図った女子を連れて駅舎に向かおうとしていた。

 女子は、すっかり意気消沈したように黙って頷いていた。

 

「待ってください」


 そんな場の空気も察さず、僕は駅員に向かって話しかけた。


「ああ、君が彼女を助けてくれた子か。ありがとうね。悪いけど、これから彼女に事情を聞くから」


「わかってます。僕も同席させてください」


 僕の身を察した駅員だったが、僕の言葉に眉をしかめていた。


「君、ナイーブな話だし、あまり首を突っ込まないほうが彼女のためでしょ?」


 そう僕を諭したのは、スーツ姿の女性だった。

 ただ僕は、どうしても引く気にはならなかった。


「そうなの?」


 僕は自殺を図った女子に尋ねた。少しだけ挑発的な物言いだった。

 彼女は、僕の言い方にムッとした顔をして、しばらくして、


「勝手にすれば」

 

 彼女はそっぽを向いた。

 本人同意の下であれば問題ないだろ、と言いたげに駅員と女性の顔を交互に見ると、二人は幾分か辟易とした顔で僕の参加を認めたのだった。

クソみたいなタイトル。

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[一言] 始まるのを楽しみに待っていました。どんなストーリーになるか期待しています。 頑張ってください
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