15 忠義
長久手で光秀達が激戦を繰り広げている頃伊勢の松ヶ島城を羽柴の軍勢が包囲していた。
「もう包囲を続けてひと月、まだ落ちませぬか……」
羽柴軍の本陣で蒲生氏郷がボヤいた。
「雄利は某が育てた男である。簡単には降伏せぬであろう。」
滝川一益は誇らしげだった。
この城の城主の滝川雄利は滝川一益の甥で信雄の家老だった。
「まあこれでは拉致があかぬな。どうするんだ小一郎(羽柴秀長)よ。」
信長の弟で織田家一門で序列第4位だった織田信包が秀長に問いかけた。
滝川も信包も元はと言えば秀長よりも立場はかなり上だったので2人とも以前と同じ接し方である。
秀長も言い返せずに黙り込んでいた。
「フン!藤吉郎お得意の兵糧攻めをしてみたもののどうやら中国の田舎侍どもにしか効果はないようじゃな。」
一益が鼻で笑いながら言った。
先月から松ヶ島城の周囲に堀と策を作り海上も志摩の九鬼嘉隆に封鎖させていたものの松ヶ島城はなかなか落ちない。
「お2人とも少し無礼ではありませぬか?右府様がご健在の頃ならともかく今は羽柴様の時代にございます。そして秀長様はその羽柴様の一門衆の筆頭。それをご理解されていないのでは?」
「ああ、そうであったな。ご無礼を働き申し訳ございませぬ。”秀長様”」
信包が頭を下げ一益も頭を下げた。
「ここでのご無礼を返上致すため、我らが開場の交渉をしとうございまする。明日にでも城内で雄利を説得いたしまする。」
一益が提案すると信包も続いた。
「であれば護衛の意味も兼ねて私の家臣もつけましょう。高虎よ頼まれてくれるか?」
秀長は脇に控えている190センチはあろうかと思われる大男に話しかけた。
その男の名前は藤堂高虎。
かつては近江浅井家の家臣でその後主君を変えながら今は秀長に仕えている。
「ははっ!某にお任されくだされ。」
こうして軍議は終わった。
その後氏郷は小走りに信包と一益の元へ向かった。
「先程はとんだ無礼を申し訳ありませぬ。」
氏郷は2人に頭を下げた。
「気にせんでよい。我らももう分かってはおるのじゃがな。」
信包は笑いながらもその目の奥には悔しさがあるのが氏郷は見えた。
「のう、忠三郎(氏郷)よ。お主日向守か藤吉郎、どちらが憎い?」
一益が問いかけた。
「無論、右府様と中将(織田信忠)を討った日向守でござる。」
「やはりお主はそう言うか。」
信包は微笑みながら続けた。
「実を言うとわしも左近(一益)もよくわからぬのじゃ。もちろん初めは日向守が憎かった。しかし気がつけば織田家は藤吉郎のものになっておる。誠の裏切り者はもしかすると藤吉郎だったのかもしれぬ。」
「しかし羽柴様は日向守を!」
「清須での会議の後にな。某と権六(柴田勝家)と五郎左(丹羽長秀)で話し合ったのじゃ。藤吉郎は幼い三法師様を利用するだけに過ぎないのではと。」
「ではなぜ!?」
一益の告白に氏郷は驚きながらも問いかけた。
「しかし藤吉郎の忠義は誠やも知れぬ。それで某と権六は信孝様、五郎左は藤吉郎に付こうと決めたのじゃ。まあ結局奴は織田家を乗っ取り信雄様を討とうとしておる。そして権六は死に某は所領を奪われ五郎左も今は病で寝込んでおる。もはや我らでは何も出来ぬのじゃ。」
「そういう事じゃ。きっと又左(前田利家
)や勝左(池田恒興)も内心は怪しんでおるじゃろう。だからしかし我らでは何も出来ぬのじゃ。」
「ではなぜこの話を私に?」
「お主には未来があるからじゃ。お主や久太郎は藤吉郎からも信頼されておる。それにまだ若い。だからこそ来るべき時が来れば兄上の仇を取って欲しい。そして兄上が望んだ世を兄上が大切に育てたお主達に作って欲しい。」
「それは……つまり」
氏郷が言おうとするのを信包は止めた。
「それ以上言うな。もしお主たちが平らかな世を作った時には織田家に所領などは要らぬ。ただ平和に暮らせるようにしてやってくれ。」
氏郷は涙を堪えるので必死だった。
自分が慕っていた信長を殺した光秀が憎かった。だからこそその光秀を討った秀吉が正しいと信じ今まで仕えてきた。しかし自分が信じていた男はよく考えてみれば織田家を乗っ取っていた。
「分かりません……俺には分かりません……」
「お主はまだ若い。よく悩みよく考え自分が信じる道を行けば良い。」
2人とも優しい目で氏郷を見ていた。
氏郷は泣きながら2人の陣を後にした。




