70 決戦関ヶ原 後編
開戦から四時間が経過した。
黒田勢の突撃に一旦兵を引いた長宗我部軍は前田慶次が先頭にでる事により兵を立て直しじわじわと黒田勢を攻撃していた。
「1番隊、撃て!2番隊、構え!3番隊は装填!」
慶次が命令すると首尾よく鉄砲隊が攻撃と撤退を繰り返した。
「おのれ!武士であれば刀を持って戦わぬか!この又兵衛が真の武士の戦を教えてやるわ!」
このちまちまとした攻撃にイラついた後藤又兵衛は再度突撃を敢行した。
それにより黒田勢の前衛が手薄となった。
「今だ!さっきの恩を返してやる!」
迂回してきた盛親隊三千が突っ込んだ。
突然の奇襲に母里隊、井上隊は大混乱に陥った。
「今だ!着剣し突撃!」
慶次の怒鳴り声と共に長宗我部勢二千が正面から突撃した。
「黒田がまずい……。毛利と小早川に総攻撃の狼煙を上げよ!」
三成が命じると狼煙が上がった。
それが上がった頃南宮山の毛利秀元の元に勝永が訪れた。
「宰相殿!今こそ攻撃の時です!共に大納言と岐阜中納言を叩きのめしましょうぞ!」
「そうは申しても昼時でこれから兵達に弁当を食わせるのじゃ。それゆえ今は動けん。」
「弁当だと!?天下分け目の戦にて左様な悠長なことを言ってられますな!」
「豊前守、頭が高いぞ!」
秀元が一喝した。
「されど戦を前にただ傍観しているだけのお方を見過ごす訳にはいきませぬ!」
「ええぃ!しつこいぞ!今は動けぬと言ったら動けぬ!さっさと去れ!」
秀元はほぼ逆ギレ状態だ。
「左様でございますか。で、あればお好きなようになさいませ。その代わりに中納言殿にはご報告させて頂きます。」
勝永はそう言って一礼すると陣を出ていった。
「その頃までに中納言が生きておれば良いがな……」
秀元はニヤついた。
同じ頃、池田輝政もニヤついていた。
明らかに敵の勢いが弱まっているのである。
何故弱まったかは分からないが兵の統率が乱れ始めたのだ。
「今こそ好機!安国寺軍を付き崩せ!」
これは先陣を指揮していた勝永がいなくなったための出来事である。
それに食いついた池田勢は安国寺勢を各個殲滅していった。
勝永が戻るのはまだまだ時間がかかるため安国寺勢は戦下手の恵瓊の元で戦うしか無かった。
さらに西軍に追い打ちをかけるかのように小西勢が壊滅した報せが入ってきた。
小西勢は細川、森相手によく善戦していたが雪崩こんできた織田軍の滝川、佐久間隊の猛攻についに耐えられず壊滅し大将の行長は行方不明となった。
これを松尾山から眺めていた小早川秀秋の元に黒田長政がやってきた。
「金吾!何故に大谷を攻撃せぬか!」
「甲州……。ワシはを機を伺って……」
「日和見とはいい身分じゃな!平岡よ。全部隊に総攻撃を命じよ!」
「ははっ!」
長政の命令を受けた平岡頼勝は全軍に総攻撃を命じた。
「ま、待て!負けたらどうするのじゃ!」
「その時は腹を斬れ!」
長政の勢いに秀秋は縮こまってしまった。
「殿!小早川勢が動き始めました!」
松尾山を下山する小早川隊を見て三成の家臣が嬉しそうに報告する。
だか三成の顔は青ざめていた。
「違う……。あれは藤堂の方ではない……。形部の方じゃ……。」
三成の予想は的中しており藤堂勢と大友勢の攻撃を食い止めていた大谷勢の右側面から小早川隊が突っ込んできた。
「小早川隊、寝返りました!私が食い止めて来ます!形部殿はお逃げくだされ!」
平塚が言う。
「くっ……!すまぬ。許せ三成!」
そう言うと吉継はさっさと僅かな供回りを連れて撤退して行った。
大将不在となった大谷軍だったが平塚の士気もあり奮戦していた。
しかしここで更なる悲劇を西軍が襲った。
なんと小早川勢の背後にいた増田勢までが寝返ったのだ。
増田は五奉行の1人で豊臣恩顧の大名である。
その男すらも西軍を見限った。
これにより西軍の士気は一気に低下した。
「今ぞ!明石を打ち破れ!」
それを察知した立花宗茂は明石隊に猛攻撃を行い、明石勢は一時間ほど耐えたがついに壊滅した。
これにより左右から挟撃されることとなった宇喜多勢からは多数の兵が逃走し秀家は奮戦するも戦場の藻屑となった。
「なぜじゃ……なぜ!ワシは完璧にしておったぞ!」
「殿、1度九州へ戻り再起するべきかと!」
戦場を見て絶叫する如水を善助が必死に抑える。
「ええぃ!覚えておれ!」
如水もさっさと逃げていった。
「勝った!この戦、勝ったぞ!我々の勝ちじゃ!!!」
総崩れになる黒田勢や宇喜多勢を見て光秀は子供のように喜んだ。
「道三様!信長様!帰蝶様!上様!義昭様!やりましたぞ!私は天下を取りましたぞ!」
「おめでとうございます!やりましたな!!」
空に向けて叫ぶ光秀と一緒になって喜んだのは光秀の正体を知る作兵衛だけだった。
2人が飛び跳ねて喜ぶ中、三成はただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
「殿!しっかりしなされ!殿!」
左近が三成の肩を揺さぶる。
