為虎添翼
「あれ? お前が俺を呼び出したんだよな?」
「ん、そう」
「告白するために、呼び出したんだよな?」
「ん、そう」
「なら今さっきの発言は、おかしくないか?」
「ん、そう?」
駄目だ、会話にならねぇ。AIでも、もうちょい友好的だぞ。
「……勇輝に聞いた。美澄…今は、フリー…….違う?」
問いかけと言うより、懇願と言ったイントネーションで、仙波が迫ってきた。
え? やっぱり告白? 頂点って、カップルの頂点?
「私は、あなたが……欲しい」
上目遣いに、恥ずかしそうに、甘い声で追い詰めてくる。
「……もし、良かったら」
そこで言葉を止め、決意したような顔でーー
「私の家に……来て」
是非などあるはずも無かった。
「ここが、私の家……上がって」
「あ、ああ」
中学校から、徒歩10分。住宅街を抜け、薬局とコンビ二の間の路地裏を通った先に、彼女の自宅はあった。
左手には行き止まり、畑が広がってた。右手には車一台ギリ通れるかってぐらいの細い道が続いていて、何軒かの住宅があり、その先に、大通りへと戻る道があるみたいだ。前までは、右手にも2つほど家が並んでいて、大通りへと出る道もそっちにあった。だが、どちらも取り壊されて、畑の土地が広がった。すると、ここぞとばかりに、その道に隣接していたラーメン店が敷地を広げ、その道があったスペースを駐車場に変えた……とか、何とか理由がありそうな立地だ。要するに、不便ってことだな。
外装は普通の一軒家って感じがする。別段、庭が広いってわけでもないし。ありふれた一般家庭って感じだな。内装は二階建ての2LDKって感じの。
「じゃあ、脱いで」
「…….は? ここで!?」
彼女の爆弾発言に驚いて、思わず聞き返してしまう。
「……ここ以外で、どこで脱ぐの」
すると彼女は、さも当然とばかりか、変な物を見るような目で尋ね返してくる。
脱衣所じゃないのか? ここは玄関兼、脱衣所なのか?
不可解な点はたくさんあるものの、言われた通り服を脱ごうとズボンに手を掛け……
「何してんの!!」
顔を真っ赤にした彼女に、怒鳴られた後、思いっきり右腿の横側を蹴られた。
「パワハラかよ!!」
「セクハラだよ!!」
いつもとはかけ離れた口調で、声を荒げている。なんだ? タブーを犯したのか? 脱ぎ方にルールがあるとか? そんな家庭ルール知らねぇよ。なんだ? シャツから脱げば良かったのか? 靴下から脱げば……ああ!!
「脱げって、靴のことかよ!!」
「それ以外に、何があるの!!」
今思えば、当然のことだ。普通玄関で脱げって言われれば、誰だって靴を脱ぐだろう。アメあげる、と言われて口を開けて上を見上げるやつが、この世界のどこに居るんだ。
ここで逆ギレして、『主語を明確にしろよ!』とか宣ったら、『は? 文脈の前後から察知することもできないの? 小学生からやり直したら?』ぐらいの毒舌を……キャラじゃないか。だが、似たニュアンスのことを言われるのは必至。
ここは素直に、謝るか。
「本当、信じられ「悪い、勘違いしちまった」……え?」
急に彼女は、信じられない物を見るような目つきで、まじまじと観察してくる。
「何だよ」
「……驚いた。謝ること……できたんだ」
「それって、キャラ付け?」
また蹴られた。見た目にそぐいてバイオレンスだ。
「違う……叫ぶのは、疲れる……」
と、本当に疲れているような満身創痍な顔で、息を整えながら愚痴ってくる。
「で、何で俺が謝ったことに、そんな驚いたんだよ」
「いつも、子供みたい……だから」
「喧嘩売ってんのか?」
「じゃあ何で、加藤に……謝らないの?」
若干、言い澱んだのか少し間を開けて……いつも通りだな。
「は? 何で俺が謝る必要あんだよ? 悪いことしてねぇだろ?」
「ない……でも、逆らうと…教室で立場、悪くなる。それでも……頑なに、歩み寄ろうとしない姿勢……理不尽を嫌う、子供みたい」
「別に良いだろ、子供なんだから。それに、それを言ったらお前も、同じじゃねぇか」
その言葉に心底驚いたのか、珍しく目を見開いてくる。
「私は…違う……狡い大人だから」
「………」
「………」
痛々しいほどの沈黙に、包まれる。逃げ出したい。
「早く、上がって……」
彼女もそう感じていたのか、話を切り上げて催促してくる。彼女なりの気遣いなのだろう。それに甘えて、靴を脱いで玄関に上がる。
「後……これに、履き替えて」
そう言って差し出されたのは、ヴァッシュだった。
「これは、そう言う家訓なのか?」
「ん?……そう」
何とも了承し難いのだが、家訓と言われれば仕方ない。めんどくさいが、きちんと靴紐を縛ってフィットさせる。運動靴は適当でも構わないけど、ヴァッシュは窮屈になるぐらいに足を締めないと気持ち悪い。サイズは意外にもピッタリだった。デザインも無骨で、結構好きだ。欲しいな、これ。
「やっぱり……似てる」
「何が?」
「……何でも」
一人で勝手に納得した後、待ってられないとばかりに先々進んで行く。
部屋にでも行くのだろうか、と淡い希望を胸に階段を下って行く。そう、下っているのだ。
「地下室か、シェルターか、秘密基地かでもあるのか?」
「……違う」
ふーん、防空壕とかかな?
