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さらわれた姫は、自由を謳歌する事にした。  作者: 花籠 密
1章 魔王城での生活
2/14

2︰銀との邂逅

時刻は真夜中。

 月が空を支配するその間に、魔王城の一室で何やら蠢く人影があった。

 その人物は慎重にドアノブに手をかけると、音を立てないように扉を押し開いてからゆっくりとした動きで部屋を抜け出した。

 

 「チョロチョロの甘々だな」

 

 扉を閉め終えると、なにも仕掛けが無いことを確信し明らかに悪い笑みを顔に浮かべた。

 そのまま迷うことなく静まり返った廊下を進んで行く。

 不幸にも、柔らかな絨毯が敷かれている事によってこの人物の足音は吸収されてしまっていた。

 

 「…此処だな」

 

 昼間見た光景を思い浮かべながら、その人影はするりと目の前の部屋に滑り込んだ。

 達成感からか、はたまた望みのものが手に入る喜びからか、その人物――最早隠す意味もないだろうが、エリノアである――は目を輝かせている。

 

 「ふふふふふふ、思う存分堪能させていただくぞ」

 

 スキップでもしそうなほど軽やかな歩みでエリノアは部屋の奥へと進んで行く。

 部屋の中には古びた紙独特の香りが蔓延していた。

 そう、彼女が今いる場所は書庫である。

 エリノアの身長の何倍もある高さの本棚が幾つも並び、数え切れないほどの書物が置かれていた。

 タイトルを流し読みしながら、お目当てのものを探してひたすら歩き回る。

 棚が高すぎるためか空を仰ぐようにして上を見る事も多く、首が疲れそうである。

 

 「…!」

 

 ある棚に差し掛かった途端、彼女は目に見えて嬉しそうな顔になった。

 しかし、踏み台を引き摺ってきて手を伸ばしても中々届かない。

 

 「くっ…、種類があるのはいいが、取れなければ意味が無いじゃないか…!」

 

 プルプルと震えながら背伸びする彼女だったが、悔しそうに眉を寄せるその顔の横を何かが横切った。

 

 「っ?!」

 「…よいしょ、っと。

 ハイ、欲しかったのはこれ?」

 

 勢いよく振り返る彼女が見たのは、人あたりの良さそうな笑顔を浮かべながら本を差し出す青年だった。

 サラサラとした銀髪に、カーテンの隙間から差し込む月の光が反射してその美貌を引き立てていた。

 しかしその優れた容姿よりも、エリノアは全く気配を感じなかった事に驚いていた。

 固まった彼女を見て、困ったようにその青年は手にしている本をちらりと見る。

 

 「あー……。ごめん、驚かせちゃったかな。

 本当は結構前から君が居るのに気づいてたんだけど、懸命に手を伸ばしてるのが少し可愛くて…」

 

 暫く見守ってたんだ、と呟くように彼は告白した。

 自国の民や貴族に散々可愛い美しいと言われてきた彼女だが、こうも面と向かって言われるのはやはりむずがゆいものがあったらしい。ほんの少し困ったように視線を揺らしていた。

 

 「それよりも、気になってる事を聞いてもいいかな?」

 「……ソレを取ってくれた礼は言うが、ここに居る理由なら答える気は無いぞ」

 

 ムッスリとした顔で言い放つエリノアだったが、青年は静かに首を横に振った。

 それから困ったように視線を空中で彷徨わせた後、眉を下げて口を開いた。

 

 「その、さ…。

 なんで君、シフトドレスしか着てないの?」

 

 そう、エリノアは自室を抜け出してから青年に会うまでの間、シフトドレス姿で行動していたのだ。

 因みにシフトドレスとは、ゆったりとしたワンピース型の衣服であり、通常ドレスの下に着るものである。

 要するに、下着だ。

 

 「動きやすいからに決まっているだろう」

 「いやでも、流石にその格好で城内をうろつくのは…。

 いくら真夜中でも僕みたいに活動してる男だっているし」

 「欲情するとでも言いたいのか?種族が違うだろう。

 大体ドレスだコルセットだなんだとああいった体を締め付ける類は苦手なんだ」

 「ちょ、女性がそういう事…」

 

 呆れた様に言い返す青年だったが、エリノアが心底不思議そうにしているのを見て何かを感じたらしい。

 一旦気を取り直す為だろう、深呼吸してからしっかりとエリノアの顔を見つめて――顔から下を見ないように配慮したのである――その細い肩に手を置いた。

 

 「確かに種族は違うかもしれないけど、美的感覚まで全く違うとは限らないんだ。

 君の言うように同じ種族しか対象として見なかったり、君や僕のような見た目を良いとは思わない種族だってある。

 でも、少なくとも僕には君が普通に綺麗で可愛らしい女の子に映って見えてるし、僕と同じように君を見る種族も少なくないよ」

 

 だいぶ力説した後、考え込むように真剣な顔つきで顎に手をやる彼女を見て、彼はニッコリと笑って手を離した。

 

