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81㎡  作者: たいやき
1/3

嚆矢濫觴

跳ねたボールの残響がどこか遠くに聞こえてくる。

なんてことはない、自軍のコートへボールが落ちた音だった。


つまらないミスだ。コートの後方にまあまあの速さで切り込まれたサーブを、バックレフトとバックセンターがお見合いをして、易々とコートに落としてしまった。


あまりに初歩的なそのミスは、何度練習しても改善されることなく、先延ばしにされ続けた結果。つまり、日々の練習の成果という奴なのだろう。


声を出せ。そんな簡単なこともできない奴らがレギュラーだったんだ。どうせ遊びだったんだろう。


隣で大声で泣いている奴がいる。男子のくせに情けないな。大体この試合のどこに泣けるシーンがあったというのか。先輩方が2年半、汗水垂らして頑張り続けた結果だ。それが例え、地区予選一回戦負けでも誇らしいことじゃないか。


それに、手に汗握る接戦だったわけでもない。1セット目が取りきれなかった時点で、こっちのチームは意気消沈してたし、盛り上げる奴は誰もいなかった。いたとしても、応える奴はいなかっただろうけど。

その時点で、勝敗は見えていた。応援も一人を除いて、その場にただいるだけだったし。


というより応援、顧問の方をチラチラ見てんじゃなぇ。顧問もそんな、悩んだ風な顔をすんな。労おうか叱ろうかで迷ってんじゃねぇよ。どうせ誰も話なんか聞いてねぇんだから……一人を除いて。


ま、コート内の空間に目も当てられないって言うなら、俺も同感だけどよ。

険悪を絵に描いたような雰囲気だ。コート内の四人がお見合いをした二人に全責任を擦りつけて、当の二人はお互いに、お前のせいだと言わんばかりの非難の目をぶつけ合っている。


チームとはかけ離れたその光景に思わず、笑みが溢れる。隣でおとなしくってか興味なさげに試合を観戦してた奴に、気持ち悪い者でも見るような目を向けられた。

相手を見下す、見飽きた目線だ。本当、ムカつく。


なんで俺、こんな部活にいるんだろうな。


意味のない、練習という名を借りた遊びを繰り返して、誰も上手くなろうともせず、ただ三年間、部活動に励んだという事実が欲しいだけの連中と三年間、無為に過ごすぐらいなら、こんな部活辞めた方がマシだ。


試合が終了した後に、声もかけ合わず目も合わせようともしない、冷え切った六人の姿や、今日試合が終わったおかげで休みになった明日の予定を、笑顔で話し合う一年との温度差に、笑いが込み上げてくる。


この足並みの悪さが、負けるための秘訣なのか?

