ゲーマーの俺が異世界で巨大ロボを操縦します ~何か相手が名乗ってますけどとりあえずミサイル打ちますね~
『やぁあぁ冴島孝介くん、君は歩きスマホならぬ歩き携帯ゲームをしていたせいで自転車に跳ねられ猫に小便を引っかけられておまけに電柱が倒れてきてトラックが突っ込んできたけどそれでは死なないでこけて頭を打って死んだんだけど折角だから僕のパウァーで異世界転移させておいたよ。まぁでもいきなり異世界転移しても大変だろうから最低限の言語能力と暇にならないよう携帯ゲーム機もおまけでつけてあげたよ。うーん僕って太っ腹! それじゃあ冴島孝介くん、また会える日を楽しみにしてるよ。アディオス!』
という天の声を脳内に響かせながら、冴島孝介は落下していた。地面に向けて真っ逆さま、手元にあるのは携帯ゲーム機。
「……は!?」
当然と言えば当然の言葉である。異世界転移自体は辛うじて知っている孝介だったが、少なくともこんな空から落下して死にかけているようなものではなかった。例えばお城で召喚されるとかそういう類だ、いきなり死にかけるようなものではない。
けれど冴島孝介は成す術もなく落ちていく。ただ名前の知らぬ星の重力に惹かれて頭から落ちていく。
だからもし万が一、自分が生き残れる事が出来たら叶えたい夢が出来た。
「とりあえず……あの声の主をぶん殴る!」
地上では二体の樹神が対峙していた。
藤色の甲冑を身に纏うは、ダンダリア帝国騎士団に所属する騎士ライオネル・ランドルフが駆るヘリオトロープ。巨大な突撃槍を構えるそれはまさしくダンダリア帝国の力の現れそのものである。
かたや真紅の甲冑を身に纏うは、アルベニア王国が長子である姫騎士リーゼロッテ・アルベニアが駆るツインローズ。二振りのレイピアを地面に突き刺し、尊大に腕を組む。
「リーゼロッテ姫……降参するなら今のうちですが」
ライオネルは樹神の搭乗口で長い前髪を書き上げながら、侮辱的な提案をしていた。
「断る。ここは我らが王国最後の領地……易々と明け渡したりはしない」
対するリーゼロッテは怒りに唇を噛みしめながら、震える声でそう答えた。その言葉の通りアルベニア王国は戦争で負け続けた。
戦争。ここインジェス大陸でその名が出れば、巨大な樹神同士が一対一で決闘を行う限定戦争の事である。お互いの領地を賭けたそれは人的被害が少なく人道的と言われるものの、所有する樹神の数に左右されていた。
ダンダリア帝国の所有する樹神は38体、かたやアルベニア王国の所有する樹神1体。もはやダンダリア帝国の標的にされた時点で、小国アルベニアの生き残る道は無かった。
それでも彼女は膝を折らなかった。ツインローズと共に満身創痍になりながらも、ただひたすら戦い続けた。何度も何度も何度も。しかしダンダリア帝国との連戦は回復の暇さえ与えずに攻め続けた。
「見ていてください……お父様」
黄金の髪をなびかせながら、自身の十倍以上もの身の丈のある樹神に搭乗するリーゼロッテ。その背中にあるのは病に伏せた父が居るアルベニア城があった。せめてこの最後の領地だけは、どうしても守らねばならなかった。
「よろしい……ならばこの戦いに勝利して、地図からアルベニアの名を消してやる!」
ライオネルが叫び、樹神へと騎乗する。そこにある空間は広く、長槍を振り回せるほどの大きさがあった。そしてそれこそがこの巨体を手足の如く動かす唯一の手段だった。
「させない、この場所だけは……!」
登場したリーゼロッテが二本のレイピアを構える。その動きに連動しツインローズが得物を構える。
「我が名はライオネル・ランドルフ……帝国騎士団が一番槍! 覚悟せよ亡国の姫騎士よ、故郷の土に膝をつくがいい!」
「私の名はリーゼロッテ・アルベニア……そう、アルベニアだ! この場所で生まれ育ち、そして戦い続ける!」
戦いの鐘は鳴らない。互いの名乗りが終わればそれが戦闘開始の合図だ。
先に動いたのはツインローズだった。姿勢を低く下げレイピアを握り流線型の脚で地面を蹴る。ヘリオトロープの武器である突撃槍の特性を彼女は既に熟知している。刺突に特化した武器ではあるが、薙ぐ事も厭わない。
