第一場
*この作品の読み方*
小説になっていますが、これは舞台演劇用の脚本になります。
なので、基本的に地の文などがほとんどありません。あくまでも、会話を楽しんでいただく、演劇をイメージして楽しんでいただくものになっております。
ご了承の上、お楽しみくださいませ。
長靴を履いた猫
第一場
(ナイト、登場。舞台中央に立ち、一礼して観客に向かって語り始める。)
ナイト 「 昔、あるところに、一人の粉屋がいました。息子が三人あって、持ち物は粉をひく為の風車小屋に、荷物を運ぶ為のロバ、それにオス猫一匹でした(自分を指差して、そのオス猫が自分であることを示す)。さて、粉屋は死んで、息子たちは遺産を分けることになりました。まず長男が風車、次男がロバ。すると末っ子には猫しか……」
(話の途中で二人の兄が登場し、末っ子が後を追って登場。ナイトは舞台のすみで普通の猫のフリをする)
長男「ウィリアム、母さんに続き、父さんも死んだ。俺たちは父さんに言われた通り、遺産を分けた。俺たちは二人で粉屋をやっていく。お前はその猫と何処へでも行き、好きなように生きていくがいい。」
ウィリアム(以下ウィル)「出て行けって言うこと?なんで僕だけ…」
長男「(ウィルの言葉を遮って)すべて父さんの言った通りだ。」
次男「そうだ。俺たちは父さんに言われた通りにしただけだ。」
ウィル「でも出て行けなんて」
長男「お前に粉屋ができるのか?」
次男「いや、お前は駄目だ。何もちゃんとできない上に、余計なことを言いすぎる。」
ウィル「余計なことって」
長男「忘れたのか?母さんが死ぬ前、お前はなんて言った?
『もし僕が王様なら、どんなことをしてでも母さんを助けてあげるのに』
よくそんなことが言えたな!生まれてからずっと、母さんに迷惑ばっかりかけていたのはお前だろう?赤ん坊の頃から体が弱くて、やれ風邪を引いた熱を出した、吐いた下したとそのたびに大騒ぎだ。少し大きくなっても、暗いのが怖いから一人で眠れないとか、寂しいからそばにいて抱っこして欲しいとか、いつも甘えたことばかり言って、母さんを独り占めにして。」
次男「おれたちはお前みたいに母さんに甘えたことはないよ。小さい時から粉屋の仕事を手伝って父さんと母さんを助けてきたんだ。お前のような『泣き虫の弱虫の役立たず』とは違うんだよ。」
ウィル「でも、だからって僕だけ…」
長男「(ウィルの言葉を遮って)お前は父さんが死ぬ前だって、『父さんは何のために生まれてきたの』とか言って、父さんを苦しめただろう?もうベッドから起き上がることもできない父さんに!父さんはちゃんと粉屋をやってきたんだよ!それでいいじゃないか?お前のようなヤツにつべこべ言われる筋合いはないんだ!」
次男「全く何様のつもりだよ。偉そうに。」
ウィル「だって、僕はそんなつもりじゃ」
長男「(さえぎって)もういい。なにも聞きたくない。」
次男「わかったか?話は終わりだ。」
(長男と次男、行こうとする。)
ウィル「待って、それじゃ僕はこれから一人で生きていくの?」
長男「一人じゃないぞ。」
次男「ほら、そこにお前の猫がいる。」
(ウィル、呆然と猫を見る。)
長男「これ以上、なにも言うことはない!」
(追いかけるウィルを突き飛ばし、長男と次男、退場。ウィルは突き飛ばされたまま、呆然と座っている。ナイト、ウィルに近づく。)
ナイト「ウィル!ウィル!」
ウィル「僕をウィルって呼んだのは母さんだけだった。…母さんはもういない。」
ナイト「ええ、お母様はもういません。深い夜の向こう、夜明けの前の世界に、一足先に旅立たれましたからね。けれどウィル、私が、あなたのナイトがここにおります。あなたは私の黒い毛皮を青い目を見ておっしゃいましたね?『日が暮れてすぐの空の色、透き通った夜のはじまりの色だ。』と。それこそが今の私の名前、あなたは私の名付け親。私、ナイトはあなたに遺産として与えられ、共に歩む者であります。」
ウィル「だれだろう、僕を呼ぶのは。もしかしたら母さんが呼んでるのかな。ウィル、こっちへいらっしゃい、もう地上にお前のいる場所はないからって。」
