65 四国の蓋
「初陣から40年……俺にとって最後の大戦かもな……」
そう言って大軍を率いる老将。
彼こそは土佐の出来人と言われ戦国時代末期に四国にて一大勢力を築き上げた長宗我部元親である。
「あの時は討死するかと思ってたよ。にしてもよくもまあこんな数を……」
そう言って森孝頼が後ろを見る。
そこには古びれた甲冑に筋肉質な男たち。
長宗我部家が誇る兵士、一領具足だ。
「色々なことがありましたな。殿との戦は忘れられませぬ。」
そして元親の隣にいるのは本山親茂。
以前は信親の家老だったが隠居してからは元親の側近だ。
「この山に昔来た時は親貞(長弟)も親泰も豊後も福留も親信もいたなぁ。全く懐かしいよ。」
これらの家臣は元親を支え、そして散っていった者達だ。
「殿、そろそろ。」
「おうよ。それじゃボチボチ行きますか!」
そう言って元親率いる二万の大軍が動き出した。
既に越後へ向かった信親の一万と合わせて三万もの兵を50万石の大名が動員するのはかなり厳しい。
しかし元親の最後の戦いと聞いた者達がどんどんと集まり二万まで膨れ上がったのだ。
元親は兵を二手に分け一万五千を讃岐へ、残りの五千を親茂に預け伊予に向けた。
長宗我部の大軍が讃岐に迫ると報告を受けた讃岐の生駒親正は居城の高松城を捨て大坂へと落ち延びて行った。
「なんだよ……最後の割にあっさりだな……」
高松城に入った元親は拍子抜けしていた。
「所詮は成り上がり者。命の方が大事なんだろ。」
孝頼も呆れていた。
するとそこに家臣が慌てて入ってきた。
「申し上げます!毛利軍、四万五千が淡路洲本に入ったとの報せ!おそらくはこのまま四国へと!」
「来たか!戦はこうでないとな!」
元親は淡路島にほど近い撫養城に全軍を移動させた。
「相手は僕達の3倍……。簡単に勝てる相手ではないと思うが……」
「孝頼。俺がなんのために今までフラフラしてたと思ってる?全てはこの日のためよ!」
元親には秘密兵器があった。
「しかし戦列歩兵を習得した兵は全て若に付けただろう。まだあるのか?」
「一領具足には既に伝達してある。まあ見てな。」
孝頼の心配を他所に元親は余裕だった。
とはいえ内心では不安があった。
(まあここで俺が死んでも四万も四国に引き留めたなら大手柄よ……)
元親は自ら犠牲になって光秀を有利に立たせようとしていたのだ。
そして翌日、毛利軍が阿波に侵入した。
元就の八男の毛利元康と小早川秀包を大将に益田元祥、熊谷元直ら毛利の重臣に加え島津義弘、豊久の二千も従軍していた。
「叔父上、ないごて我等が毛利ん配下で戦わないけんとな!?」
島津の陣で豊久は毛利の指揮下に置かれたことに腹を立てていた。
「我々は二千しか兵を連れてきちょらん。残念だが仕方なかことじゃ。ただ土佐ん鬼和子と戦がでくっんじゃ。良かでは無かか?」
「じゃっどん元親は最近遊び呆けちょっち聞いちょります。やっぱい我らは信用されちょらんのやろうか?」
「そんた三成か如水に聞け。我らは我らん戦をすっまでじゃ。」
そう言って義弘は豊久の肩を叩いて眼下に広がる大軍を眺めた。
「西国武士ん魂、上方ん奴らに見せてくるっんを期待しちょっぞ、鬼若子。」
義弘が小声で言った。
そしていよいよ毛利軍の先鋒と長宗我部軍の先鋒が睨み合った。
「ふん!土佐の田舎侍は大局を見破ることも出来ぬのか!それでは戦もせずに太閤殿下に屈するのもようわかるわ!」
そう言って長宗我部兵を毛利軍の先鋒大将が罵倒する。
長宗我部兵達はイライラしながらも命令を待っていた。
「怖くて手も出せぬか!宮内少輔は誠に鳥亡き里の蝙蝠じゃな!」
「あんたさぁ……大将の癖にうるさいよね。」
