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さらわれた姫は、自由を謳歌する事にした。  作者: 花籠 密
1章 魔王城での生活
4/14

4︰その報酬は

ヴェルダ帝国の宰相である、ルーカスの朝は早い。

 この日も彼は魔王エリベルトが起きる2時間前に目を覚まし、日課を済ませた後は寝坊助な主を起こしに行った。

 エリベルトの準備が済めば、宰相は傍らに控えて魔王の執務の補佐をする。

 そんな変わらない朝をぶち壊すように、勢いよく音を立てて執務室の扉が開かれた。

 

 「失礼する!!!!

 宰相殿、…確かルーカスだったな。いるか?」

 

 突然の訪問に固まる魔王と宰相の目の前には、最早普段着と化しているシフトドレスを着たエリノアと、彼女に手を引かれて無理やり連れてこられたサディアスがいた。

 段々と冷静になるにつれエリベルトは俯いて行き、プルプルと震え出した。

 

 「……ふぅ。一旦落ち着こう俺…。何故シフトドレスなのだとか言うのは今は置いて置くのだ…」

 

 ようやく震えが治まったらしい彼は、すぅ、と深く息を吸ってから顔を上げた。

 彼の金色の目が、エリノアの蒼い瞳とかち合う。

 

 「――エリノアァァァ!!!!

 貴様本当に初めて会った時から無礼な事この上ないぞ!!!!ノックくらい普通するであろう!

 俺の執務室に突然何の用だ!」

 「先程言ったばかりだろうが。宰相に用があるんだ」

 「うぐぐぐぐ…!」

 「落ち着いてください、王。貴方の言い分は間違ってませんよ」

 

 何を言っているんだと言いたげなエリノアに、バッサリと切られたエリベルトを宰相は励ました。

 相変わらずの魔王への態度に、エリノアの後ろに居るサディアスは冷や汗をかきっぱなしだ。

 

 「それで、こんな早朝に何の用です?

 こちらとしては人質の貴女に城内での自由を許しただけでも相当譲歩しているのですが」

 「いや、実は欲しいものがあってな」

 「欲しいもの、ですか。

 …一応聞いておきましょう」

 

 フン、と頬杖をついてそっぽ向くエリベルトと違い、ルーカスは微笑んでエリノアが近づく事を許可した。

 ニッと口元を歪ませて彼女は前に進み出た。

 頭2つ分ほど背の高いルーカスを見上げると、そのまま胸元から紙を1枚取り出して渡す。

 

 「リストはこれだ」

 「――。一体コレを何に使うんです?」

 

 一通りリストに目を通したルーカスは、言葉に疑心を含ませてエリノアに尋ねた。

 その言葉も想定内だったのだろう、彼女は笑ったままもう1枚紙を取り出した。

 何も言わずにその紙を読み始めるルーカスだったが、次第に真剣な面持ちになり始めていく。

 

 「…。ここに書いてあることは、本当ですか?」

 「当たり前だ。私を誰だと思っている。

 なるべく早急に手配してくれると助かるんだが…。出来れば2時間以内に」

 「……」

 

 考え込む宰相を見て紙の内容が気になったのだろう。

 エリベルトがチラチラと紙の方に目を向けては逸らしている。

 サディアスもさりげなくエリノアの隣に立つと、その背の高さを利用して紙を盗み見ようとしていた。

 

 「…ふぅ。仕方ありませんね。完成した暁には俺にも見せることを約束して下さい」

 「もちろん。話の分かるやつで良かったよ」

 「それと」

 

 まとまりかけていた交渉に満足気に頷いていたエリノアだったが、話が続きそうなことを悟るとあからさまに面倒くさそうな表情をした。 

 対してルーカスはその碧眼に愉快げな色を滲ませていた。

 

 「ソレを作るとなると、場所と道具も必要ですよね?

 貴女の為に研究室も手配しましょう」

 「っ!本当か?!」

 

 流石に人質の身分でありながら研究室を強請るのは、と割と色々やらかしておきながらよく分からない所で自重していたエリノアは、目を輝かせて掴みかかりそうな勢いでルーカスに近寄った。

 それを見たルーカスは、えぇ勿論と快く頷く。

 いっそ眩しすぎる程のその笑顔に、赤い魔王と黒い将軍は何かを察し始めていた。

 案の定彼は嬉しそうにルーカスの手を取ってブンブンと振るエリノアを制止すると、こう付け加えた。

 

 「代わりに魔王軍の研究員として働くことが条件ですが」

 

 一瞬にして執務室の時が止まった。

 サディアスは眉間を寄せて2人を見つめているし、エリベルトは考え込むように顎に手を添えていた。

 ルーカスはと言えば相も変わらず綺麗に微笑んだままだ。

 唯一目を丸くして固まっていたエリノアだったが、すぐに訝しげな顔に戻った。

 

 「そんな事でいいのか?」

 「…はい?」

 

 疑うような顔でルーカスを見つめる彼女を見て、今度は彼が困惑し始めていた。

 

 「え、貴方アシュヴィの王女ですよね…?

