12︰恋する乙女
お久しぶりです…!
投稿してない間もアクセスしてくれた方がいたようで、嬉しい限りです!
朝、彼女は物音によって目を覚ました。
この彼女専用の研究室に入ってくるのは、宰相か将軍か狼人の内の誰かだと相場が決まっている。
とはいえ彼女が寝ている時や不在の間に入ってくるような者は一人もいないので、何の用事だろうかとエリノアは目を擦りながら上体を起こした。
「…なんだ、用があるなら起こし………」
窓からの逆光でシルエットしか見えなかったその人影が目で追えない程の速さで視界から消えたと思うと、エリノアは直後に首筋に何か冷たい物が当たるのを感じた。
一気に頭が覚醒し、チラリと視線を動かすと刃物が当てられているのが分かった。
生憎と後ろにいるその人物の姿は見えないが、とりあえず声をかける。
「朝っぱらから情熱的な挨拶感謝するが、どうせ殺されるなら理由くらい聞かせて欲しいものだ」
「………。貴女がサディアス様を連れ回している方ですね?」
「……連れ回していると言うのは語弊があるな。監視されているというのが正しい」
聞こえた声が思ったより高い事に驚きつつ、彼女はそう返した。
すると、ほんの少しだけ刃物が肌から離れた。
「じゃあ、サディアス様とは特別な関係では無いんですか?」
「とく、………。
はぁ、どう考えたらそんな風に思うんだ」
エリノアがそう言った途端、ピンと張っていた空気が緩んだ。
それを機に刃物を持つ人物の腕を下げると、彼女は後ろを振り向いた。
どうやら犯人は、目線を下げてモジモジしている、この幼いながらも整った容貌の少女だったらしい。
「だって、毎日サディアス様がこのお部屋に入っていくから…」
勘違いしちゃったんです、とその少女は言った。
確かに、男が毎日女の部屋に通う理由など普通は1つしか思いつかないだろう。
少女はチラチラとエリノアを見ながら、微かに震える声を絞り出した。
「あの、サディアス様のこと好きとかじゃないん、ですよね…?」
「勿論」
「…!!!!」
それを聞いて安心したのだろう、少女はパッと顔を輝かせて笑った。
「良かったぁ」と胸に手を当てるのは随分可愛らしい様子だが、その手には刃物が握られたままだ。
「すみません、勝手に勘違いして嫉妬してたみたいです…。
あの、お名前聞いてもいいですか?」
「エリノアだ。そっちは?」
「アルバです!サディアス様と同じ軍で副将軍をしてます」
「副将軍?その年で凄いな。
いや、確かに先程の移動速度は素晴らしかった」
エリノアの言葉に嬉しそうにアルバは笑った。
自分の力を褒められるのが嬉しかったのだ。
それを見て彼女もフッと笑を零した。
「それにしても綺麗な瞳をしているな。翡翠を埋め込んだようだ」
「そ、そんな、宝石と比べられると照れますね…。
でも、アルバもこの目の色は気に入ってるんです。
サディアス様と同じ緑色ですから」
サディアスのはもっと暗い色だけどな。なんて野暮なことは流石のエリノアも言わなかった。
本人が嬉しそうならそれでいいのだ。
「サディアスが好きなのか」
「っっっ!!!!」
「言わなくてもわかるぞ、分かりやすすぎる」
カーーーッと真っ赤になる少女の頭をポンポンとエリノアは優しく叩いた。
コロコロと表情を変えるこの少女は、同性の彼女から見ても可愛いものだ。
「アルバはエルフか?
身の子なしがしなやかだし顔も整ってる」
「いえ、ルサールカです!
小さい頃に川に落ちてしまって、それで」
「ルサールカ…成程な。
それなら水魔法が得意だったりするのか」
「はい!なにか見せましょうか?」
物凄く嬉しそうに頷くエリノアに、アルバは快く魔法をアレコレと見せた。
魔法を使えない彼女にとって、こうも間近で魔法を見れる機会というのはやはり興奮するものだ。
その後も2人はたわいも無い時間を過ごし、研究室からは女の子らしい笑い声が漏れていた。
短時間だというのに2人がこうも打ち解けたのは、エリノアは王女という肩書き、アルバには副将軍という肩書きがあって同性の友達が少なかったからだろう。
それから四半時も経たないうちに、2人はまるで昔からの知り合いのように親しくなっていた。
「は〜、楽しかったです!
エリノアさんみたいに綺麗な人とお友達になれて、アルバはとっても幸せです!」
「ふふ、人を喜ばせるのが上手いじゃないか。
私もアルバの様な可愛らしい女の子と友達になれて嬉しいぞ」
どちらからともなく彼女達が手を取りあった時、コンコン、と扉を叩く音が響いた。
「…全く、こんな時に誰だ一体」
「サディアスだ。入るぞ」
「っ!サディアス様」
サディアスと聞いた途端にアルバは頬を染め扉を見た。
そんなアルバを見て、不機嫌な声を上げていたエリノアはフッと微笑む。恋する乙女は可愛らしいというものだ。
対するサディアスは、シフトドレス姿の姫君とベッドの上で手を取り合っている部下の姿に驚いていた。
「…アルバ、姫君と交流があったのか」
「いえ、今日初めて会いました!
