18 鬼武蔵
加野井城を落とすと間もなく奥城も開城した。
しかし竹ヶ鼻城が開城する気配はなかった。
「これはなかなか長引きそうですなぁ。」
利三がボヤいた。
快進撃が続く堀軍にとってこの城は厄介な存在だった。
「秀宗殿、そのようなお味方の士気が下がる発言はおやめくだされ。」
利三に意見したのは秀吉の家臣の石田三成だった。
戸田勝隆と交代で軍監としてやってきたまだ24歳の若者である。
「若いのにしっかりしておられるのう。流石は羽柴様の側近じゃ。」
ムッとする利三とは逆に秀満は感心していた。
「いずれ天下人となられるお方の傍にお仕えする某がしっかりいるのは当たり前の事でござりましょう。」
「頼もしいな。ではこの城を落とす策を教えてくれ。」
「それは……」
光秀に城攻めの方法を聞かれると三成は黙り込んでしまった。
どうやら軍略はあまりないようだ。
「またおびき出しましょうか?」
神子田が聞いた。
「相手は7000と聞いておる。こちらの被害もかなりのものであろう。何か良い策はないか……」
皆が悩んでいると丹羽長重が口を開いた。
「水攻めにすれば良いのでは?」
「なんじゃそれは?」
光秀も利三も秀満も初めて聞く攻め方に驚いていた。
「堀殿、覚えておられぬようなのじゃがつまり城の周辺を水で埋めることにございます。」
忠興が呆れた顔で説明した。
光秀達が知らないのは当たり前である。
この攻め方は光秀達がちょうど本能寺の変を起こした時期に行われた戦い方であるからである。
「近くに川がございます。堤を築きその川の水を城に流し込みましょう。」
長重が続けた。
「よしわかった。それで行こう。早速堤を築き始めてくれ!」
こうして水攻めの準備が始まった。
それから5日ばかり経った。
「なかなか堤が出来ませぬのう。」
また利三がボヤいた。
「秀吉めのやり方を真似るしかないな……」
「と言いますと?」
「奴が美濃攻めの折、墨俣に城を築く時周りの領民を雇った話じゃ。我らもやるしかない。金に糸目は付けるな、領民も雇って堤を早く作るぞ。」
報酬をもらえると知った領民達は皆堤を作るのに喜んで協力してくれた。
そのおかげで2日後には堤は完成した。
「よし!水を流せ!」
秀政さが命令すると一気に竹ヶ鼻城の周りは湖と化した。
それを見た三成は目を輝かせていた。
(この小僧、いずれ大物になるな。)
光秀は三成を見て微笑んだ。
その頃
「良いか!小平太や大久保様の仇を取るぞ!堀秀政を討ち取れい!」
全速力で竹ヶ鼻城へ向かう軍団がいた。
本多忠勝の一隊だった。
先の戦いでは秀吉の抑えを担当していたため無傷だったものの決戦に参加出来なかったことを忠勝は悔やんでいた。
だからこそ城攻めで精一杯の堀軍を襲撃し皆の仇を取るのが目的だった。
(小平太……ワシを見守っていてくれ。)
忠勝と康政は同い年で今川、武田、朝倉など強敵を相手にいつも徳川の先陣として戦ってきた。
その思い出が忠勝の頭の中で走馬灯のように回っていた。
「フン!親友の仇討ちとは泣けるもんだな。」
その本多隊を待ち受ける森長可が言った。
光秀は徳川勢の援軍を予想して長可に待ち伏せするように頼んでいたのである。
「本多隊、接近しております。」
物見が報告した。
「よし、徳川最強の槍、存分に味わってやるよ。投石の命令は尾藤に任せるぞ!」
長可は愛用の十文字槍を手に持ち駆け出して言った。
「あぁ……。これだから武辺の者は苦手じゃ。投石隊、攻撃開始!」
まるで自分の家臣のような扱いを受けた尾藤は愚痴りながらも命令した。
この投石部隊は甲斐武田氏の小山田家が編成していた投石部隊を長可が再現したものである。
一気に投げられた石が急ぐ本多勢に直撃する。
「フン!」
忠勝の周りがバタバタと倒れる中、忠勝は余裕の表情で石を弾き返した。
「おいおい……あれと戦えって言うのかよ。」
長可も足がすくんだ。
粉塵の中から黒糸威胴丸具足を纏った巨漢が現れた。
「このような小細工など無用!我が武にいどめぇ!」
そう言うと忠勝は蜻蛉切を手に森勢に斬りかかった。
穂先が触れただけで森勢の兵が大量の血を流しながら次々と倒れていった。
「なかなかやるじゃねぇか!だが俺はこいつらほど弱くねぇぜ。鬼武蔵様の槍、受け取ってみろ!」
長可が忠勝に斬りかかった。
「左様な小手先程度の槍など我には効かぬ!」
忠勝は長可を難なく交わすと逆に槍を突き刺そうとした。
「おっと!」
長可も寸前のところで交わすと
「そろそろ本気見せるしかねえな!」
長可の目付きが変わった。
「親父、兄貴、蘭丸、みんな見ててくれ!」
長可が目にも止まらぬ速さで忠勝に連続で槍を突きつけた。
「このガキがァァァ!」
忠勝は蜻蛉切を長可の腹にたたきつけた。
長可は吹き飛ばされるも直ぐに元の体制に戻った。
「そんなんじゃ効かねえ!感情に左右された時点でお前の負けだ!」
長可は槍をしっかりと握りこんだ。
忠勝も蜻蛉切を構えた。
「ウァァァァァァァァァァァァァァァ!」
槍と槍がぶつかり合い閃光が起きる。
周りの兵士たちは眺めることしか出来たなかった。
「小僧!何故主君を裏切る!何故主家に尽くさない!」
忠勝が戦いながら長可に問いかけた。
「んなもん!お家のためだ!親父や蘭丸達が死んで森家を守れるのは俺しかいねえ!だから今は猿にでも誰にでも頭下げてやらァ!」
長可が忠勝を押し返した。
(この小僧!まずい!)
忠勝に隙が出来た。
「天!覇!壮!絶!鬼武蔵が槍!受けてみろやァァァァァァァ!」
今まで武田家一の精鋭の山県昌景との戦いですら傷がつかなかった忠勝の具足に長可の槍が突き刺さった。
黒染めの具足が赤く染る。
「家……いえや……」
忠勝はそう言いながら倒れた。
「本多様!本多様ァァァァァァ!」
本多隊の兵士たちが皆泣き叫んだ。
「殿!やりましたの!」
森勢は一気に湧き上がった。
「よっしゃぁ!このまま押し返すぞ!かかれぇぇぇぇ!」
長可は忠勝の遺体に手を合わせると命令した。
徳川の最強メンツがどんどんと退場していきます。
その度にある男が強くなっていきます




