序章❸
どうも低脳イルカです。
もし良ければ誤字脱字の指摘、矛盾、
作品の評価や感想などをお願いします。
グルン!
その周辺のすべての餓狼は匂いに釣られて振り向いた。
そして狂喜した。目の前に飢えを満たす食材が現れたのだ。
しかも、その奥には人間もいる。コレは仲間に知らせねば…と。
アォォォオオオオオーーーーーン!!
◆◇◆◇◆
「アイツら…馬鹿だろ…」
このゲームはリアルなところがある。
倒したモンスターなどの遺体のグロさや、モンスターの習性みたいなものが、実際の生態系や神話、伝説などに基づいてある程度忠実に再現されている。
いま目の前にいる敵は狼だ。その狼の群れ意識は相当なものだ。
既に周辺の狼は徒党を組んで、ローストチキンに突撃を開始している。
そして何体かが遠吠えを開始した。
いくらあのローストチキンを放り投げようと、俺への攻撃は止まらない。
鬼だ…あの2人は妹の皮を被った鬼だ…。
俺の獲物は刀だ。
血脈が須佐之男命なら諸刃の剣、十拳の剣にしようかと考えた。
けれど、日本男児ならやっぱりこれが良い。
そして刀なら太刀だけじゃなく、脇差も腰にさすべきだ。
いまの時代にも古流の刀技は残されていて、深層潜行ではその模倣を体感することが出来る。勿論それはモーションキャプチャーでそれぞれの免許皆伝クラスの動きを徹底的に追求している。
動きがおかしければ指導が入り、徹底的に型を仕込まれる。
問題なのは警察の許可と、少しばかりお高いという事。
故に、ちょっとした趣味人や暇を持て余した人しかこういったアプリの需要がない。
けれど俺は、2年前のアリーナバトル後に申請を上げ、半年後に許可が下りてからは、脳内思考加速機能を用いて少しづつ少しづつ鍛錬を続けてきた。
そこで一つ理解したことがある。
刀を扱うにあたっては刃を線に対して直角に入れること。
二刀を扱うにあたっては外円と内円、主従の関係だ。
そしてそれとは別に、ラウンドアイの脳内思考加速機能はどのアプリであっても使えると言うこと。
◆◇◆◇◆
「あ…あれれ?」
ずっと谷底を覗いていた真夜が驚きの声を上げる。
「どうしたの真夜?佑午兄ちゃん死にそう?」
「なんか…佑兄の動きが良くなってる?」
「嘘でしょ?」
回復薬などの準備をしていた真魚が谷底を覗くと、餓狼達に全方位を固められた兄が、相当なペースで1頭づつ屠って行く様がが見えた。
何匹飛び掛かられても、飛び掛った狼の後ろに控える狼が少なかったりする場所を選んで斬る。脇差はあくまでも隙を打ち消す為に使っている。まるで武術の達人の奥義のような、今真魚たちが兄に対して行っているような、誰かが自分を俯瞰して教えてくれているかのような動き。
「佑兄…いきなり強くなった?」
真夜は眼を見開いて驚きを隠せない。
「そんなわけないでしょ…。単純に隠してただけよ」
真魚はそう思う。人間は自分の見聞きした事のある延長線上のことしか出来ないと。あれは見聞きして出来るようなものの範疇を超えていると。我が兄は天才ではない、けれど秀才なのだ。その事を改めて思い知った。
真魚と真夜は、この谷で徹底的に一対多を仕込む事で、兄の処理能力を上げることが狙いだった。勿論、その後はこの谷をクリアしてもらってステータス上昇やスキルを獲得してもらった後、ストラトジーで契約している人達を周りステータスを更新し、生産系の懇意にしている武器屋で武具、服屋でスキン、道具屋で消費系アイテムを購入するつもりだ。
「ん〜加奈さんに、早目に行くかもって連絡入れなきゃいけないな〜」
「そだね。そろそろボスだよ」
◆◇◆◇◆
白い狼だ。
本当に真っ白で雪のような毛。けれど、眼は血のように赤い。
そして、牛の大きさの狼なんて見たことが無い。
画面左上にHPバーが現れ、急速に左から右へとゲージが溜まって行く。
流石はボスか…。
「妾は本当に運が良い。小僧…どうか私をこの頸城から放っておくれ」
一撃。
雑魚とは違い全てが上。早く鋭く重い。