そう言って耳をかきながら元親が前に出てきた。
家臣たちが止めようとしたが元親の右腕とも言える谷忠澄がそれを抑えた。
「ふん!貴様のような老人が来る場所ではないわ!命が惜しければ逃げるが良い。」
「そうは言ってもおれはこの軍の大将だから逃げる訳にはいかないんだよね。で、あんた誰?」
「まさか……クックック……。ここで大将首を挙げれるとは!我こそは毛利家家臣、山内大隅守!宮内少輔よ!ワシに出会おうたことをあの世で後悔致せ!」
そう言って山内は槍を片手に元親に突っ込んだ。
「同じじゃ……40年前と同じじゃ……」
それを見ていた老兵がぼそっと呟く。
「死ねやァァァァァァァァァ!」
山内が槍を振り下ろした。
元親はその槍を片手で容易く掴むと
「口はうるさいけど弱いね。あんた。」
そう言ってもう片方の手でピストルを山内の腹に突きつけ引き金を引いた。
「ば……ばか……な……」
山内はその場に崩れ落ちた。
「おお!やはり元親様は変わっておられぬ!元親様を死なせるな!!!」
そう言って谷忠澄が命じると一斉に長宗我部軍が毛利軍に襲いかかった。
大将を失った毛利軍は散々に打ち破られた。
「おのれ山内め!口だけではないか!鉄砲隊用意!長宗我部に鉛玉を喰らわせろ!」
第二陣の清水景治が命じると鉄砲隊が長宗我部兵に銃口を向けた。
「こりゃまずい!煙幕用意!」
元親が命じると足軽達が腰から丸い球のような物を地面に投げつけた。
するとみるみるうちに辺りは煙幕で何も見えなくなった。
「なんじゃ!なんじゃこれは!」
清水隊はパニックに陥った。
しかし間髪入れずに長宗我部軍が逆に鉄砲を撃ってくる。
周りの兵士はバタバタと倒れていった。
そして煙が晴れ、前が見えた時、景治は目を疑った。
「あれはなんじゃ……」
そこに居たのは2頭の馬に繋がれた馬車。
所謂、戦車だ。
「これぞ秦の戦法!かかれぇぇぇぇ!」
元親が命じると馬車に乗る屈強な兵士が大型の斧を振り回しながら並列して毛利勢に突っ込んできた。
毛利兵は体をバラバラにされる者、吹き飛ばされる者、逃げようとして踏み潰される者など五体満足で帰れた者はほとんどおらず、景治も命からがら逃げ帰った。
初戦は元親の大勝利だった。
その日の夜。
「親茂はいつ来る?」
「伊予にも毛利軍が来てるらしい。暫くは厳しいな。」
元親は孝頼からそれを聞くと深刻な顔になった。
「秘密兵器はこれの事だ。対策されたら数に押されて俺たちは終わりだ。」
「親茂殿を待つしかないと……」
忠澄も厳しい表情だ。
「親茂が来るまで時間を稼ぐぞ。やばくなったら逃げろ。」
「らしくないこと言うなよ。もしお前を見捨てて逃げたら国親(元親の父)様に怒られるしな。」
「私も元親様にお供致します。」
孝頼と忠澄の頼もしい言葉に元親は嬉しそうに
「全く……どこまでも土佐の奴らは良いヤツらだな……」
そして翌日。
長宗我部の戦車部隊と毛利軍の益田元祥が対峙した。
「かかれぇぇぇ!」
再度、戦車が突っ込んだ。
「まだだ。まだ攻めるな……。」
益田は震える兵士たちを抑えた。
「昨日と同じように木っ端微塵にしてくれるわ!!」
戦車の中央にいる侍大将がそう言って斧を準備した瞬間だった。
ドォォォォォン
と爆音がなり戦車隊が一瞬にして吹き飛ばされた。
「なんだあれは……」
忠澄は絶句した。
「今じゃ!かかれぇぇぇぇ!」
益田が命じると毛利勢がいっせいに襲いかかった。
更に熊谷、小早川の部隊も動き実に3万近い軍が長宗我部勢を攻撃していた。
しかし長宗我部軍の士気は高かった。
2倍の毛利軍を数時間は圧倒していたのだ。
それを重く見た元康はついに全軍に攻撃を命じた。