左右に小刻みに動きながら、距離を詰めるツインローズ。突きを誘発したその行動に応えるライオネルとヘリオトロープ。その誘いに乗るぐらいの余裕が彼らにはあったのだ。
かかった。小さくそう呟くリーゼロッテは両足で地面を蹴った。高く跳んだツインローズは空中で宙返りをして、その突撃槍の上に乗った。
「まるで曲芸ですね」
「祖国のためなら、私は何だってやってやる!」
そのまま二本のレイピアをヘリオトロープの顔面に向けて突き刺す。気力も体力も消耗し、限界が来ていた彼女達には速攻だけが唯一の作戦だった。
ただその程度を予測しなくては、帝国騎士団の一番槍は務まらない。自身の突撃槍の特性上、至近距離に弱い事は十二分に理解していた。だから対策はもう既に終えていた。
「エンチャントマギアイグニッション……轟け雷鳴、サンダーボルトォッ!」
突撃槍に刻まれた呪文が発動し、その槍に雷を纏わせる。樹神の甲冑を伝わって電流がツインローズへと伝わる。
「がああああああああああああああああっ!」
叫ぶリーゼロッテ、ランスから零れ落ちるツインローズ。樹神への攻撃がそのまま搭乗者である彼女へと伝わる。それがこの世界の理だった。
「どうしました? サーカスはもう終わりですか?」
「まだだっ、これしきの事で!」
レイピアを地面に突き刺し、必死に体を支えるツインローズ。負けるわけにはいけない、けれど勝てる戦争ではなかった。
「威勢だけは良いようですね……ならばその口」
ツインローズの顎を突撃槍の先端が持ち上げる。終わりだと理性が告げ、終わらないと感情が吠える。
「首ごと貰い受けましょうか!」
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
だから彼女は天に叫んだ。その怒りと悲しみが交じり合ったそれを誰にもなく叫び続けた。
「おおおあああああああああああああああああああああっ!?」
届いた。天から落ちて来た冴島孝介にその声は届いていた。けれど成す術もないこの男、ゲーム機片手に地面に向けて一直線。あロボットだカッコいいなとかロボットゲームを遊んでいて死んだ彼なら思うべきタイミングではあったがそんな事など考える余地などどこにもない。
そしてそのまま地面に激突、位置エネルギーが大きすぎるせいで間抜けな人型がアルベニアの大地に刻まれた。
「……何ですかね今のは」
一瞬あっけにとられたライオネル。しかしすぐに気を取り直し、もう一度槍を構える。今度こそこの王国の名を地図の上から消し去るために。
終わりだ。彼女の理性が傾き始めたその瞬間。
「なんだこれええええええええええええええええええええええっ!」
震える大地に叫ぶ孝介。彼はあれほどの高さから落ちたというのに無傷であった。守ったのだ、誰が、彼が。
「……樹神」
リーゼロッテがそう呟く。孝介は巨大なその手の上に乗り、地面から現れた樹神を見上げていた。素体のそれは植物の蔦を絡み合わせたような、茶色い骨格だけであった。
「馬鹿な、こんなところに樹神が眠っていただと!?」
ライオネルが驚くのも無理はない。樹神の出現は五十年に一度あるかどうかの代物である。それに搭乗者が未登録の素体ともなれば、その価値は計り知れない。
「こいつを手土産にすれば……おいそこの男、そこをどけ!」
突撃槍の矛先を変え、孝介にそれを突き付ける。小市民である彼は武器を突き付けられたとあって間抜けにも両手を上げてしまう。もちろん右手にはゲーム機。
「えーっと……喧嘩か何かですか?」
「馬鹿者ッ、今は戦争中だ!」
「戦争……?」
割って入るリーゼロッテの言葉に思わず彼は首を傾げる。そして少しだけこの状況を理解し始めていた。
偉そうな男の声、強そうで勝ちそう。綺麗な女の声、気が強そうだけど負けそう。天秤が揺れるが彼に出来ることなど。
「身体が闘争を求める! ロボットゲームなら……俺は負けない!」
あった。搭乗口へと駆け寄る孝介。綺麗な声の女の子の味方をするのは男の性だ仕方ない。が、勢いはそこまでだった。樹神の内部の空間にそれらしいものなどないのだ。
「馬鹿者ッ、素人が樹神など操れるものか! 武芸を極めし者のみが操れるのだ、さっさと降りろ!」
「武芸……」