なんて誤魔化しているが、実際この下に何があるのかは、十中八九検討が付いている。
「着いた、この先」
そう言って彼女は厳重な扉に手を掛けた。
仙波深冬の頂点を取ろう発言に、真壁勇輝という名前。ここまでで、大体分かっていた。あれが、告白とはかけ離れていたこと。だが、まだ望みは捨ててなかった。1%もの確率に賭けていた。でも、もう消えた。この家の地下にあるのは、おそらくーー
「ようこそ、『NODUS』へーー
そこには、予想通りと言うべきか予想に反してと言うべきか、悩む光景が広がっていた。
立派なバレーボールコート、そこにネットを点検しているであろう軍服の女性。成る程、これが不協和音なんだな。
ドンッ!!
「え? 仙波?」
「ごめん……不審者、入り込んでた。追い出すから……待ってて」
「不審者? 身内じゃないのか」
「心外。紛うごと無き、不法侵入」
そうなのか? 扉の向こうから深冬ーって、お前の名前を呼ぶ声が聞こえてくるんだが、これは空耳なんだな?
「ん、そう。良い耳鼻科……紹介する」
思考を読んだと言うより経験を積んだ彼女が、扉を押さえながら、気の所為、もしくは樹の精だと言わんばかりに、聞こえてくる怨嗟の声から、目を。いや、耳をそらせと強要してくる。
だが所詮は中学生。大人と子供の力が拮抗するはずもなく、努力のあえなく容易く扉は決壊した。
「冷たいじゃないか、深冬ー。折角、私が準備してたのに。口上まで用意してたんだぞ?」
「我ながら……英断、だった」
「何をー!」
軍服を着た大学生くらいの女性は、こちらに見向きもせずに仙波とイチャつき始めた。姉妹だろうか? 見た限りでは、仙波とは真逆な性格の美人だ。まぁ残念なことに、発育は同程度
「おい。溶かすぞ」
そこに含まれていたのは、純然たる殺意。今さっきのフワフワした雰囲気は何処へやら、今となってはこっちの魂をフワフワさせそうな濃密な怒気を、ひしひしと感じる。
「ゴメンナサイ」
選択の余地はない。怒っている女性に対して、誠意を見せる以外のコマンドは存在しない。妹達で予習済みだ。
「舐められたもんだなー。私の身体は、そんな薄っぺらい謝罪一つで済むほど安くはないぞ」
「……薄っぺらさなら、コールド負けだよ」
軍服を着た女が不意にその右手を、俺の左腕と横腹の間に入れてくる。そこから入れた腕をこっちの肩に置き、こっちの左手を彼女の首の位置まで腕を使って押し上げる。彼女の行動に疑問に思ったのも束の間、その肩に置いた手を一気に下へと下げーー俺の身体は前屈をした姿勢に左手を上げた状態で封じられた。驚くことに、この間0.5秒。痛くは無いが、相手を制圧するだけなら恐るべき効力だ。身動き一つ取れないんだから。
「今だ深冬。この礼節を欠いた男に制裁を」
「これは、美澄が悪い……甘んじて……受け入れて」
「おい、待て。何を見せようとしている」
「男と男が、愛を育む……動画。姉の趣味……」
「おい! これでは、褒美じゃないか!!」
「誠に申し訳ございませんでした! 以後、このようなことがないよう深く注意致しますので、何卒、ご容赦を!!」
「貴様! 衆道を愚弄するのか!!」
こいつらは悪魔か!? 待て、動画は止めろ!