 「…成程、そういう物か」

 「分かってもらえたようで何よりだよ」

 「だが私はこれを辞めるつもりは無いぞ。元々アシュヴィの城でも大抵この格好だったしな」

 「なんで?!?!」

 

 サラリと自分が人質として攫われてきたのだと明かしたエリノアだったが、そこには触れない青年に彼女は「やはりな」とジト目を送った。

 その視線に気づいた青年も苦笑いしながら彼女を見た。

 

 「…流石に分かるよ。僕ウェアウルフだしね、鼻は良い方だから」

 「成程、ウェアウルフ。狼人か」

 

 気配を悟らせない身のこなしもそれが原因だったのかと彼女は納得する。

 

 

 「…さて、聞きたいことはそれで終わりか?

 なら、本を渡して貰えるとありがたいんだが」

 「あぁ、そうだったね。どうぞ」

 「ありがとう」

 

 そう言ったあと、エリノアはじっと青年の顔を見つめた。

 何を言うでもなく青年も微笑んだまま彼女の視線を受け止め続ける。

 ついにしびれを切らしたエリノアがため息を吐いた。

 

 「…何か咎められるかと思っていたが、このまま好きにしていいのか?」

 「なに?もしかして襲われるとでも思ってた?」

 「…まぁ」

 

 多少は、と答えようとした彼女の視界は一瞬でぐるりと回った。

 背中に衝撃を受けたことで押し倒されたのだと理解する。

 ニコニコしたままの彼が彼女を見下ろしていた。

 ちらりと自身の手を見遣る彼女だが、その手はバッチリ青年によって床に縫いつけられていた。

 

 「…こっちの“襲われる”だとは思わなかったな」

 「あ、そうなんだ?お望みならと思ったんだけど」

 「誰がいつ望んだというんだ…」

 「うーん、僕が、ついさっき?」

 

 てへ、と舌でも出しそうな雰囲気で彼は答えた。

 明らかに胡散臭いものを見る目で彼女は自分に覆い被さる男を見上げていた。

 すると観念したように青年はふっとエリノアの手首を掴んでいた手を緩めた。

 

 「――なんてね。

 こっそり歩くような足音が聞こえたから着いてきたら、君がここに入るのを見たからさ。

 ちょっとした悪戯心だよ、ごめんね」

 「はぁ…。

 済んだなら早く退いてくれないか。本を読む時間が減ってしまうだろ……っ?!」

 

 突如首元に痛みを感じて彼女は身体を強ばらせた。

 視界の端では銀色の髪がかすかに揺れ動いている。

 首に噛みつかれたのだと彼女が気づくのと同時に、青年は傷口をべろりと舐め上げた。

 思わず小さな悲鳴が彼女から漏れ、はくはくと口だけを動かしている。

 そして青年は今度こそ体を離すと、申し訳なさそうに謝った。

 

 「ごめん、なんか癪に触ったからつい」

 「…おま、おまえ…!!!!」

 

 怒りと恥辱で震えるエリノアだったが、何かに気づいたように突如首を抑えた。

 

 「……っ?!」

 「アレ、気づくの早いね?」

 「こ、コレは…」

 

 意外そうにエリノアを観察する青年だったが、彼女はそれに気づいてもいなかった。

 今、彼女は自身の身に起こった事を理解するのに必死なのだ。

 脈拍がドクドクと早まるのを感じ、彼女はジワジワと溢れてくる興奮に徐々に口角を上げた。

 

 「お前、やるじゃないか…!!!!」

 「うわ?!」

 

 さっきとは一転、今度はエリノアが上になる形で青年を押し倒していた。

 その首元にあったはずの噛み跡は、綺麗さっぱり無くなっている。傷があったのだと示す血痕だけがその白い肌を彩っていた。

 

 「まさかウェアウルフの唾液に治癒効果が含まれているとは…!

 昔から傷は舐めとけば治るという諺があったがそれはウェアウルフの話だったか!

 良くもまぁ雑菌だらけの唾液を傷口に塗りたくらせるような恐ろしいホラが広まったものだと思っていたが、いや素晴らしいな!」

 「あ、あれ…?」

 

 ペラペラと饒舌にまくし立てる彼女に青年は困惑していた。

 自分が攻めていたつもりだったのに気づけば状況はひっくり返っている。

 しかも人間の女性に押し倒されるとは、男としてもウェアウルフとしても何とも情けない気持ちになってくるというものだ。

 

 「君、名は何というんだ!