 …え、良いんですか?」

 「良いも何も、元々研究がしたくてここまで拉致られてやったんじゃないか」

 「…………」

 

 どういう事ですか?と、ルーカスはサディアスに視線を送った。

 だが聞かれたところで彼だって何も答えられないのだ。

 深刻な顔で首を横に振って返した。

 

 「………。なるほど。なるほどなるほど」

 

 エリノアを揺さぶるつもりだったルーカスは、全く思惑通りに事が動かなかったのを若干悔しく思っていた。

 まして宰相を任され、人心掌握や交渉は得意だと自負していただけあってその悔しさも一入(ひとしお)だ。

 

 「ではもしもソレが本当に完成した場合には、その智恵を見込んでエリベルト王の家庭教師も務めてもらいましょう」

 「なっ?!」

 「は?!」

 

 同時に2つの場所から声が上がった。

 この条件はルーカスが意固地になった為に出されただけなのだが、言葉にしてみると案外いい条件だったかもしれないと彼は思い始めていた。

 

 「勉強なら今まで通りルーカスでいいだろ!!」

 「そうだそうだ!何故私が魔王の面倒など見なくてはいけない!」

 「な、エリノアお前!

 俺を子供扱いするな!!」

 「どう見ても子供だろうが」

 「だからまだ成長期が来ないだけで…!!」

 「ハイ、2人とも落ち着いてください」

 

 ギャーギャーと騒ぎ出した2人に、手を叩きながら呼びかける。

 むくれながら黙り込む2人をみて黒い将軍と金色の宰相は『どちらも子供だな』と思っていた。

 

 「良いですか?

 まず初めに、俺がエリベルト王に割く時間が無くなるので仕事の処理効率が上がります。今までは王に勉学を教えるのに適当な人物が居なかったので俺が教えていましたが、正直スケジュールが辛いです」

 「お、おう…」

 「次に、先程適当な人物が居なかったと言いましたが、エリノア王女がアレを作れる程の知識をお持ちで、さらに技術もあるとなればこの問題も解決されます」

 「確かに私は優秀だが、研究が…」

 「そんなものは研究室と実験道具が報酬として手に入ると考えたら安いものでしょう。

 嫌だと言うなら構いませんよ。この話はナシです」

 「それはダメだな。受けようじゃないか」

 「貴女本当にそれでいいんですか…」

 

 あまりにも華麗なテノヒラクルーに思わずルーカスも呆れた眼差しで彼女を見つめた。

 エリベルトの方は、長年面倒を見てくれたルーカスの苦労が減るのならと渋々承諾する。

 

 「ではそういう事ですので。

 サディアス将軍、俺の代わりにエリノア王女の監視、宜しく頼みますよ」

 「…承知」

 

 こうしてエリノアは、ついに研究室を手に入れたのだった。

 

 ♢

 

 

 「…味がしないな」

 

 モソモソと1人で昼食を摂りながらレオは呟いた。

 しかし美味しいと感じない原因を彼はとっくに理解していた。

 単純に他の事で頭がいっぱいになっているのだ。

 例えば――

 

 「唇、柔らかかった…」

 

 昨夜からずっと彼はこんな調子だった。

 魔力のせいで理性の箍が外れやすかったせいとはいえ、あれ程近くで異性に触れるのは初めてだったのだ。

 

 「唇だけじゃなくて、腕とか足とか、全部柔らかかったな…」

 

 ぼうっと手のひらを見つめる彼の脳裏には、昨夜のエリノアの姿が鮮明に浮かんでいた。

 白い肌、簡単に組み敷けてしまう細い身体。

 甘い香りのする白くてふわふわな髪に、色々とギリギリなシフトドレス。

 キスをした時に小さく震えた肩と、次第に潤んでいった蒼色の瞳。

 

 「って、ホント、昼間から何考えてるんだろう僕は」

 

 あはは、と1人で寂しく笑ってから彼は深く息を吐いた。

 それから天井を見上げると目を腕で覆ってもう一度溜息を吐いた。

 

 「あー…。頭から全然エリノアちゃんが離れてくれない」

 

 目を閉じたせいなのか、少し暗い視界は昨夜の記憶をより鮮明にさせてしまった。

 ふと、この後彼女の部屋にお邪魔するのだという実感がレオの中にフツフツと湧き始めた。

 何が起こるのだろうという期待感と、気まずいなという不安が綯い交ぜになっていた。

 

 「僕、エリノアちゃんの事好きなのかな…」

 

 それは脳みそを介さずにスルスルと口から溢れ出た言葉だった。

 数秒遅れて自らの発したソレの意味を理解すると、彼は驚いたように閉じていた目を開いた。

 

 「…え、」

 