なら一生やってろよ、雑魚どもが。



「ただいまー」

「お帰りーー!! 兄様ーー!!」

「お帰りなさい、お兄様」

二人の天使が迎えに来た。この先が天国でも本望だな。

「兄様、試合どうだった? 勝てた? 優勝した?」

次女、あかりの無邪気な笑顔が、痛いほど胸に突き刺さる。あのチームが優勝するなんて、ロイ・サリヴァンも霞むほどの奇跡だろう。

「そんなわけねぇだろ。内のチームなら、例えベスト8に入れたって大健勝なんだぜ」

実際は、初戦敗退なんだけどな。所詮、そんな弱小チームなんだよ。優勝なんて夢物語、寝言でも語るのを憚られるよ。

「……もしかして、お兄様。部活を辞めるおつもりなんですか?」

その発言に、否が応でも顔を顰めてしまう。

「どうしてそう思うんだよ」

「あまり悔しそうに、しておりませんでしたので」

「そうか? でも、別に不思議じゃねぇだろ。バレーボールの実績も無い内みたいな無名校が、良い成績を残せるだなんて、自惚れはしねぇよ」

「いいえ、それは違いますよ。お兄様はいつだって、勝つためにバレーボールをしておられましたから。勝てない勝負を楽しめるほど、お兄様は大人では無いです。ね、灯」

のぞみ、俺は今、貶されているのか?」

「兄様は、子供っぽいからねー」

「お前には言われたくねぇ。まぁ、さっきの話だが……希の言う通り、バレー部からは退部しようと思ってるよ」

「宜しいのですか? あんなにバレーがお好きだったのに」

「勿論バレーは好きだ。だからこそ辞めるのさ。これ以上あそこにいたら、バレーを嫌いになる」

「ふーん、勿体ないね。あんなにバレーが上手なのに」

「だろ? 俺がバレーから退くなんて、世界的に見ても重大な損失だからな」

「そう言う所が子供っぽいんですよ。彩夏さんも言っていました」

「遠藤は今、関係ないだろ」

「じゃあ、もう部活には入らないの?」

「ああ、お前らもいるしな」

「別に、お気になさらずとも……」

「駄目だよ。希ちゃんは、あんなことがあったんだから」

「ま、ということで、明日からは早めに帰れるようになったから。喜べお前ら!」

「はい。とても嬉しく思います」

「うん! もっと一緒にいられるんだよね!!」

「お、おう」

なんだお前ら、その笑顔は。金が取れるぞ。


〜3時間後〜


テレテレテテーン テレテレテン


「うん? 客か?」

「私が出ようか? 疲れてるでしょ」

「いや俺が出る。どうせ勧誘かなんかだろう」


ガチャ


「どちら……って、真壁か。なんでここにいんだよ」

「連絡を伝えに来たんだよ。今日、三年生のお疲れ様会をやるからって」

「それだけのことを伝える為に、わざわざ家まで来たのか? なんで?」

「なんでって、美澄君がラインのグループに入ってないからだよ?」

は? 何だそれ?

「あ、美澄君。スマホ持ってるよね? 前、持ってきてたでしょ。交換しようよライン。連絡に色々と不便だからさ」

ちょっと待て、こいつ馬鹿か? 俺が未だにグループに入ってないことから、部活の奴らが俺をハブる気満々だって気づかないのか?

「スマホ今、充電中? なら、お疲れ様会の予定だけでも」

「ちょっと待て、真壁。お前がここに来た理由はわかった。なら場所は? どうやってこの家を?」

「どうやってって……職員室にいた先生に聞いたんだよ」

『それ以外にどんな方法があるの?』とでも言いたげな顔で、さも当然のように言い放ちやがった。

阿保だ。マジモンの阿保だ。こいつは、今日車で来てた。なのに、ドアの向こうにはあいつの自転車が置いてある。つまり、一度家に帰った後、学校へ自転車で行き、そのままこの家にやってきと。

初めて見た、ここまで馬鹿真面目な野郎は。

「一つ、忠告してやる。お前みたいなお人好しは社会に出て、絶対に損するタイプの人間なんだよ。分かったら、俺のことはほっといて、さっさと家に帰れ」

「いや、帰らないよ? まだ、伝えれてないから」

こいつ!! 話を聞いてんのか!?

「別に俺には関係ない話だ。部活辞めるつもりだからな」

大体、慰労する相手もいねぇじゃねぇか。

「え? 部活辞めるの? あんなに上手なのに?」

………は?

「だって、経験者でしょ? バレーボール」

「お前、なんでそれを!!」

「壁打ちのフォーム、とっても似てたから」

言葉に詰まってしまう。なんなんだコイツは、俺のことが好きなのか?

「そっかー、辞めるのか。残念だけど、しょうがないね」

急に淡白になった真壁の態度に、気が動転してしまう。

「お、おい! 引き止めたり、しないのか」

普段なら絶対出ない台詞に、我がことながら寒気がしてくる。撤回しようとしたその矢先、真壁に意趣返しされた。

「バレー馬鹿には、何を言っても無駄だからね」

「なんなんだよ、あいつは……」

去っていく真壁の背を見送りながら、呆けたように、その場に止まることしかできなかった。


「兄様お帰りー。随分としつこい勧誘だったんだね」

「より、タチが悪かったよ」



明後日、俺は朝練をサボり、遅々とした動きで学校に登校した。そのまま職員室に赴き、流れるように退部届けを提出する。顧問も引き留めようとはしていたが、最終的に退部することを許諾された。やっと、肩の荷が一つ降りたな。


結局今日は、一日中授業に身が入らなかった。まだ気持ちの整理ができていないのか。別に、一生バレーができなくなったわけでもないし、バレーボールをやるだけなら部活である必要もないしな。だからと言って、すぐに割り切れるものでは無い。

時間が唯一の特効薬と言うが、完治する兆しも見えずに、ただただ無為に一日を過ごすだけだった。


授業も終わり、終礼も済んで、意気揚々と家に帰ろうとすると、か細くもか弱い声に引き留められた。

「……美澄、プリント……出して無いでしょ」

仙波せんば 深冬みふゆ

肩まで届くセミロングで色素の薄い茶髪の髪。人形を思わせるきめ細やかで真っ白な綺麗な肌。未発達な背丈や体型は隠された庇護欲に保護欲を強制的に発掘させる魔性の魅力を秘めている。とは、誰の弁だったか。佐竹か。


