11︰監視役とは何だったのか
サディアス・リークは魔王軍の将軍であり、強力な黒炎魔法の使い手である。
また、アンデッドでもあり戦で有利に戦えるが、生前の記憶は無い為に出自は分かっていない。
魔国・ヴェルダ帝国の領土内を彷徨いていたところを発見され、そのまま先代魔王に勧誘されて今に至るのだ。
「サディアス様、また居ないんですか…??」
そんな彼の不在を嘆いてしょんぼりと肩を落として居るのは、アルバという名の副将軍だ。
水色の肩上までの短い髪に、サディアスよりも明るい緑色の目をしている。
元々童顔なのに加えて身長も低いため、眉を下げたその表情を見た者はアルバを慰めずには居られないだろう。
――中身を知らなければ、の話だが。
♢
「うっ……く、はぁ……っ」
「なんだ、もう音をあげるのか?」
「そんな訳あるまい…っ?!な、!」
「コレならどうだ?」
「ふぅっ……、あっ、」
部屋の中で悩ましい声を上げているのは、件のサディアスである。
決して彼らが真昼間からいかがわしい事をしている訳では無い。
寧ろ健全も健全、ド健全だった。
「全く、その声は何なんだ一体。
実験する気が失せるじゃないか」
「済まない。しかし私は真面目に役割を果たしているつもりだ」
「………はぁ」
キリリとした顔で背筋を伸ばしたサディアスに、エリノアは溜息を浴びせた。
彼らが今やっているのは、アンデッドの弱点の1つである聖水への対策だ。
その第一歩として、彼女はまずサディアスがどの程度の濃度の聖水までなら耐えられるのかを試していた。
元々は宰相のルーカスに依頼されたのだが、アンデッドに興味のあったエリノアはこれを喜んで受けたのだ。
「こうも声を出されるとやりにくくて仕方ない。
もうこの濃度で一度打ってみるか」
「何をする気だ」
あまりにもサディアスが変な声を出すので、エリノアは既に別の段階に進もうとしていた。
彼女は彼の質問に意味深な笑みを返すと、どこからか注射器を取り出す。
中には透明な液体が入っているのが見え、サディアスは眉を顰めた。
「今からお前にこれを打つ」
「……まて、まずその中のものを説明してくれ」
「聖水だよ聖水」
「私を殺す気なのか姫君?!」
ギョッとして椅子から立ち上がった彼を、エリノアはまぁまぁと無理やり座らせた。
落ち着かせるように(とはいえ手には注射器が握られているのでそれ程効果はなかったが)ポンポンと彼の肩を優しく叩くと、微笑みながら説明し始めた。
「これは聖水とは言っても、薄めてあるから死にはしない。
いきなり聖水の効かない身体を作るなんてのは流石に無理があるからな。
これを敢えて摂取することで、身体の聖水に対する抵抗力を上げるんだ。
ほら、アレだ。毒素のある植物を食べる魔物に毒が効きにくいのと同じ原理だ」
「成程、理解した。だが…」
「仮にも将軍なんだろうお前は。つべこべ言わず心を決めろ」
「ぐっ?!」
なおも若干渋る様子を見せたサディアスに、有無を言わさずエリノアはブスリと針を突き刺した。
シリンジの中にあった聖水がみるみる減っていく。
ようやく全てを注射し終わると、彼女は針をサディアスから抜いてその肌に布を押し当てた。
「…………中々心臓に悪いな、コレは」
「お前はもう死んでるだろうに。
案外面白い冗談を言うんだな」
「単なる言葉の綾のつもりだったんだが…」
疲れ果てたように息を吐き出したサディアスは押さえつけられている自らの腕を見下ろした。
「…これで本当に聖水が効かなくなるのか?」
「今すぐには無理だろうな。
それと一定期間が経てば身体の中の抗体は消えてしまうから、定期的に注射する必要がある」
「案外面倒だな」
「そうは言うがな、もしも自動的に体内で抗体が生成されるようになったとしてみろ。
注射しなくとも聖水の効かない身体に変化するかもしれんぞ?
最高じゃないか。私が種の進化を促進したことになるんだ」
「…………」
ニヤニヤと笑みを浮かべるエリノアを見ていると、本当にこの姫に任せていて良いのだろうかという疑念が彼の中に生まれ始める。
正直に言ってしまえば、気づかない間にヤバイことに巻き込まれそうで不安なのだった。
「ふむ、もうそろそろいいか。
よし、サディアス、今日一日は大人しくしてるんだぞ」
「了解した。まぁ、言われなくとも姫君の監視で訓練も何も出来ないのだから安心しろ」
「むぅ、そうか。
というか今更な気もするが、将軍が監視役なんか背負ってて平気なのか?こう、国として」
「今は比較的平和だから心配ない」
「成程な」
「…………それはそうと、姫君?」
話しながら身体の至る所をペタペタと触るエリノアに、サディアスは困惑しながら声をかけた。
表情も声のトーンも変えずに無遠慮に触られると、何とも複雑な気持ちになるものだ。
「なぁ、サディアス」
「なんだ」
「つい先程、心臓がー、みたいな事を言っていたが、アンデッドの類はどうやって動いてるんだ?」
そう言いつつ、彼女はピタリとサディアスの胸に耳を当てた。
どうやら心音が聞こえるかどうか確かめているらしい。
元々死んでいる為そんなワケないのだが、サディアスは無いはずの心臓が早鐘を打つのを感じた。
「んーーー…。やはり聞こえないか…。
肌も冷たいしな。怪我したところで血も流れないんだろう?」
「…その通りだ」
一拍遅れて返事をした彼は、慣れたと思っていた彼女のシフトドレス姿に何故か戸惑っていた。
理由は彼自身にも分からない。
「まぁいい。
分からないことが多いほど楽しみも増える」
既に自分の世界に浸り始めている彼女を見ながら、サディアスは考えていた。
これが姫という生き物なのか。
これが監視役の役目なのか。
そろそろ監視役とは何だったのか分からなくなり始めるサディアスだった。
新キャラを匂わせてみました。
次回はアルバが出てきます(多分)。