78 豊臣征伐 ⅱ
翌日大坂城東部の今福に付城を築くことを決めた蒲生氏郷は丹羽長重を鴫野村に、付城の築城を佐竹義宣に命じた。
「豊臣も弱くなったものだ。このようにあっさり落ちるとは。」
四千の兵を率いて鴫野村を攻撃した江口正吉はその豊臣軍の脆さに驚いた。
これが天下を取った豊臣の兵かと。
「申し上げます!大野治長率いる敵の援軍一万二千がこちらに迫ってきております!」
「一万二千か……。我らには二千の鉄砲がある。それで迎え撃て!」
江口は二千の兵でまず大野勢を迎え撃った。
「かかれ!丹羽軍など蹴散らしてしまえ!」
治長が命じると大軍がなだれ込んだ。
逃げる江口勢はひたすらに後方に撤退した。
「そろそろ頃合だ。全軍散らばれ!鉄砲隊はなてぇ!」
江口が命じると二千丁の鉄砲が火を吹いた。
「これはまずい。死ぬ前に逃げろ!」
豊臣軍先手の渡辺糺は銃声を聞くや逃げ出した。
「渡辺め!もう少し骨のある奴かと思っていたわ!」
治長はそれを聞いて激怒した。
半分程度の丹羽軍に大野勢は足止めをくらっていた。
しかし三十分もすると丹羽軍の援軍が駆けつけ大野勢は撤退した。
一方今福では寄せ集めで足並みの乱れる木村重成の軍を佐竹勢が圧倒していた。
「くっ……このままでは。」
佐竹勢の猛攻を防ぐのに精一杯の木村勢に攻撃する暇などなかった。
「ふん!小僧、なかなか苦戦しているようだな。鉄砲とはこうやって撃つのだ!」
どこからか現れた後藤又兵衛は堤の上に立ち馬上の侍大将に照準を合わせた。
ダァンッ!
と銃声がなり額から血を垂らしながら侍大将は崩れ落ちた。
「おお、後藤殿!我らも続くぞ!撃て!」
この又兵衛の行動で士気の上がった木村勢は一斉に反撃を開始した。
「怯むな!数で押し切れ!」
義宣も負けじと一斉射撃を命じる。
「織田のお得意の鉄砲攻撃だ!あれを使え!」
又兵衛が命じると後藤勢が車輪の着いた岩を持ってきた。
「後藤殿、これは?」
初めて見るものに重成が驚いて聞いた。
「関ヶ原から織田の戦術を調べ対策したのだよ。」
合戦の前、従来の木製の盾では大口径の幕府軍の鉄砲を防げないと関ヶ原で痛いほど思い知った吉継と又兵衛は石製の盾に車輪をつけた移動式の石盾を大量に作っていた。
石盾の防御力は凄まじく佐竹勢の攻撃はあっさり弾かれた。
「よし!撃ち返せ!」
又兵衛が指示を出すと石盾の上部が開き狭間が出来た。
予想だにしていたかった豊臣方の新兵器に佐竹勢は慌てふためき足並みが乱れた。
「木村殿、今が突撃の機会だぞ!」
「承知致しました!全軍我に続け!」
又兵衛に言われた重成が刀を抜き堤を超えていくと家臣達もそれに続いた。
「くっ……。蒲生殿に援軍を求めよ。」
崩れていく自軍を見て義宣は渋々援軍を要請しようとした。
「援軍を呼ぶ前にワシに任せよ。」
そう言って脇にいた義宣の父の義重が腰を上げた。
「父上?何をお考えです?」
「一花咲かせて参る。」
義重はそう言うと馬に乗って戦場に向かっていった。
義宣は突然の父の行動にただ唖然としていた。
佐竹勢を圧倒している重成にもこちらに突進してくる明らかに異常な雰囲気を漂わす騎馬武者がいるのが見えた。
「あの兜飾り、まさか……」
重成がそう言った時には義重の大太刀が重成に振りかかっていた。
「くっ!」
重成は刀で受け止めたが義重の一撃は弱冠16歳の重成には重く刀は折れ重成自身もふらついた。
「弱い。」
義重は間髪を入れずに2撃目を繰り出した。
その早くも強烈な一撃に重成は転がりながら交わすので精一杯だ。
「殿をお守りせよ!」
近くにいた四人の家臣が義重に斬り掛かろうとした。
「遅い。」
義重はそう言うと一気に四人を切り伏せた。
四人は皆、臓器やらなんやらを飛び散らせながらバラバラになった。
「小僧、まだやるか?」
それを見て目を丸くし汗を流す重成に義重が詰め寄った。
「ここで引けば秀頼様が危うい!」
重成はそう言うと死んだ家臣の刀を取って義重に飛びかかった。
(早いな。されど力が無い。)
義重はそう思いながら難なくその攻撃を跳ね返した。
「小僧、木村と言ったな。もしや木村重茲の子か?」
「左様でございます。」
「秀吉のご機嫌でお主の父上は殺された。何故それでも豊臣に従う?」
「豊臣に忠義を尽くせ。それが父の遺言だからです。」
重成がニヤリと笑った。
義重がハッとすると後ろから又兵衛が強烈な一撃を義重に喰らわせた。
(全く気配がしなかった。流石は黒田の家老よ。)
義重は何とか一撃を交わしたものの隙ができた。
重成が攻撃しようとしたその時だった。
「我こそは真田左衛門佐信繁!佐竹の方々、お待たせ致しもうした!」
義宣が要請した援軍が到着した。
「ちっ!命拾いしたな、佐竹殿。」
「なるほどな。お主とここの小僧、2人で合わせれば良き矛になろう。」
「2人で?」
重成が聞こうとしたが
「引き時ですぞ。」
又兵衛がそう言うので重成も撤退した。
「後藤殿、先程は誠にありがとうございます。私は戦を知りませぬゆえ。」
「何を、良き戦でしたぞ。されど敵の実力を測る、それも大切なことでござる。」
「なるほど、私に合戦の作法を教えては頂けぬでしょうか?」
「ほう、良き心がけよ。ワシの教育は厳しいぞ。」
「はい!」
重成は笑顔で答えた。
(良い目をしておる。この小僧は死なせてはいかんな。)
笑顔の重成に対して又兵衛はそう思った。
その頃、佐竹本陣に帰った義重に義宣は激怒した。
「父上!勝手なことをされては困ります!」
「甘い、甘いな。それでは伊達の小童にまだ勝てぬぞ。」
「は?」
「あそこでワシが敵の将を止めておらねば軍は崩れておったぞ。」
実際、義重が出たおかげで兵の士気は上がり大将2人が動けなくなった豊臣軍の攻撃が緩んだのも事実だ。
「とりあえず、軽率な行動を取られては困りまする。このような戦で討死されては……」
「ふん!豊臣の脆い兵相手に討死などせんわ。」
義重は鼻で笑いながら言った。
結局、今日の戦いで佐竹勢は疲弊したので付城の築城を諦めた。
そして本陣には石盾のことも加えて光秀に報告された。
「移動式の挟間のある盾?誰がそのような事考えた。」
「大谷刑部かと。」
勝定が答える。
「石を潰せる銃はまだ無い。矢で叩くしかないな。」
光秀は強力な弓兵を有する毛利秀元を呼び寄せることにした。