「……早く出してよ、プリント」

「悪いな。えーっと……これか」

「ん。次は……ちゃんと出して」

こんな奴が人気あるんだよな……ほら、来た来た。

「深冬ちゃんはやっさしいなー。こんな奴ほっときゃ良いのに」

「……名前、呼ばないで……迷惑」

「かったいこと言うなよー、深冬ちゃん。俺らの仲だろ?」

「触らないで」

「何だよー、照れてんのか? おい、どこ行くんだよー」

「避けられてるのもわからねぇのかよ」

身体が浮く。胸倉を掴まれてしまった。

「なぁ、お前さー。なんでまだ学校来てんの? つか、なんでまだ生きてんの? 生き恥晒して、恥ずかしくねぇの?」

恥ずかしい奴に、恥ずかしくないのかなんて言われてもなー。ギャグとしか思えねぇよ。

「うわー、ダンマリとか白けるわー」

「あっそ、じゃあ……生き恥晒して、恥ずかしくねぇの?」

右足が振り抜かれる。流石サッカー部の次期エース様、サッカーの練習に余念がないんですね。

「あのさー、身の程弁えてくれないかなー。やられ役は黙ってろよ。な?」

「………」

もう一度、胸倉を掴まれる。なら、どうすりゃ良んだよ。

「加藤、そろそろ行こうぜ。サッカー部に遅刻する」

「チッ、興が冷めたわ。つまんねーな、お前」

お前よりは、遥かにマシだわ。


「よし、帰ろ!」

朝よりも何倍も軽い足取りで、意気軒昂に階段を降り、昇降口を通り、校門を抜け出る。


はずだった……


「なんなんだよ、これ……」

その手には、真っ白で何の変哲も無い横型の封筒が握られていた。流麗で達筆な文字で《はやて君へ》と書かれ、ご丁寧に可愛らしいシールで封をされた中身には、果たして、女の子が好きそうな可愛い色や模様の便箋が入っていた。

そこには、《放課後、二階の空き教室で待っています》と、封筒の文字と同じような字体で、綴られていて……

どこからどう見ても、紛うことなきラブレターだった。


「今どき、下駄箱に手紙って……」

そんな風に茶化してしまうが、彼の体は非常に正直だった。

顔は耳まで真っ赤っかになって、無意識に生唾を飲み込んでいる。既に握られた手紙はふやけていた。

いくら大人びた振りをしようが、彼は真っ当で純粋な中学生なのである。バレンタインデーに本命のチョコを貰ったことも無いのだから、いきなりのラブレターに耐性が無いのも至極当然と言えた。

「三階の空き教室か……」

樹の脳内はラブレターのことでいっぱいになっていた。そして一抹の期待と不安を共に、先程降りてきた階段を再び昇っていくのだった。


この校舎は、一階に一年生の教室と二年生の教室の半分を、二階に二年生のもう半分と三年生の教室を配置しており、三階には専ら、音楽室や美術室など実技の授業で使う教室が配置されている。

普段なら、騒がしい喧騒や笑い声に包まれている渡り廊下も今となっては、未だに教室に残っている物好きどもの話し声や、上の階から響いてくる楽器の音しか聞こえてこない。

その廊下を更に進んで行けば、音は次第にどこか遠くに聞こえ、いつしか静寂に包まれていた。


「ここか……」

息を整える。鼓動は未だに高鳴り続けているが、抑える術を知らないのでどうすることもできない。要するに、完全にお手上げだった。

未体験で初体験。それは今までのどんな体験よりも、緊張という名を借りて、彼のメンタルを削り取っていた。

それでも意を決して、震える右手を必死に抑え、ドアを開ける。

そこに、待っていたのは……


「仙波……」

小柄で可愛らしい、見知った女の子だった。


「……来てくれたんだ、嬉しい」

その鉄面皮をわずかに朱く染めながら、優しく微笑みかけてくる。

この状況で頬を上気させる意味を悟れないほど彼は鈍くは無かったし、何よりあの仙波深冬が笑ったのだ。彼女からの好意はもう既に、彼の中で明確な物になっていた。

そして彼は、悲しいまでに初心だった。

今まで興味が無かった相手から好意を向けられたら、こちらも意識せざるおえなくなる。更に言えば、今まで冷たく当たられていた相手の急な笑顔。その特別性。

ギャップにやられてしまうのも、想像に難くは無い。彼を責めるのは、酷と言う物だろう。


「……笑わないで……聞いて」

彼の心は揺れていた。強引に押されたら、『はい、喜んで!!』と、言ってしまいそうになるほど、彼の心は揺さぶられていたのだ。


「美澄……もし、良かったら…私と……」

先走った脈動が、先へ先へと、言葉の続きを促している。


「付き合って……」

告白は受ける方も大変だな、と纏まらない思考でぼんやりと考える。そして、その続く言葉にーー


「頂点……目指さない?」

一気に思考を、凍結刺せられるのだった。


「……は?」

その問いかけとも取れる有声音は、誰にも届くことは無く、二人しかいない教室へと消えていった。

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