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81㎡  作者: たいやき
3/3

芝蘭結契

一年生ながら、馬鹿みたいなフィジカルと卓越したセンスで、無名の弱小高校を優勝へと導いた天才がいた。その強さはまさしく圧巻で、彼のチームは破竹の勢いで勝利を重ねていった。その勇姿に誰もが憧れーーそして、妬まれた。曰く、『奴は天才だ』『才能のある奴は羨ましい』と。

彼は強かった、あまりにも強過ぎたのだ。

正確無比なスパイクは、レシーバーを諦めさせた。鍛え上げられた体幹は、ブロッカーを嘲笑った。二段トスからの決定率は、セッターの意味を失くさせた。

どんなに小手先の技術で抗おうと、弱者の知恵で立ち向かおうと、それを真っ向から受け入れて、無駄な足掻きだと言わんばかりに勝ち続けた。そんな彼に、いつしか誰も勝負を挑まなくなった。それどころか、そんな彼を世間は認めなかった。彼は知らぬ間に一人になっていた。

そして彼、『京の勇』『伏見の乱獅子』とまで恐れられた丹羽獅童は、バレーボールの世界から姿を消してしまった。

その化け物高校生の実の身内であり、小学生の身でありながら、圧倒的な才能で血の繋がりを感じさせる弟、丹羽虎狛。

彼ら排球兄弟は、全バレーボールプレイヤーの憧れであり、かく言う俺も、雲の上の存在として一生関わることはないと思っていたほどだった。それが、このあるかないか分からない零細以下のクラブに、在籍している? 例えエイプリル・フールでも、もっとマシな嘘を吐け。


「丹羽獅童と丹羽虎狛? 有名人なのか?」

「有名人も有名人。バレーボールを少しでも齧ってる人なら腰を抜かして驚くような、ビッグスターだ!」

「本当だ……調べてみたら、こんなにページが……」

「うわっ、マジだ。実態は、あんななのに……何でそんな凄い奴が、このクラブにいるんだ?」

「本当、なんでなんだ?」

「知らない……勇輝が、連れて来た……」

「そうそう! あの、雨の日にな! 捨てられてるのを拾って来たとか言い出すから、猫かなんかかと思ったら、まさかのホモサピエンスだったんだよな! 拾ってきた奴にしては、妙に動けるなと思ったが……合点がいったよ」


どうにも嘘を吐いているようには、見えないが……俄には信じ難いな。


「写真とかないのかよ」

「あるぞ。ほら、ホームページにも掲載してある」


マジか……あの、丹羽虎狛が笑顔で仙波(姉)と一緒にサムズアップしてるよ。あぁ、だからか。批判コメに『嘘乙』とか『合成なのバレバレ』とか『必死過ぎ(笑)』とか、不可解なコメントが多いのは……


「この写真に、やましい所は無いんだな?」


一応、カマをかけてみる。今さっきまでの反応から鑑みれば、本当っぽいが……どう出るんだ?


「ご、ご、合成ー? な、何の話か、私にはさっぱりだー」


あれ、分かりやすいぞ? 何だその発汗は。おい、目を泳がすな。さっきとはまるで別人みたいに、尻尾を出してるぞ。語るに落ちるとはよく言うが、語る前に落ちてねぇか? 

匂わせただけで自白するとか、死ぬと予測したショックで死ぬマンボウみたいだ。


「姉……勘違い。美澄は……丹羽のことを言っている」

「丹羽? あ、あーそっち? だ、だと思ったよ。そっちそっち、そっちねー。ふー、良かった」


何だ、勘違い? もしかして……盛りに盛られた胸部の方か? 見えないフリしてるに、決まってるだろうが。一眼で気づいたぞ。


しかし、この偽造どうするつもりなんだ? まさか、問い詰められても『写真と実際の人物は細部や色合いが異なる場合が御座います』とか言わないよな……


「そんなに疑うなら、待ってれば良いだろ? どうせその内、来るんだから。ついでに、少し練習していけば良い。私の練習は飛び入り自由だぞ」

「練習着も、サポーターも……ある」


この二人と後、何十分か一緒にいなければならないと思うと気が滅入るが、丹羽虎狛と会えるのであれば、背に腹は変えられない。渋々、妹達に『遅くなる』という旨の連絡を送るのだった。


「待ってる間、暇だろ? 特別に秘蔵のビデオを見せてやる! 絶対に貸さないから、目に焼き付けておけよー」


肉を切って骨を断つとは言うが、このままされるがままだと致命傷を負わせられそうだった。なので、真壁達が速く帰ってくることを切に願うのだった。


「ただいまー」

「漸く帰って来たか真壁! 遅かったじゃねぇか!」

「うわ! ビックリした……心配してくれたの?」

「あぁ、勿論だろ!!」


主に俺の身をな!!