ナイト「いいえ、お母様ではありません。」
ウィル「じゃあ誰?」
ナイト「あなたのナイトでございます。」
ウィル「まさかあ。ナイトは猫だもの。ニャーって言うだけさ。」
ナイト「そうでしょうか?」
ウィル「そうだよ。」
ナイト「ウィル、私を見てください」
ウィル「私って誰」
ナイト「あなたのナイトでございます。」
ウィル「まさか。ナイトは猫…」
ナイト「(ウィルの言葉を遮って)いいからこっちを向きなさい!」
ウィル「………ナイト、……お前、ナイトじゃないか!?喋れるのか?先刻から僕のこと呼んでた?お前が…」
ナイト「気付いて下さって嬉しゅうございます。そのまさかのナイトでございます。」
ウィル「だって、猫が喋るなんて……」
ナイト「ええ、ええ、そう言うんじゃないかと思いましたよ。猫が喋れるわけがない。人と同じ心や知恵を持つわけがない。へっ。それでこう続けるおつもりでしょうか?兄さん達は風車とロバを一緒にすれば、粉屋をやって生きていける。でも猫じゃあどうにもならない!」
ウィル「うん。だって猫だもの。猫は猫さ。」
ナイト「全く人間らしい世界の解釈ですな!でもウィル、信じてもいいのではないですか?実際私はあなたの目の前にいて、こうして話をしているのですから。」
ウィル「信じる?」
ナイト「いかにも。」
ウィル「ナイトはここにいる、僕と話している……それで?」
ナイト「それで、とは?」
ウィル「それでどうなるの?もうなにもないんだ。何も。」
ナイト「何もないってことはないでしょう。そもそもあなたはどうしたいのですか?」
ウィル「どうしたいって?」
ナイト「これから、です。」
ウィル「これから?」
ナイト「そう。」
ウィル「わからない。」
ナイト「どのあたりが?」
ウィル「何もかも。わからない。」
ナイト「どういうことです?」
ウィル「………母さんは死んだ。父さんも死んだ。」
ナイト「はあ。」
ウィル「人はいつか誰でも死ぬ。それはわかってる。」
ナイト「ええ、猫もね。」
ウィル「でも、母さんは幸せだったのかな。父さんは、何のために生まれてきたのかな。」
ナイト「それで、『もし僕が王様なら』と?」
ウィル「元気になって、幸せになって欲しかった。でも、何が母さんの幸せだったんだろう。」
ナイト「それが、わからない?」
ウィル「うん。父さんだってそうだ。ただ、働くばっかりで……。働かなきゃ食べていけない。食べていけないってことは、死ぬってことだ。でも、何も考えずに食べて、生きて、それで?」
ナイト「二人ともお亡くなりになりましたね。しかも大した悲劇ってわけでもなさそうだ。生まれてきたものは、遅かれ早かれみんな死ぬんですから。」
ウィル「僕は母さん達に何もしてやれなかった。気がついたら、二人はもうどこにもいなくて、僕はただ自分が、兄さん達の言う通りの『泣き虫の弱虫の役立たず』だってわかっただけだった。」
ナイト「はあ?何がわかったって?」
ウィル「だから、僕が……(泣き虫の、と続けようとする)」
ナイト「(大声で笑って)ねえ、ウィル。まさかお兄さん達の言うことを真に受けるおつもりで?大体ね、先に生まれた者があとから生まれてきた幼い者を責めるなんて簡単なんですよ。実に大人気ない。少しでも心あるものなら、優しい言葉をかけることも、足りないところを助けてあげることも、信じて待つこともできるのではないですか?ま、そういうわけにもいかないんでしょうな。彼らは彼らなりの恐怖に満ちた世界で、なんとか生き延びようとしたんでしょうから。その世界ではね、ウィル、あなたを『泣き虫の弱虫の役立たず』ってことにしておいた方が都合がいいんですよ。それだけのことです。」
ウィル「でも本当にそうなんだ。ぼくは父さんにも母さんにもなにもしてあげられなかった。」
ナイト「本気で人の幸せを祈ったことに意味がないとでも?」
ウィル「だって……」
ナイト「それで、あなたはどうしたいんです?」
ウィル「わからない。これからどうやって生きていけばいいんだろう?もう帰る家はないし」