言われてみれば、樹神の中心には小さな台座が鎮座していた。ここに武器を捧げるのかなと気付くも彼の手にあるのはゲーム機だけ。
「俺が極めたのはコイツだあっ!」
迷わずそこにゲーム機を置いた孝介。地面から延びた蔦がゲーム機に絡みつき、その内部へと吸い込んだ。
「馬鹿なっ、素人が樹神を!」
素体だった樹神の体に無骨な装甲が生まれていく。体を覆う新緑のそれは華々しさに欠けている。インジェス大陸の基準で言えば、それは不細工と呼ぶにふさわしい。
だが内部の変化は外見以上だった。浮かび上がったのはコクピットシート、二本のレバーと三つのペダル、コンソールにモニタースイッチ。殺風景だったそこは彼にとって憧れの空間へと変貌していた。
「ハッ、何だその不格好な姿は! まるで雑草のようだな!」
緑の樹神の頭から延びる二本のブレードアンテナがちょうどそう見えたのだろう。けれど孝介は存外にその名前を気に入った。
「雑草か、ならお前の名前はウィードだ……よろしくな」
シートに腰を掛けレバーを握りしめる孝介。戦う相手はもう決まっていた。
「我が名はライオネル・ランドルフ……帝国騎士団が一番」
「何だろこのボタン押して見よっと」
名乗りなど聞かず操縦に夢中な孝介は適当にボタンを押した。それは肩に装着されていたミサイルランチャーの発射ボタン。
轟音を立て垂直に飛んで行ったそれは、急降下しヘリオトロープに直撃する。
「ちょ、馬鹿者何をしている!?」
「あ今の攻撃したら駄目なやつ!?」
リーゼロッテの声に答える孝介。
「フ、フハハハハハ……名乗る名もなき雑草よ! 気が変わった、今すぐ刈り取ってくれようか!」
「めっちゃ怒ってるぅ!」
突き出される突撃槍には電流が走っている。反射的にレバーを引けば大きく後退するウィード。踵に備え付けられたキャタピラが逆回転し、土煙を上げそれを躱す。
「何だ、その動きは……」
「えっと……無限軌道?」
言葉を失うリーゼロッテに一応説明する孝介。コクピット内のモニターのおかげで機体の様子はわかっていた。
「ふざっ、貴様ふざけるな! そんな無粋な物を樹神にぃっ!」
「無粋かもしれないけれど」
ヘリオトロープを見て、孝介は素直にカッコいいと思った。騎士甲冑のそれだって、彼が憧れて来たものの一つだ。けれど。
「それぐらいじゃ無ければ……世界は変えられないんだよ!」
もちろんゲームの話である。それでもそれは孝介が極めた物だった。その叫びに呼応するように、左肩に装着されたロングレンジキャノンの砲身が一直線に連結する。鉄と鉄の擦れる音がアルベニア王国の青空に響き渡る。
「いっけええええええええええええええええええっ!」
叫びながらトリガーを引く孝介。放たれた300ミリの弾丸が、爆炎と硝煙を吐きながら突進する。それはそのままヘリオトロープに直撃し、空の彼方へと吹き飛ばす。
「勝ったの……かな?」
疑問に思う孝介だったが、それを教えてくれる唯一の人間はコクピットを何度も叩いていた、ハッチを開ければそこには綺麗な声の持ち主が顔を真っ赤にして立っていた。
すんごい美人だった。金髪のツーサイドアップに赤い甲冑を来た姫騎士。ゲームはロボット物のくせに性癖はファンタジーだった孝介のハートがオーバーヒート。ここは当然助けてくれてありがとうキスして今すぐベッドに来て。
となるはずもなく、カツカツと足音を立てて歩み寄ってきたリーゼロッテは孝介に思い切り平手打ちをした。
「何で……」
「何で、ではない馬鹿者ッ! お前自分が何をやったのかわかっているのか!」
「君を……助けた!」
「違う!」
さらに飛んでくる平手打ち。両頬が痛くてバランスが少し取れる。
「貴様は限定戦争のルールを破ったのだ、名乗りを遮りあまつさえ乱入してぶっ飛ばすなど……お尋ね者も良い所だ!」
一気に冷や汗が噴き出る孝介。異世界の文化の違いをようやく理解したアホの姿がそこにあった。
「俺の名は冴島孝介……大学生でゲーマーだけど」
だから彼は名乗りを上げる。この世界のルールに乗っ取って。
「お姫様……とりあえず匿っていただけないでしょうか」
「断るっ!」
そっぽを向くリーゼロッテ。いずれこの世界の地図を悉く書き換える二人のファーストコンタクトは何とも情けない物であった。