本当に危なかった。もう少し遅かったら、新境地が開ける所だった。


「で、あの丹羽虎狛はどこにいるんだ?」

「どの丹羽虎狛?」

「お前もか……お前もなのか!!」

「何が? 丹羽くんなら、美澄君の歓迎会の為に食材を買ってくるって言って、スーパーに行ってるよ」

「歓迎会?」

「深冬ちゃんから、美澄君がこのクラブに入ったってラインが来たから、それをお祝いしようと……違うの?」


違うと言いたい所なんだが、断る理由も……多分にあるな。


「はー……そうだよ。新しく入会してやった。喜べ」

「うん、喜ぶ。ありがとうね!」


ただあの場所が嫌いだっただけで、バレーが嫌いってわけじゃないしな。


「それじゃあ、丹羽君が帰ってくるまで少しパスしない?」

ここで断ったら、あの地獄が待っているだけだ。悩むまでもねぇ。


ということで、服を動き易い格好に着替えてストレッチをする。ここで手を抜いたって、良い結果には結びつかない。急がば近道を作れ、ぐらいの心のゆとりが必要だ。

身体が温まってきた所で、短い距離でオーバーパスをし始める。我武者羅に長い距離を豪快に飛ばすより、綺麗なフォームで短い距離を丁寧に持っていく方が大切だからだ。

しかし、こうして初めてパスを受けてみると、真壁から一種のぎこちなさを感じる。緊張と言うより、型を真似しようと必死で、それ以外に頭が回らないと言った感じだ。悪くない位置には来るが……試合には使えねぇな。手にも心にもゆとりが無い。まぁ総評すると、なんとかならないレベルじゃ無いって所だ。

それに、比べて俺のオーバーのなんと綺麗なことか……惚れ惚れする。

少し距離を開ける。予想通り、近くには来るけど何か物足りないレベルのボールしか、飛んでこない。本人は満足しているだろうが……見劣りしてしまうのも事実だ。

「これは、矯正が必要だな……」

そんな思いを胸に、画一的に繋いだパスは滞りなく続いていくのだった。



(うわー。美澄君、上手過ぎるなー)

経験者だとは思っていたけど、流石にこのレベルになってくると開いた口が塞がらなくなってくる。

基本姿勢、ボールへの入り、力の伝え方、完璧なリリース。どれか一つをとっても凡人のレベルを軽く超えていて、その磨き抜かれた所作は一種の芸術の様にも感じる。

ただ飛んできたボールを狙った位置に機械的に飛ばすだけ。その簡単な動作の中で、格差。才能なんかじゃ済ませれない、年季の差が窺えしれてしまう。普通じゃない。なにせ、比喩抜きで機械みたいな正確性なんだから。

同一の軌道、同一の速さ、同一の回転。相手を気遣う為だけに、研鑽されたそのパスはとても優しく親切な物で、こちらの巧拙に関わらず、全て忖度された玉だった。正直、鳥肌が立った。

(何万回と繰り返したんだろうな)

彼の手から解き放たれたボールは、生物のように手に吸い込んでくる。それなのに、俺の手を経由した生物は、忽ち輝きを失っていく。

何が違うのか、なんて聞けるのは初心者だけだ。見ていれば一眼で分かる、下地から体格から才能から全てが違う。強いて言うなら根本的に違うんだ。

(本当、呆れるほど遠いな……美澄君は)

その事実に、不敵な笑みを浮かべる。

そんな思いを胸に、強制的に続かされたパスはつつが無く終わりを迎えるのだった。



その終わりは、ブザーやホイッスルなど綺麗な物ではなく、女性の叫び声という、なんとも言えない幕切れだった。


「おい、真壁。今の声って……」

「うん、千秋姉ちゃんだね。深冬ちゃんは叫ばないし」

「……嫌に、冷静だな。心配じゃねぇのか?」

「ちょくちょく叫んでいるからねー」


変な安心のされ方だな。狼少年みたいだ。


疲れた身体に鼓舞をして、流れる汗をそのままに。リビングに出てみると、キッチンから乱痴気騒ぎが聞こえてくる。地下まで聞こえてくる声量とか、どんだけだよ。


呆れ返りながら、ダイニングを通りキッチンの中に入っていく。そこには、目を見張る光景が広がっていた。あの丹羽虎狛とそっくりな容姿をした中学生ぐらいの男が、厳重に何重にも縛られていたのだ。思わず二度見した。


「む、むむー」


丹羽(仮)もこちらに気づき、自分の痴態を隠そうとしているのかもがいている。残念なことに、口にも布が巻かれているため、その姿は酷く滑稽に見えてしまった。

噂話が独り歩きするなんてよくある話だ。理想は、あくまで理想。勝手な偶像とかけ離れた実像を見比べて落胆するなど、身勝手にも程がある。

実際なんてこんな物さ……と、傷ついた心を誤魔化すように自分に言い聞かせていたら、冷静な自分が問いかけてくる。

(噂の独り歩きにも、限度があるのでは?)