「頼むから、左耳の近くには持って来るなー!!」
酷い拷問だった。精神的苦痛に心が折れる寸前だったぞ。
だが耐えた。1時間丸々、『男同士でこんな……』とか『正直になれよ。気持ち良いんだろ?』とか、そんな掛け合いが続いていたが、それでも耐え切った。
見終わった後に、『どうだ? お前はどっちの攻めが興奮したんだ? 恥ずかしがらずに言ってみろ』と感想を求められたが、手を出すことも口汚く罵ることもなく、耐え切ったのだ。
「それで、君は一体誰なんだ? 彼氏と言うわけでも無いんだろう?」
身動き取れない状況でのBL攻めという、わけわからん状況に立たされた後、俺はリビングでもてなしを受けていた。先程の苦境も相まって、今の幸福を噛み締めていると、藪から棒に、彼女が威圧気味に尋ねてきた。どうでもいいが、一人称の定まらない人だな。
これは仙波の口から話すべきだろうと言うことで、仙波へとアイコンタクトを送る。向かいの彼女からの威圧感が増した気がするが、気の所為だろう。
「姉上…この人は、美澄……なんとか。期待の……超新星」
「ふむ。貴君が勇輝の言っていた、美澄……なんとかか。私は監督の仙波 千秋だ。ようこそ、『NODUS』へ、歓迎するぞ」
「美澄颯だ。歓迎する気0だろ」
しかし、『NODUS』ね。そんなクラブチームがこの街にあったなんてな。越したばっかりだったから知らなかった。
「メンバーは何人いるんだ?」
クラブチームだ。あの地下にもネットを2つは立てれる広さがあったし、少なくとも20人は無いだろう。
「…………ゴニョゴニョ」
「は、聞こえないんだが?」
妹の真似をする必要は無いだろう?
「2人」
おいおい。今度はお前がはっきり言う……は?
「冗談にしても笑えないんですが」
「冗談は嫌い。事実」
「……募集はかけてるよな?」
「勿論だ。ホームページも作った。綺麗な器具や自由な練習環境、最高の指導者、果てには美味い夕飯も食べれると、様々な点をPRしたんだぞ。それなのに、誰一人として希望者がいなかったんだよ」
「最高の指導者? 自分でそれを書いたのかよ」
「夕飯? そんなの……聞いてない」
「そ、そんなことはどうでも良いだろ!! 問題は、誰一人として志願する奴が出て来ない。ということだ!!」
「その性格じゃないんですか?」
「違う! 見学にすら、来ないんだぞ」
「知り合いに声は?」
「深冬や勇輝に頑張ってもらってはいるのだが……あまり、芳しくはない」
知り合いという知り合いが、少なそうだもんな。
「もう一人の方は?」
「あいつは……まぁ」
「うん……察して」
「非協力的なのか?」
「そんなこともないんだが……なぁ」
「うん……察して」
俺は一体、何を察すれば良いんだろうか?
「ん? 何だこれ。あんたら、一体何をしたんだよ!」
「急に何だ、何の話だ?」
「お前ら、エゴサーチとかしないのかよ?」
「エゴサーチ……楽しいの?」
「自分で自分のことを調べる行為。これを見て楽しめるなら、相当な被虐性淫乱症だな」
そこには、『NODUS』の公式ホームページが目を霞むほど、『NODUS』に対する批判的なサイトがびっしりと並んでいた。『NODUS』と押したら次に『クソ』とか『ゴミ』とか出てくるほどには嫌われているみたいだ。
「何だこれは!! 好き勝手に言われ放題じゃないか!!」
「多分あれ。無理やりに他のクラブから、引き抜いたから」
「心当たりがあるのか?」
「うん。大いにある」
「引き抜いた? それだけのことで?」
「理由まではわからない。でも、原因は……それしかない」
「引き抜いたって、もう一人のメンバーの?」
「あぁ、名前は……何だっけ?」
「履歴書ならある」
何でだよ。
「よくわからないけど……凄い記録を出した……らしい」
履歴書の意味。
「名前は……丹羽「虎狛!?」……知り合い?」
「このクラブ、丹羽虎狛がいるのか!?」
「うん。それが?」
「それが? じゃねぇよ! まさか、丹羽虎狛を知らないのか!?」
「「うん。誰?」」
「『伏見の乱獅子』丹羽 獅童の弟だ」
「「うん。誰?」」
こいつら、まじか。