17 忠興
長久手の戦の後元助を埋葬した光秀達は秀次や利三と合流し1度秀吉の本陣へと報告のために兵を引いた。
「まずは皆の者、よう戦ってくれた。お主らの活躍により敵勢の士気は大きく下がったであろう。」
平伏する諸将に秀吉は労いの言葉をかけた。
「そして紀伊守(恒興)よ。元助の活躍は既に聞いておる。誠に残念ではあったがワシは彼奴のような優秀な若者を家臣に持てたことを誇りに思うておる。」
「左様なお言葉、勿体のうございます。」
「元助はお主の嫡男として恥じぬ戦をした。戦後の恩賞は期待されよ。そして武蔵よ。羽黒での件は此度の活躍で見ずに流す。これからも励んでくれ。」
「ははっ!」
長可は再度頭を下げたを
「久太郎が敵の策を見抜いたそうじゃな。お主のおかげで秀次は無事であった。どこでも欲しい土地を言うたらくれてやる。」
「いえ、某が見抜いたのでは有りませぬ。官兵衛殿が……」
「官兵衛と共に見抜いたのであろう。戦ったのはお主である。お主の手柄じゃ。」
すると秀吉の家臣の浅野長政が陣に入ってきた。
「申し上げます。松ヶ島城が開場したとの報せが届き申した。」
「左様か!小一郎も氏郷もようやってくれた!」
(流石は忠三郎だな)
実際にその場にいなかったので光秀は氏郷が開場させたものだと思い込んだ。
それからひと月が建ち膠着状態の中光秀は秀吉に呼び出された。
「実はな久太郎、お主を呼んだのは他でもない。お主に一軍の大将を任せたいのじゃ。」
「某が大将をですか?」
光秀は驚いた。普通なら秀吉の一門が務めるものだろう。
「そうじゃ、うちの神子田正治と戸田の3500と細川の2000、それから丹羽の5000もお主につける。」
「それでどこを攻めるのでございますか?」
「加賀野井、奥、竹ヶ鼻の3つじゃ。やり方は問わぬが出来るだけ早う落とせ。良いな?」
「ははっ!某にお任せくだされ。」
早速光秀はその事を秀満と利三に話した。
「まさかあれからすぐに我らが動員できた兵力程の軍を指揮されるとは……流石殿でござる。」
利三も秀満も驚いていた。
堀勢の3000と足せば光秀は13000もの兵を指揮する事になる。
これは信長に仕えていたころの光秀の動員できる最大兵力とほぼ同じだった。
「だが厄介なのが与一郎(忠興)じゃ……彼奴、某を毛嫌いしておる。」
「まあ与一郎殿がいくら短気と言えど戦には私情は持ち込まれますまい。」
「そうだと良いのだがのう。」
細川の陣でもその報せは届いていた。
「はぁ……何故ワシがあのものの下に付かねばならぬ。」
忠興は頭を抱え座り込んでいた。
「それは堀殿が優秀だからでしょう。殿も考えすぎでござる。妻子を持つ堀殿がまさか玉様を狙うなど……」
「では会った途端玉が元気かなど聞くか!」
忠興は立ち上がり落ち着かせようとした松井康之に怒鳴ったを
「堀殿は気配りの出来る方なのでございましょう。だからこそ」
「なら蒲生にも聞くであろう!なぜわしだけなのじゃ!」
松井の言葉は忠興には届いていないようだった。
「しかし殿。左様なことではお味方の士気が乱れます。どうか抑えてくだされ。」
それを聞いた忠興はやっと我に返った。
「ああ。そうであったな……すまぬ。明日に備えわしはもう寝る。」
そう言うと忠興はすぐに寝床へと行ってしまった。
翌日早速行軍を開始した光秀率いる羽柴軍は加賀野井城を包囲した。
光秀は諸将を呼び寄せ軍議を開くことにした。
「敵は2000の兵で篭城しております。一気に力攻めにするべきでしょう!」
忠興が強硬策を提案した。
「お待ちなされ。力攻めとなるとお味方にも被害が出ます。ここは兵糧攻めかと。」
秀吉の家臣の神子田が反論した。
忠興は神子田を睨みつけると、
「持久戦になれば兵たちの士気も下がりましょう!それにこちらの兵力は敵の6倍、あっと言う間に城は落ちましょうぞ。」