 あぁいや、こちらから名乗るべきだったな。

 私はエリノアだ。ウェアウルフ君、君の名前は?」

 「レ、レオだよ」

 「なるほどレオか、よく似合っているな。何処と無く溢れる君の強さにピッタリの、そこはかとなくワイルドな名前だ。

 時間を潰されたと思っていたがそんなことは無い、私を襲ってくれたこと感謝する!」

 

 押し倒されるばかりか襲ったことを感謝され、最早レオは何も言えなかった。

 しかも少し冷静になってしまった為に、エリノアの柔らかな肢体の感触をまともに感じてしまって困り果てていた。

 興奮している彼女は距離の近さに気づいていない。

 なまじっか鼻が効くため彼女本来のほんのりと甘い香りが彼の鼻腔を擽っている。

 ある意味レオは絶体絶命の窮地に立たされていた。

 

 「…エリノアちゃん、もうわかったから、退いてくれるかな」

 「ん、あぁ済まない。重かっただろう」

 

 自然な流れで立ち上がった彼女に手を差し出され、レオは複雑な気持ちになる。

 しかしせっかくの善意なので無碍にすることも出来ず結局その手を取った。

 …本来手を差し伸べて立ち上がらせるのは、男である自分の役目ではないだろうか。そう彼は心の中で切実に思っていた。

 

 「さてと、ようやく本命に手が出せる。あ、レオ、君はここにいてくれると助かる」

 「えっ」

 

 何故か淡い期待が胸をかすめ、パッと顔を上げたレオ。

 しかしエリノアはそんな彼を見ることも無く

 

 「高いところの本は私では取れないからな」

 

 と続けた。

 

 「………いや、うん、分かってたけどね。

 なんで残念に思ってるんだろう僕…」

 「なんだ、不服か?無理にとは言わないぞ」

 「いや、大丈夫だよ」

 「ゴホン、一体、何が大丈夫なんだ?」

 

 突如響いた低音に、ビクリと2人は肩を震わせた。

 声の発信源は扉の近く。そこに立っていたのは、魔王軍将軍――サディアスだった。

 

 「何やら騒ぎ声がするから来てみれば…何故姫君と銀狼が一緒に居る?」

 

 彼はそのマントを翻しながら、ツカツカと2人の近くによって来る。

 

 「…………いや待て、姫君よ、私の幻覚でなければ今身につけているのは…」

 「シフトドレスだが」

 「……………何故だ?」

 

 そのやり取りに覚えがありすぎるレオが、哀れなものを見るようにサディアスに視線を送った。

 当のエリノアはその質問に飽きているのだろう、何を言うでもなくムッスリとサディアスを見つめていた。

 

 「まぁいい。それよりもだ。

 エリノア王女、何故あなたがここに居る」

 「本を読むために決まっているだろう」

 「違う……いや、目的としては正しいのだが、そうでは無い…」

 

 どこかの国の王のように、彼は眉間に皺を寄せてため息を吐いた。

 

 「人質であるはずの貴女が、何故この場所にいると聞いているのだ」

 「別に部屋から出るなとは言われていないだろう」

 「確かにそうだが…」

 

 普通、言われていないからと言って捕虜が部屋から逃げ出すだろうか。それも敵の本拠地ど真ん中で。

 

 「…銀狼?」

 「はい」

 「お前もなぜここにいる」

 「僕は彼女の足音が聞こえたので尾けてきただけですよ」

 「成程。押し倒されていたようだったが」

 「なっ、それは…!」

 

 途端に頬を染めるレオだが、生憎この場に彼の美貌に興味のあるものは居ない。

 押し倒した本人でさえ、無そのものな表情で彼を見ていた。

 

 「全く…。本当に手の焼ける姫君だな…。

 何故私が監視役などに……」

 「なに、監視だと?」

 「…あぁ。魔王様直々に拝命した」

 

 監視という言葉にエリノアが反応する。

 それもそうだろう、締め付けられるのが嫌だという理由で城内を下着姿で徘徊する姫君だ。

 監視されるのも苦手というわけだ。

 

 「だが当然の成り行きだろう。知らぬ間にせっかくの姫君が死んだり行方不明になっては困るというものだ」

 「道理は私だってわかるぞ。

 ……それより、将軍?だったか」

 「なんだ」

 「種族は何だ?見た所亜人か何かか?」

 「いや、私は不死騎士だ。だが生憎と生前の記憶は無いから語れることは何もないぞ」

 「いや、十分だ。

…ふむ。不死騎士。レブナントと来たか…」

 

 うんうんと一人で満足気に頷くエリノアに、銀と黒の男は顔を見合わせて首を傾げた。

 たった1人、エリノアだけがニヤリと笑みを零す。

 

 「ふ、いいぞ。やはり攫われて正解だったな。

 不死騎士殿!」

 「あ、あぁ」

 「貴殿の名は?」

 「…サディアスだ。サディアス・リーク。

 魔王様より黒の不死騎士の称号を賜っている」

 「なるほど。サディアス、サディアスか。よし」

 

 ニコリと笑うと、彼女はすっと右手を差し出した。

 普通に笑えば、彼女だって元々顔がいいのだから愛らしく見える。

 思わぬ艶笑に唸るサディアスだったが、ぐ、と堪えてその手を取った。

 

 「よろしく頼むぞ、監視役殿」

 「…お手柔らかに願おう、姫君殿」

 

 こうして、結局この日、彼女はお目当ての書物を読むことは出来なかったのであった。

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