序章❷
どうも低脳イルカです。
もし良ければ誤字脱字の指摘、矛盾、
作品の評価や感想などをお願いします。
「…ゃん」
ん。
「佑午兄ちゃん」
目を開けると、真魚の顔が迫っていた。
「うわ!」
俺は横に転がってそれを回避する。
「んふ〜。だって佑午兄ちゃん起きないんだもん」
「いや、だからってキスしようとかしないだろっ?普通!」
「いいじゃん。無くなるわけでもあるまいし〜」
「馬っ鹿!俺には心に決めた人が…!」
「決めてるだけじゃん?」
「っな…」
「アタックも出来ないヘタレのクセに…」
くくぅ…ぶち壊したいそのニヤニヤ!
「佑兄…」
声の方を向くと、クローゼットの隙間から顔を長髪で隠した何かが手を伸ばしている。
「ぶっは!やめろ真夜!こえーよ!!」
「ちぇ」
のそのそと出てくる真夜。
「ほら〜早く起きないと〜。
今日は佑午兄ちゃんのキャラの強化日なんだから!」
「あっはい。有難うございます」
俺はゲーム用に使うラウンドアイを持って部屋を出て、リビングに置く。そのあと洗面所に向かい、ばっと顔だけ洗うとすぐにリビングへ舞い戻る。
「よっし!じゃぁやろうか!!」
そう言いながらラウンドアイを装着し起動させる。
3人共テーブルの前に置かれた3つのソファーに各々横になる。
ラウンドアイはWSMが開発したもので、同じくWSMが開発、運営をしている『高速衛星通信網アースネット』を経由して、全世界にリンクする為の端末で、その運営費は世界各国で補助されていて、一般ユーザーが利用する為の金額は五百円程度だ。
そして、このアースネットとラウンドアイを通して、様々なドローンやドールを遠隔操作する事で、余程の場所でない限り作業ができるようになった。
そんな関係企業のロゴマークが集まった画面が一瞬流れ、ホーム画面が展開される。
サードアイに集中しながらEVMを起動させる。
流石、前大会の賞金の副賞として送られて来た第8世代ラウンドアイだ。
現行の第7世代型と違って恐ろしい程反応がいい。生活、仕事用とゲーム用を分けている俺としてはその差は歴然だ。
そして、この第8世代ラウンドアイは真魚も真夜もつけている。
スタートすると、兄弟で使っているホームに転送される。
丁度よく真魚も真夜もインした。
うちのホームは丸太づくりのウッドハウスだ。
中はでかい絨毯に4〜5人用の木製のラウンドテーブル。
そして立派な暖炉だ。昨日の夜やっていた『浅層潜行』と違い、『深層潜行』は熱量なども感じ取る事が出来るから素晴らしい。
因みに浅層潜行は主に屋外などでの移動時に用いられ、深層潜行は屋内で危険が少ない時に用いられる。特に、深層潜行はラウンドアイに情報は映らず、サードアイを経由して脳内に直接送り込まれる情報が優先されるため、眼から得る視覚情報が一時的に遮断される。
「では、佑午兄ちゃんの育成計画と本日の狩場を話し合います。拍手!」
ぱちぱちぱち
いつもの事で、ここで乗ってあげないと拗ねるので手を叩く。
「先ずは、昨日の佑午兄ちゃんのプレイデータです」
グループ内の親密度が高いので、真魚、真夜でも閲覧可能だ。
真魚はそれをグラフにして各自の目の前に投影した。
グラフには攻撃頻度、スキル使用頻度、命中率、回避率、防御率、回復率、与ダメ、被ダメの平均と4試合分の個々のデータが載っている。
「では、思いつく事を1人1つづつ上げていきましょう!