「金吾……金吾……金吾めぇぇぇぇ!」
三成は目の色を変えて怒鳴り散らした。
「全軍、私に続け!大納言の首をとる!」
三成は馬に跨ると周りに命じた。
「殿……それは……」
「今しがた茶を飲んでいたら茶柱が立っておった。この突撃は上手く行く!我の言うことに間違いなし!」
三成はもはや光秀の首を獲ることしか考えていなかった。
「左近はワシとと共についてこい!忠康は背後を守れ!」
三成は家老の2人指示を出すと六千人を率いて突撃し始めた。
「最後まで小賢しいやつじゃ!治部を、討ち取れ!」
待ってましたと言わんばかりに細川勢は石田勢に襲いかかった。
しかし三成の家臣らの猛反撃に逆に押し返された。
「おのれ!おのれ!おのれ!治部を撃て!撃つのじゃ!」
しかし忠興は鈴木重秀の嫡男と重朝率いる鉄砲隊に背後からの攻撃を命令した。
三百の鉄砲が前野忠康に降りかかった。
「なんのこれしき!我らは殿が大納言の元へ着くまで持ちこたえよ!」
忠康はボロボロになりながらも三成を追いかけた。
「申し上げます!石田勢がこちらに向け突撃して参ります!斎藤隊、近藤(堀家家臣)隊が崩されました!」
その報告を聞いた光秀は仰天した。
「まさか……。撃ち殺してくれるわ!」
そう言って持ってきていたライフルを光秀は手に取った。
「よろしいのですか?」
又兵衛が聞く。
「お主らは手を出すな。」
光秀は堂々とライフルを構え三成を待ち構えた。
「あれに見えるは島左近……。奴を討ち取って手柄にしてくれるわ!」
突撃してくる島左近を見て三宅重利は長槍隊を前衛に配備した。
「来るぞ!つき殺せ!」
島隊の騎馬が突っ込んできた途端にいっせいに長槍を三宅隊は叩きつけた。
島隊の兵士達は上から降ってくる穂先に頭蓋骨をかち割られバタバタと倒れたいった。
そして左近自身もその攻撃を何度も交わしたものの足軽に囲まれついに果てた。
しかし左近の突撃によりかき乱された堀勢を掻き分け突っ込んできた三成隊は三成の進路を切り開き三成はついに光秀本陣に単騎突入した。
「謀反人大納言!あの世で悔いるが良い!」
光秀は三成に照準を合わせたものの左右に動く三成になかなか照準が合わずその隙に三成は光秀に刀を叩きつけた。
だが光秀はすかさずライフルでその一撃を食い止めて三成を跳ね返した。
「くっ!」
三成が次の一撃を繰り出そうとしたところでライフルの銃口が三成の額に突きつけられた。
「治部よ。何故某を討つのじゃ。」
「亡き太閤殿下の御恩を仇で返そうとする貴様が許せぬからよ!」
三成は軽蔑の目を向けながら怒鳴る。
「では如水は太閤……いや、筑前殿の恩に報いておるのか?」
「なんだと……!?」
「奴が勝てば奴は必ず豊臣を乗っ取っていたぞ?所詮お主は実力者の道具に過ぎんのだ!」
「なんとでも言え!今の世でワシを軽蔑しようがワシの魂は後世まで残る!そして後世にワシは忠義の人として語り継がれよう!」
「そのような上手い話があるか?謀反人に忠節を尽くして何になる!本来、天下人であるのは織田信長様と信忠様の跡継ぎの信秀様であろうが!それを奪い取ったのは誰だ!」
そう言うと三成は言い返せなくなった。
「麒麟という生き物を知っているか?戦無き世に訪れるという伝説の生き物。だが筑前に麒麟は呼べなかった。やつは天下人では無いのじゃ!」
「何を言うか!麒麟が来るのを妨害したのは貴様であるぞ!まもなく泰平の世が訪れようという時に!」
「では朝鮮はなんだ?秀次はなんだ?全て筑前めの野望により起きたことではないか!?」
「くっ……全ては家臣に所領を分け与えるためじゃ!秀吉様は……」
「では何故毛利が動かぬか分かるか!?筑前の朝鮮への国替えの命令に愛想を尽かしたからじゃ!何故島津が裏切ったかわかるか!?申してみよ!」
三成は光秀の気迫と島津が裏切ったという聞いたことの無い情報に驚いた。
「島津が……?」
「そのようなことも知らぬか!島津は四国にて長宗我部に寝返り毛利軍は大敗したぞ。」
「そんな……なぜ我らに情報が……」
「輝元も所詮その程度の男じゃ。お主は捨て駒なのだよ!」
「黙れ!黙れ!黙れ!私は秀吉様の左腕であるぞ!貴様如きが何を語る!」
そう言って三成は再度刀を突きつけた。
その時後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。
「見つけたぞ治部!玉の仇じゃ!死ぬがよい!」
猛進してくる忠興が鉄砲の引き金を引いた。
弾丸は三成の心臓に直撃した。
「私は筑前のやってきたこと全てを否定する。この裏切りものめ。」
光秀はそう言って崩れ落ちかける三成の首を斬り落とした。
「この戦、我らの勝ちよ!謀反人共を討ちもらすな!」
光秀が三成の首を突き上げ大声で言うと周囲の兵は湧き上がりそれぞれが追撃を開始した。
天下分け目の決戦は織田軍が勝利した。
これは豊臣秀吉により奪われた織田家の天下を取り戻した事になる。
第二次織田政権の始まりだった。