ナイト「そうですねぇ。素晴らしいことに、この状況でも、あなたはあなた以外の誰でもない。『もし僕が王様なら』ねえ。それもいいかもしれないなあ。」
ウィル「いいって、なにが?」
ナイト「王様ですよ、王様。もしあなたが王様になったら……」
ウィル「なれるわけないだろう!?」
ナイト「お母様に幸せになって欲しかった。お父様に生まれてきた意味を問いかけた。なるほどねぇ。とりあえずそれでいってみましょうか。」
ウィル「だからさ、そんなの無理だって。」
ナイト「ウィル、あなたは途方もない世間知らずだからおわかりにならないかもしれませんが、王様って言ったってただの人間です。見たところは立派でも中身はガタガタっていうのもよくある話なんです。中身ってのはほら、家族のことですよ。」
ウィル「家族?」
ナイト「そう。一人の人がこの世に生まれる時、一つの舞台の幕が開き、その人だけの物語が始まります。そこにはすでに様々な登場人物がおりますね。父、母、兄弟姉妹、さらにその上の世代の人々も。人は、一人で生まれてくることなどできないのですから。同じ場所で固まっているように見えながら、それぞれの物語を生きていて、心を通じ合わせることは、案外楽ではない。それが家族です。」
ウィル「家族?僕にはもう誰もいない。父さんも母さんも死んでしまった。兄さん達にとって僕はただの邪魔者なんだ。」
ナイト「そりゃお兄さん達の問題ですから、しょうがないですな。」
ウィル「……………。」
ナイト「(話を切り替えて)時にウィル、川の向こうにお城があるでしょう?そこのお姫様の話をご存知ですか?」
ウィル「うん、聞いたことがある。王様とお妃様が長いこと待ち望んで、やっと生まれたっていうお姫様だろう?国一番と言われたお妃様より綺麗だけど、病気で何年も笑ったことがないって。」
ナイト「そうそう。あらゆる手を尽くしてもお姫様の病気は治らず、王様はとうとう国中に御触れを出しました。『姫を笑わせた者を姫の夫にする!』と。」
ウィル「その病気はまだ治らないの?」
ナイト「幸いなことにね。」
ウィル「………お城に生まれて、すごく綺麗で、本物の王様があらゆる手を尽くしても?」
ナイト「お姫様は笑わない。」
ウィル「どうして?」
ナイト「この際、直接本人に聞いてみては?」
ウィル「はあ?」
ナイト「ウィル、お願いがあります。私のために長靴と袋を一つ、手に入れてもらえませんか。」
ウィル「そんなものどうするのさ。」
ナイト「あなたはカラバ伯爵。私は長靴を履き、その家来になります。」
ウィル「カラバ伯爵って誰?」
ナイト「さあ。ちょっと思いついたんでね。」
ウィル「何言ってんだか、全然わかんないよ。」
ナイト「とにかくその姫に会いましょう。そのための長靴と袋です。」
ウィル「やだよ。」
ナイト「そうでしょうとも。でも一回だけ、あなたのナイトを信じてお任せください。わるいようには致しませんから。」
ウィル「えーーー」
ナイト「一回だけ。」
ウィル「いやだ。」
ナイト「一回だけですから、さ、行ってきてください。早く!」
(嫌がるウィルを無理矢理送り出す。)
ナイト「(ウィルの背中に)できるだけ上等なのでお願いしますねー!」
(ウィル、退場)
ナイト「ふふふふ、こりゃ面白くなってきた。泣き虫の弱虫の役立たずと呼ばれ、おまけに家を追い出された粉屋の末っ子が姫の夫となり、ゆくゆくは王となる?私も様々な物語をみてきたが、これは素晴らしく愉快じゃないか?
王……それはその名前自体が問いかけのような言葉だ。ある者は言う、『もしも私が王ならば、この世のすべては思い通り!命令一つで何から何まで動かせる。逆らう者は許さない、なぜなら私は王だから!』
だが、そううまくいくかな?この嘘とからくりに満ちた、けれど真実のみしか心を満たすことのない世界で………。
あの若者は王となる道を行く?さて、愛するのか、奪うのか。守るのか、損なうのか?………そして、その道は、何処へ続くのか?」
(舞台の袖でうずらが動く。ナイト、とたんにハンターになり、一発でうずらを仕留める。血飛沫がとび、うずらの悲鳴が響き渡る。ナイト、ニヤリと笑い、うずらを咥えて退場。)