 バッと姿勢を正して座り直すと、彼は頬を染めて情けない顔をしている自分を窓ガラスに見た。

 慌てて顔を逸らした瞬間、コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。

 

 「っ、はい」

 「銀狼か。姫君が呼んでいたぞ」

 「分かった。直ぐに行くね」

 

 できるだけ平常の声音で答えながら彼は立ち上がった。

 扉を開けると、見慣れない道具を手にしたサディアスがレオの目の前に立っていた。

 

 「?」

 「あぁ、これか。姫君に色々と手伝わされていてな。

 流れで持ち出してきてしまっただけだ」

 「そう、なんだ」

 

 レオの胸の中にモヤモヤとした感情が生まれた。

 その事に首を傾げつつ、彼はサディアスの後をついていく。

 

 「案内する次いでに戻しに行くから咎められはしないだろうが…。

 監視役で傍に居ることが多いから、この先も手伝わされるのだろうな」

 「エリノアちゃんならやりそうだね。あの黒炎の騎士をそんな風に使うのは彼女くらいだよ」

 「その呼び方はやめてくれ…。

少しばかり恥ずかしいものがある」

 

 話している内に2人は部屋の前に辿り着いた。

 サディアスがノックすると、中からエリノアの声が聞こえてくる。

 

 「サディアスか。済まないが少し席を外してくれ」

 「む。まぁ、銀狼が居るなら私が外しても問題ないだろう。

 銀狼、コレを渡しておいてくれるか」

 「大丈夫だよ」

 

 持っていた道具をレオに渡すと、サディアスは扉から数歩引いた。

 片手に道具を持ったままレオが扉を開くと、そこにはいつものように不敵な笑みを浮かべたエリノアが立っていた。

 

 「ようやく来たな、待ちくたびれたぞ」

 「ごめんね、あとコレ。

 サディアス将軍が間違えて持ち出しちゃった道具」

 「助かる」

 

 道具を受け取ったエリノアは短く礼を述べたあと、真剣な顔でレオを見つめた。

 思わず胸がドキリと脈打つのを感じたレオは慌ててその感覚を否定した。

 

 「やる」

 「わわっ、と…。これは?」

 

 ポイ、と投げてエリノアが寄越したのは、小さな濃紫の石が埋め込まれた何かだった。

 

 「耳につけるタイプの装置だ。

 コンパクトにしてあるし、耳飾りを模して石も付けてあるからデザイン性も十分だろう」

 「いや、そうじゃなくて…」

 「…昨夜の詫びだと思ってくれ。

 魔力抑制装置だ。これがあれば暴走の心配もなくなるだろう。

 全力を出したい時には遠慮なく破壊してくれればいい。

 何せ一晩もあれば作れるからな、幾らでも作り直してやる」

 「――、」


 手の中の小さな機械を見てから、レオはもう一度エリノアの顔を見た。

 彼女は得意げに微笑みながら腕を組んでいる。


 「…エリノアちゃ…」

 「あぁ、不慮の事故で外れないようにしてあるから、つける時に多少の痛みを伴うがそこは我慢してくれ。なに、耳の柔い部分に針が通るだけだ」

 「エッ」


 一瞬怯むものの、レオはすぐに泣きそうな笑顔に変わった。


 「――ありがとう、エリノアちゃん」

 「なんだ、まだ性能を確かめてもいないのに礼か?」

 「あはは、君が作ったんだからきっと大丈夫だよ」

 「その根拠の無い信頼は何処から来るんだ。

 まぁ、あれだな。随分と嬉しいことを言ってくれる」


 めずらしく嬉しそうに笑うエリノアを、酷く優しい眼差しでレオは見つめた。

 理性の無い間に愛する人を失ってしまった、物語の中のライカンスロープ。

 目覚めた時、血に濡れた自分の身体と冷たくなった愛する人を見て、彼はどんな気持ちだったのだろう。

 そんな彼と同じ事を、いつか自分もしてしまうのではという不安がレオの中には常にあった。

 その事に怯えながらサディアスやルーカスに頼って鎮めてもらうのも今日で終わりだ。

 そう思うと、レオにはこの小さな奇跡を贈ってくれた目の前の白い少女が愛おしくて仕方なかった。

 ――もう、戻れない。

 漠然と彼はそう思った。

 振り回されてばかりではあるが、思い返してみれば今までこんなに感情豊かに騒いだことがあっただろうか。

 

 「本当に、ありがとう」

 

 それは心からの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて。

 暴走についての問題も解決出来た事だし、報酬として唾液をくれないか」

 「君って子は本当に…!!!!

 詫びだって話じゃなかったの?!」

 「それにしたって釣りが来てもおかしくない品だろう」

 「うん、………まぁ、いいよ。今回のは本当に助かったから」

 「え」

 

 こうしてエリノアは研究室・実験道具・ライカンスロープの唾液を手に入れたのだった。

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