脇差だけでは到底払う事はできないし受けることもできない。
ギィィィィィィィィン
刀を十字にする事で何とか受けたが、腕には軽い痺れが残った。
駄目だこれでは…。
背中がじっとりと汗で濡れる。
俺は脇差を納刀する。
「ふぅ…降参かえ?」
相手のフィールドで戦っても勝ちはない。
「俺は…今のあんたには勝てないだろう」
「ふむ…」
白狼は眼を線の様に薄くした。
「けど一矢報いる。この一太刀で。
そしていつか、あんたをそれから解き放つ」
太刀を八相に構えた。
◆◇◆◇◆
「ねぇ…真夜。あたしたちの時あんなだったっけ?」
「うんうん。灰色のあれの半分くらいの大きさだった」
真魚も真夜も今起こっていることがレアなのだと思った。
ボスにもレアが出るらしい…と。そしてあれは、3人がかりでも討伐は出来ないだろう。加えて、何の条件下であいつは出てきたのだろうとも思った。
「真魚姉…」
「取り敢えず…今は様子を見よう。佑午兄ちゃんが何かしかける様だし」
「ん…分かった」
真魚は佑午のスキルを熟知していた。それだけに、何を仕掛けようとしているのかサッパリだった。
『取り敢えず…攻撃を仕掛けようとしているのは分かるんだけど…』
佑午の足元から風が起こり始める。
『『嵐』か〜でもそれって、自分の属性にフィールドを転化する術だったはず』
「あっ…」
「ん?どうしたの真夜?」
「何となくだけど佑兄のやろうとしたこと分かった。
でも…そんな事出来るのかなぁ?」
真夜はその直感で、佑午が何をしようとしたかを掴んだらしい。
真魚は佑午が何を成そうとしているのか?胸が高鳴ってしようがなかった。
◆◇◆◇◆
既に激しい風と、雷、そして雨が佑午を中心に渦巻いている。
人間ならとっくに立ってはいられない程度の風だ。
けれど、人間でもなく強大な力を持つ狼の王なら、この程度はまだまだそよ風が少しだけ強くなった程度だ。
「小僧…これがお前の一太刀かえ?随分と失望させてくれる…涼しい風ではあるがの?」
呆れ返って前足を振り上げ用とした時、八相に構えた刀に嵐が纏わり付いていく。
嵐の膨大なエネルギーをそのまま刀に転化する。口にする事は簡単でも実際は不可能に等しい。
不遇故に何かしらの糸口がある。これが答えだ。
「ほっほっほっ。昂ってしまいます。来なさい小僧。次に会う時までお前の夢を見て妾は過ごします」
いつ以来かと言われるくらい嬉しそうだ。
狙いは一点。あの首輪だ。
断ち切れるならそれもいい。
断ち切れないなら一から修行のやり直しだ…。
最早、周囲は凪。嵐の全てを飲み込んだ、無銘の刀は悲鳴を上げる。
発動のために持てる精神力を注ぎ込み、維持の為に体力が磨り減っていく。
「おおおおおおおおお!!!」
『脳内思考加速!!』
ほんの少し回復した精神力で背中に追い風を作り、最高の一歩と踏み込みを持って、脚の最大の反発を出せる瞬間で飛び出す。
小細工は無い。正真正銘の真正面からの一太刀だ。
「ふふふ…では左様なら」
狼の口から真っ白な光線が溢れ出す。
恐らく、次の次の次の瞬間には消炭だろう。
でもね?次と次の瞬間は俺のターンだ!!
◆◇◆◇◆
真魚も真夜も眼を丸くしている。
それもそうだ。佑午が見せた技はEVMに存在しない。
正規外スキル…と言うかもう奥義だ。
そして、奥義でさえも傷一つかず立ち尽くす白狼がいる。
佑午は既にロストしたのだろう。
白狼のあの規格外の破壊力の光線を、真面に受けたのだからまぁ当然といえば当然だ。
白狼は、無謀にも挑んだ剣士の跡を見つめている。
全く如何したものかと思っていると、白狼が一つ遠吠えをした。
すると、白狼の影が白狼自身を飲み込み始めた。
それは沼に嵌った生き物のようにも見える。
よく見ると、白狼は影から伸びる無数の鎖で縛られていた。
恐らくこの谷の何処かに幽閉されるのだろう…。
しかし白狼は、満足げに微笑みんでいた。
そして最後まで抗いもせず影に飲み込まれていった。