と反論した。
長重は興味無そうにあくびしていた。
それを見た光秀は
「丹羽殿は何か策はあるか?」
と長重を指名した。
すると長重はビクッとしながらも答えた。
「これから他の城も攻めるとなると早くそして楽に城を落とすべきと考えまする。」
「敵の戦意をくじくという事か。」
戸田は長重の意見に納得した。
「であればまず周辺を放火し外構を破るか。では直政、お主に任せる。」
「ははっ!」
こうして敵の戦意をくじきその隙に一気に突入する事が決まった。
その夜秀満達堀勢は城の周辺に火をつけ外構を破壊した。
その後。
「見るからに敵の士気は下がってそうですな。」
利三が城を眺めて光秀に喋りかけた。
「ああ。長重も流石は五郎左の息子なだけあるな。」
「殿、至急お耳に入れたいことが。」
秀満が少し焦った表情でやってきた。
「実は敵の大将たちが昨夜逃亡したそうで、それを見た兵が細川隊に攻撃を始めたと……」
「なに!?」
その頃細川隊は突撃してくる城兵を離れた距離からの一斉射撃で圧倒していた。
「フン!田舎侍共は馬鹿な戦い方しか出来ないようだな。第二班、撃て!」
忠興はかつて3段撃ちを利用し連続して鉄砲を発射していた。
「やはりお主を登用していて正解だったわ。重秀よ。」
忠興は鉄砲隊の指揮官と思われる中年の男に話しかけた。
その男は鈴木重秀、かつては雑賀孫市として信長を苦しめた男である。
「もはや刀剣で白兵戦を行う時代は終わりました。これからは鉄砲の時代になりまする。」
忠興は幼い頃から光秀に鉄砲を触らしてもらっていた。
その時から忠興は鉄砲が重要だということに気づいておりこの戦に向けて雑賀衆から離れていた重秀を登用し細川鉄砲隊を指導させていた。
「申し上げます。敵の大将が降伏したいと……」
「秀吉様は殺せと仰せだ。鉄砲隊の前までおびき出して撃ち殺せ。」
忠興は冷徹な目で命令した。
城の城主は逃亡していたので残っていたのは15.6の若武者だった。
両手を上げてその武者がでてきた瞬間
「やれ。」
忠興が命じると一斉に鉄砲隊が発泡した。
無惨にも若武者は穴だらけになり崩れ落ちた。
「我らの勝ちじゃ。」
忠興はそう言うとさっさと帰っていった。
その知らせを聞いた光秀はとても誇らしかった。
今は嫌われてるとはいえ自身の親友であった細川藤孝の嫡男で義理の息子である。
嬉しくないわけもない。
早速光秀は忠興を呼び出した。
「いやぁ与一郎殿、ようやってくれた!藤孝殿もお喜びであろう。」
「父上の話を出さないで頂きたい。」
「何故じゃ。お主はお父上を慕っていたであろう。」
「昔の話でございます。」
そう言い残すと忠興は陣を出ていった。
「我が殿が申し訳ありませぬ。」
松井はすぐに光秀に謝罪した。
「いや、良いのだ。しかしなぜ与一郎殿は藤孝殿の名前を出すと怒られるのじゃ?」
「はぁ。実は言い難いのですがその。」
「なんじゃ、言うてみよ。」
「殿は元々本能寺の変後明智側に着くつもりだったのです。」
「なに!?」
光秀は驚いた。
「しかしながら、まだ当主は幽斎(藤孝)様だったので幽斎様が殿の意見を跳ね除け玉様を監禁し剃髪されたのです。それ以来家督を譲られたものの殿は大殿の事を。」
「なるほど……そういう事であったか。某が悪かった。与一郎殿に申し訳なかったと伝えておいてくれ。」
松井が一礼し陣を出ていくとすぐに秀満が光秀に話しかけた。
「いやまさか細川家で左様な事があったとは……」
「藤孝ならともかく婿殿はまだ若いからのう。あそこで我らに味方していれば細川も危なかったかもしれぬものを。」
「そうなると羽柴を恨んでおられるでしょう。いずれは我らの力になりましょう。」
「そうなると良いのだがな。」
忠興に期待する利三とは逆に光秀は不安だった。