側面から元康の部隊と毛利軍に挟撃された長宗我部勢は一溜りもなかった。
「ここが死に場所か……。元親様……いや弥三郎様……。ご一緒できて幸せでした。あの世で待っておりますぞ……」
そう言い残すと忠澄は毛利軍に突撃し戦場の藻屑となった。
そして谷隊を突破した毛利勢は森勢にも襲いかかる。
孝頼もよく善戦したが多勢に無勢。周りの兵士たちが次々と倒れていき、ついに孝頼にもその時が訪れた。
「元親……僕はいつまで経ってもお前を越えられなかったみたいだ……必ず生きろよ!」
そう言うと孝頼は最後の力をふりしぼり脇差を抜いて毛利軍に襲いかかった。
「将だ!討ちとれ!」
「邪魔だ!下郎が!」
槍を振り下ろしてくる足軽を孝頼は年に見合わない動きでかわし首を切付ける。
「すばしっこいな!つき殺せ!」
さらに別の足軽が槍を突き刺してきた。
孝頼はそれをかわし脇差をその足軽に投げつけた。
足軽は顔から血を流し倒れた。
「武器を失ったぞ!討ちとれ!!」
「1人では死なないぞ!」
孝頼はそう言うと焙烙火矢を取り出し辺にいた足軽共々爆死した。
元親を初期から支えた2人の家臣が今、散っていった。
2人を討ち取ったことで毛利軍は勢いづいた。
もはや毛利軍を止める術は長宗我部軍には無く元親の本陣近くまで毛利軍は近づいていた。
「親父、豊後よぉ立派な当主だったか?親貞、親泰よぉ、俺は良い兄貴だったか?信親……長宗我部の事任せたぞ……」
元親は空を見上げて言うと父から受け継いだ刀を抜きその場に座った。
「毛利如きに俺の首とらせんじゃねえぞ。すまんな、十兵衛……」
「見つけたぞ!宮内少輔じゃ!!!」
元親が腹を斬ろうとした時、毛利勢が本陣に乱入してきた。
「チィ!いいとこだったのに!」
元親は応戦した。
1人、また1人と一領具足達が倒れていく中、元親は見事な刀裁きで毛利兵を斬り伏せた。
しかし60を超えた元親にも限界が訪れた。
そしてついにその場に膝まづいた。
「ふん!所詮は蝙蝠なのだよ!」
そう言って近くにいた足軽が元親を斬り殺そうとした時だった。
ダァン!と銃声が鳴りその足軽が倒れた。
「久しぶりだな……元親。」
そう言って鉄砲を構えた中年の男が元親に話しかける。
「お前は……清良!?」
土居清良。元親に滅ぼされた西園寺氏の家臣で鉄砲隊を率い何度も元親を苦しめた男だ。
「本来ならお前の首を撥ねてやりたいところだがな。西園寺様を暗殺した豊臣にだけは従いたくない。それにこいつにも頼まれたしな。」
「会うのは初めてだな。宮内少輔……」
そう言ってもう1人の騎馬武者が現れた。
「公饗に檜扇……お前、十河の倅か!」
「そうだ。ワシの名は十河存英!その昔、親父殿を逃がしてくれた恩を返しに来たぞ!」
「まさか……あの時の。」
そう、あの十河城を包囲していた時のあの戦だ。
「四国を豊臣の犬の毛利に取られるのだけは我慢がいかん!それは四国の民の願いじゃ!」
そう言う清良の後ろには八千人近い兵が集まっていた。
「殿、お待たせしました。」
「遅いぞ、親茂!」
やっと戻ってきた親茂を見て元親の目から涙が出る。
「よし!これは四国を守るための戦い!そして四国を巡り戦ってきた全ての兵共の弔い合戦だ!俺たちの土地を毛利と豊臣には渡さんぞ!」
元親がそう言うと残っていた逃げていた長宗我部兵らも続々と集まり二万人にも膨れ上がった。
それぞれの怨みやいざこざはあるものの今、戦国の四国を生き抜いてきた武士達がひとつになったのだ。
土居清良や十河存英が長宗我部に味方するかといわれたら微妙なところですが(清良に至っては毛利とも親しかったらしいし)あくまでフィクション作品なので登場させました。