では私から!手数が少ない!次、真夜!」
「防御率が低い。故に被ダメが高い」
「次、お兄ちゃん!」
「回避率高い」
…
……
………
「色々出ましたが…結局、手数が少ないから相手に付け入る隙を与え、その相手の攻撃を回避だけでやり切ろうとするから被ダメが高く、防御率が悪くなるんだよ!お兄ちゃん!」
「えぇ…でも俺風属性よ?避けるのが普通じゃない?」
「だまらっしゃい!真夜ちゃんも言ったげて!」
分厚い一枚板のテーブルをバンと手で叩きながら真魚が叫ぶ。
「真夜は佑兄を千尋の谷へと突き落とす」
「…えっ?それってどういう?」
俺は顔を引きつらせながら真夜を見つめる。真夜は目を伏せている。
ふと真魚を見ると口に手を当ててふるふると震えている。
「ま…真夜あんたって子は…。
いつもお兄ちゃんお兄ちゃんって言ってたのに…」
「真夜も心配…。あんな場所に佑兄一人で行かせるなんて…。
でも!佑兄はやればできる子!絶対クリア出来るはず!」
何だこの三文芝居…。絶対最初から決まってたやつだろコレ…。
「と、言うわけで行くわよ!」
「行こっか佑兄」
「うぇ〜?」
◆◇◆◇◆
「なぁ…マジでここ行くの?」
コクコクX2
「なんか…下には狼がウヨウヨしてんだけど?」
あーこいつら俺を叩き上げる気だな…。
「解説が必要ね。ここは餓狼の谷って言って、能力UPやスキル獲得の為の試練場なの。そしてクリアすれば特典があるの」
「ほぅ?」
俺のエインヘリアルには、超大器晩成というかなりでっかい重みがあるから、今の言葉にも重みを感じてしまう。
「佑兄。見て?彼処に挑んでる人がいるよ?」
真夜がそのエインヘリアルの方に指を指す。
「ぎゃぁぁぁああああああ!!!」
餓狼に四方八方から襲われ、身に付けている軽鎧が食い千切られていき、空いた場所からどんどん牙が立てられて行く。
残った場所には、ボロボロになった軽鎧と剣だけが散乱していて、文字通り骨さえも残らなかった。
「ぇえ〜…」
真夜はおもむろに腕を下ろして目を逸らしながらこう言った。
「ま、ああいう事もかなりある」
「かなりあるのかよっ!突っ込み多過ぎだろココ!?
ありゃあトラウマもんだぞ!?」
このゲームは完全にロストするまでタイムラグがある。
今死んだアイツはロストするまで相当な恐怖を味わったはずだ。
「佑午兄ちゃん…」
背後からガシッと肩と腰に圧力が感じられる。
「真魚…ちょっと待…」
悪寒が凄まじい。
「四の五の言わずとっとと行け!!」
真魚のエインヘリアルの血脈は加具土命。
須佐之男命には及ばないが、そこそこ力のある神様だ。
「うっわ!」
俺はこの危険すぎる谷に放り込まれた。
ガシャ!
体を衝撃が襲う。
「いっててて…マジか…」
顔を上げると既に餓狼が数匹近寄って来ている。
本能が訴える。危険だと。
幸い落ちた場所がこのエリアの端に近く、直ぐに刀を抜きながら体勢を整え、ジリジリと隅へ隅へと移動する。
グワゥ!
飛び込んできた餓狼を、青眼から真横へ移動しながら横一文字にする。
影に潜みながら迫っていたもう一頭も、腕を返しながら断つ。
数多の攻撃を躱し、迎撃しながら、少しずつ少しづつ隅へと移動する。
さっきのエインヘリアルは、八方から襲われていた。
切り捨てた感触では個々の能力は然程高くはないが、集団戦闘が巧みなんだと思う。まぁ…狼だし?
そして端に寄ったのは角度を狭める為だ。
360度を90度にすることが出来れば、捌くのは難しくない。
基本今でも壁を背に、俺に気付いた餓狼だけを処理している。
集団戦闘をなるだけ回避しながら、少しでも有利な場所を確保する。
それが喰われない為の最善だ。
◆◇◆◇◆
鬼畜な妹2人は崖上から戦況を眺めていた。
「ん〜だめだなー落とすとこ失敗した。」
「だね」
「まぁ、クリアするだけならアレでいいんだけど…さっきの喰われてたやつを見ただけであそこまで至る所は、流石佑午兄ちゃんなんだけどなぁ〜」
「チキン兄」
「ん…おっ!真夜…あんた良いこと言うね?」
「??」
急にエインヘリアル初期装備品のマジックバッグに手を入れて、ゴソゴソと何やら探し始めた。
「あっれー?ここにー…あっ!あったあった!!」
ゆっくりと例のモノを取り出す。
「おー、流石真魚姉」
それを見て真夜は、直ぐに姉の思考が読めてニヤニヤし始めた。
「でしょ〜?じゃ、頑張れ兄ちゃん」
それをポンと愛しの兄の前に投げ入れた。
◆◇◆◇◆
ドサッ
「あん?」
このエリアの端まで後10メートルも無い所まで来た時、それは天から舞い降りた。
それは良い塩梅のキツネ色に染まり、芳醇な香りを周囲に漂わせるほっかほかのローストチキンだった。
俺は戦慄を覚え崖上からニヤニヤと笑う妹達を見上げた。
そして、ここまでして俺を追い込む妹2人に恐怖した。
「マジかあいつら…」