でも優しくて綺麗で、とってもいい人です!」
興奮したように答えるアルバを見て、サディアスは黙り込んでいた。
それに気づいたアルバは段々と不安そうな表情に変わっていく。
「…あの、サディアス様。
何かアルバはいけないことをしましたか…?やっぱり、勝手に会いに来たりなんてしちゃダメでしたか?」
「む…」
「そんなことは無いぞアルバ。
私はお前と会えたことを嬉しく思っているんだ」
「エ、エリノアさん…!」
すかさずフォローに入ったエリノアはヨシヨシとアルバの頭を撫でる。
そしてサディアスを責めるようにジトリと目線を向けた。
そんな彼女を見ると、サディアスは少し不機嫌そうに口を開いた。
「………アルバ」
「はいっ!」
突然名を呼ばれたアルバは、ぴょこんとベッドから飛び降りると彼の近くに寄っていった。
自分よりもずっと低い位置にある顔を見下ろして、サディアスはこの部屋を出るようアルバに命令した。
「え………でも、」
「いつも命令には素直に従うお前がそう言うのは珍しい。
だが監視役でもないお前が姫君と二人というのは些か問題だ。私は少し彼女に話があるから部屋を出てくれ」
「分かりました…」
しょんぼりとしたまま部屋を出ていくアルバを見送ると、彼はくるりと振り向いた。
彼の目の前には明らかな非難の色を滲ませて腕を組んでいるエリノアが居た。
「…それで?
アルバにあんな顔をさせてまでしたかった話とはなんだ、将軍様?」
「姫君、貴女はもう少し警戒心を抱いた方がいい」
「それが言いたかったことか?
確かに寝ている間にやすやすと部屋に入れてしまったのは反省するが、アルバを追い出した理由にはならんぞ」
「寝ている間に…。
いいか、アレはあの見た目でもれっきとした男だ。
ベッドの上に姫君と彼が居るのを見た時、私がどれほど驚いた事か」
「はぁ????」
思わず素っ頓狂な声を上げた彼女だが、それも無理ない。
今、この将軍はアルバが男だと言い放ったのだ。
聞き間違いかと自分の耳を疑うエリノアは確かめるように聞き返した。
「今、お前はアルバが男だと言ったのか?」
「あぁ」
「………お前は馬鹿なのか?!」
アルバの心中を思うと叫ばずにはいられなかった。
エリノアはあの可愛らしい少女がこの将軍に恋慕していると知っているのだ。
幾ら彼がその気持ちを知らないとはいえ、眼中にないどころか女だと思われていないのは気の毒すぎる。
「男なわけあるか!!!!どう考えても女だろう!」
「姫君。信じたくないのは分かるが、何年私がアルバといると思っている」
「おっっまえ、お前、何年も一緒に居て女だと気付かないのは本気で阿呆だぞ?!」
「先程から何を言っているんだ」
「それはこっちのセリフだ馬鹿野郎!!!!」
ゼェ、はァ、と息を荒くするエリノアは、少し落ち着くと盛大にため息を吐いた。
「サディアス、アルバがなんの種族か知ってるんだろう?」
「…?当たり前だ。ルサールカだろう」
「そこまで分かってて何故――」
言いかけて、はたと彼女は気づく。
そして恐る恐る尋ねてみた。
「…まさかとは思うが、お前ルサールカの中に男はいない事を知らないのか?」
「何?」
初めて聞いた、というような顔で自分を見るサディアスに、彼女はもう一度大きなため息を吐いた。
無知は悲劇を産む。
今まさに目の前でそれを見せつけられたのだ。
「あのなぁ…。
ルサールカは若い内に水関連で死んだ女性がなるものなんだ。まず男がいる筈が無い。
それにアルバだって確かに幼いせいで体格も顔も中性的だが、仕草や話し方なんかは完全に女の子だろう」
「………。すまない」
「それは本人に直接言ってやることだな」
やれやれと首を振る彼女を見て、サディアスは気まずそうに視線を彷徨わせていた。
エリノアが男と2人でベッドの上に居るという事ばかりが頭を埋めつくしていたせいで、彼女がアルバを庇ったことも、アルバが嬉しそうにエリノアの事を話した事も、全てが癪に障っていたのだ。
アルバが女だと知った今となっては、その感情に任せてすげなく追い出した事を後悔していた。
勿論、ずっと男だと思い込んでいたこともだ。
「ほら、今すぐアルバを追いかけてやれ」
「む。仕方あるまい」
「お前なぁ……。
仕方あるまい、じゃないだろ。誠心誠意謝ってくるんだぞ?」
「分かっている」
男だと勘違いしていた事を申し訳なく思う反面、女だとわかってどこか嬉しくも思うサディアスであった。
申し訳ないのですが、これからは週に1話~2話投稿で行きたいと思います。
これからもエリノア達を応援してくれるとありがたいです(_ _*)