そうだ、火のない所に煙は立たない。モデルが無ければ、理想像なんて出来上がらないだろう。それに何より、俺がこの目で見たことを疑うのか? あの試合で見た冷静な試合運び。点を取る所ではきっちりと取り、守る所ではしっかりと守る。要所を見据えた、あの試合を俯瞰するような視線を忘れたのか? 

(第一この男は、あの『冷血漢』じゃねぇか)

そう言えば、真壁が雨の中拾ってきたとか言ってたよな。それに加えて、この知性の欠片感じない残念な姿。これはまさか……


「お前、記憶喪失でもしたのかよ」


余程驚いたのか目をまん丸くして……首を振り、否定の意を表した。そうだよな。そんな漫画みたいな展開、普通は起きねぇよな。俺が悪かったから、そんな目で見るなよ。


「千秋姉ちゃん。なんで丹羽君を縛ってるの? 解いてよ」


今の丹羽のあられもない姿を不憫に思ったのか、仙波(姉)に抗議する。


「だって…こいつが、料理するとか言い出したから……」

「何やってるの、千秋姉ちゃん。こんなのじゃ足りないよ、もっときつく縛らなきゃ」


その変わり身の速さに、今度は丹羽が抗議の声を上げる。勿論口を塞がれているので、何を言っているのかは不明なんだけどな。そもそも、抗議しているかさえ分からないんだから。


「ご飯、出来た……自信作」


3人で縛られた丹羽を無言で囲むという、奇妙な時間を過ごしていたら、仙波が満面の笑みで告げてきた。そういや、なんで成人しているであろう人物を差し置いて、仙波が飯を作ってるんだ? 仙波(姉)の方を向くと、何も聞くなとばかりに睨んできた。まぁ……そういうことなんだな。


5人分の料理が配膳された食卓につく。丹羽は椅子に座らされるまでずっと縛られていたが、やっと解放されたのか痺れた手足を回している。すると、俺が見ているのに気づいたのか、不満げに一言、『遅い』と言ってきた。

なんのことかさっぱりだったが、それ以上会話する気も無いのか目の前の料理に夢中だったので、気にすることでも無いな。


「なぁ、聞いてもいいか?」


食事とあってか流石の仙波(姉)も静かになっていたので、丁度いいから今まで溜まってた疑問を解消することにした。


「なんだ? 何でも聞いて良いぞ」

では、お言葉に甘えて。


「まず、丹羽虎狛。お前の兄は今、どこで何をしている?」

「海外でバレーしている」

「バレーしてるのか!? 辞めたんじゃなくて?」

「なんで? 見合うセッターがいないからって、海外に飛んで行った。向こうでも元気に続けてる」


そう言って、ガラケーを見せてきた。そこに写っていた写真には、確かにあの丹羽獅童が外国人と仲良さげに肩を組んでいて、手にはしっかりとバレーボールが握られていた。浮いてる。

なんだ、あの天才はバレーを続けてたのか。少し安心する。ただこれで、こいつが本物の丹羽虎狛ということが、立証されてしまったんだけどな。信じて無かったわけじゃねぇが……どうにも、現実とは思えねぇ。


「じゃあ、なんでお前はこんな場所にいるんだ」


『こんな場所とは、なんだ!』って声が聞こえてくるが無視する。今、構ってる暇は無い。


「それは、美澄がいるから」


は? 俺? 何で?


「知り合いだったのか?」

「いや、初対面のはずだが……」

「初めて見たときから気になってた。だから、ここにいる」

「……え? それって……告白?」


おい、そこの成人。鼻息を荒くするな。


「初めて見たときから、綺麗だと思ってた。試合して、より一層興味を持った」

「え? 誰が?」


おい、真壁。なんだその驚いた顔は。怒るぞ。


「あんな一方的な試合、お前は覚えてるのか?」

「うん。楽しかったから」

「………あっそ」

「あれ? 美澄君、喜んでるの?」

「……喜んでなんかねぇよ」

「姉さん……しっかりして。早くご飯……食べて」


知らぬ間に妄想を掻き立てさせてしまったらしい。あの人はもう駄目だな。


「そう言えば、丹羽君。買い物に結構時間かけたんだね」

「うん。美澄が来るって言うから、2時間半ぐらいかけた」

「? 部活は休んだのかよ」

「部活は辞めた。意味が無かったから」


は? 今こいつ、なんて言った?

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